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第九話、森の道

 村のそばの森は月明かりを通さず、暗闇が支配していた。

 ユウラは『光妖精』の魔法を唱えて、わずかながらの光源を提供する。

 薄ぼんやりとだが視界を確保し、森の中を進む。


「髪の青い魔術師がユウラ。狐人フェネックはリアナ」


 慧太けいたはセラフィナに仲間たちを紹介した。

 銀髪の少女は丁寧に応じたが、やがて引っかかっていたことを口に出した。


「ケイタ、何故あなたは私をお姫様と呼んだのですか?」


教えていなかったはず――怪訝な顔をするセラフィナだが、慧太自身は別に気まずさは感じなかった。


「魔人たちが、そう言ってたんだよ」

「魔人が……? 話したのですか?」

「ひどくご執心のようだったけどな」


 慧太が答えれば、セラフィナは黙り込んだ。

 微妙な雰囲気に、ユウラは苦笑した。


「ねえ、慧太くん。セラフィナさん、いえ、セラフィナ様はお姫様で在らせられるわけですから、もう少し言葉遣いというものを」

「あー……」


 慧太は自身の黒髪をかいた。


「失礼な口聞いてる、オレ?」


 言葉遣いといっても、この世界で慧太が覚えた言葉の持ち主が『こういう喋り方』をしていたのだから、しょうがない。

 慧太がいま用いているのは西方語と呼ばれる人間の共通語だ。……ただ生憎と、最初に慧太が記憶した人間が、柄の悪い盗賊だったため、お世辞にも上品な言葉遣いではなかった。


「いいのです。気にしていません」


 セラフィナの言葉は同じく西方語だが、こちらはかなり丁寧である。


「『元』姫で、いまはただの人間ですから……」


 どこか沈んだ表情だった。セラフィナの顔を見やり、あまり深く突っ込んではいけない気がした。彼女が魔人に追われているは、おそらくそのあたりが関係していると慧太は思う。


「皆さんには助けられました」


 セラフィナは足を止めた。


「お礼ができないのが心苦しいのですが、先を急ぐ身なので、ここで別れたいと思います。本当に、ありがとうございました……」


 深く頭を下げる銀髪の少女。慧太は目を丸くする。


「は? ここで別れる? 本気か?」

「ええ。これ以上、あなた方にご迷惑をかけるわけにも参りませんから」


 薄く笑みを浮かべるセラフィナだが、どこか自嘲も含まれていた。


「魔人が私を狙っています。これ以上一緒にいると、あなた方にさらに迷惑をかけることに――」

「迷惑だなんて思ってねえよ」


 慧太は思ったままの言葉を口にしていた。


「魔人に襲われてるのを放ってはおけねえし」


 一年前、魔人どもの餌同然に矢面に立たされ、死んだ記憶が脳裏をかすめる。


「ちなみに、先を急ぐって誰かと待ち合わせているのか? それならそこまで送るが」

「誰かが待っている、というわけでは」


 セラフィナは視線をそらした。

 たっぷり数秒間の沈黙。だが、セラフィナの青い瞳に力が宿る。


「ただ、会わなければいけない人物がいます。ライガネン王国、その国王陛下に」

「ライガネン……」


 慧太はその国の名前を呟く。あまり地理には詳しくないので、とっさに思い出せなかったのだ。

 リアナは一言口を開いた。


「遠い」


 顔を見合わせる。ユウラは小さく首を振った。

 遠い、とは単純に考えてここからの距離だろう。一日二日でいける程度のところにライガネンという国がないことくらいは慧太も知ってくる。そうなると……。


 慧太は小さく溜息をつき、ちら、とセラフィナの全身を眺め、意を決した。


「そんな装備もなしで、ライガネンまで行くつもりか?」


 青い服は仕立てが良いのがわかる。白い膝丈のスカート、腰のベルトに例の銀剣を下げているが、他に装備と言えるものはない。野宿することになった時に毛布代わりに包まる外套がいとうはなく、当然食料や飲料用の皮袋なり水筒などもない。近くに集落がなければ――


「行き倒れるのがオチだ」

「でも、私は……!」


 ぎゅっと拳をかため、セラフィナは自身の胸もとに当てる。


「必ず、ライガネンに行かなければ。……故国のためにも――」


 決意が見て取れる。周囲がどうこう言っても諦めるようなものでもなさそうだった。もっとも慧太にしても、止めろと言う理由もなかったが。


「それならそれで長旅には必要な装備ってものがあるだろ? 食料とか飲み物とか、少なくとも丸腰同然で『はいそうですか』と送り出せねえよ」

「いえ、でも、これ以上は――」


 そう言い掛けたセラフィナだが、直後に、ぐぅ、と派手に腹の虫を鳴かせた。


「いまの――」


 慧太が指差せば、セラフィナは羞恥に顔を真っ赤にしながら、ふるふると震えていた。


「私の……お腹の虫です……」


 恥ずかしい――と消え入りそうな声で、顔を背けるセラフィナ。


 女の子である。腹の虫など聞かれたらそうもなろう。

 それまで頑なな印象だった彼女が、歳相応の娘に見えた。

 そういえば宿では休んだが、何も食べていないだろうことに慧太も思い至る。いったいいつから食事を摂っていなかったのだろうか。


「ほら。これからオレたちのアジトへ行くからさ。せめてそこで何か食っていけよ」


 慧太はやんわりと言った。

 赤面したセラフィナは、しかしまだ迷っていたが、とどめとばかりに再度腹の虫が鳴ったことでとうとう折れた。


「わかりました。ご迷惑をおかけします。……その、ありがとう」

 

 たっぷり恥ずかしそうな顔で、おずおずと言うのである。

 慧太はこちらまで気恥ずかしくなって、思わず天を見上げながら「お、おう」と応えるのである。――可愛いじゃんかよ……今の。

 柄にもなく照れる慧太だった。



 ・ ・ ・



 一時間半ほど歩き、慧太らは目的の場所に到着した。

 森の中に出現した小さな岩山。その内部はくり貫かれ、一種の砦と化していた。

 岩肌の所々から室内の明かりが漏れている。周囲に張られた丸太のバリケードが侵入者を拒むが、正面にある門は開け放たれていた。

 高所にそびえる見張り台で、獣人が目を光らせている。鋭敏な目や鼻、耳を持つ獣人らは外敵の接近に備えているのだ。


「ようこそ、お姫様」


 慧太は胸を張る。


「ここがオレたちの家――ハイマト傭兵団のアジトだ」

「ハイマト、傭兵団……」


 自然に隠れる天然の要塞じみたアジトを、セラフィナは物珍しそうに眺める。

 何故か自慢げな慧太に、ユウラは苦笑し、リアナは微笑ましいものを見る目になった。


親爺おやじに紹介しよう。……つっても、オレの親じゃねえけど」


 慧太は口もとを歪めた。


「いまさらかも知れないけど、獣人とか大丈夫?」

「え?」


 ぽかんとするセラフィナ。彼女は一瞬、狐人のリアナを見たが、すぐに首を捻った。

 慧太は黒髪をかきながら、もったいぶった言い方をした。


「その、オレらの団長……親爺は、クマなんだけど……。いや、まあ、別に無理に会うことはないんだけどさ――」


次回、『ハイマト傭兵団』

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