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第4話 レィト

 いつの間にか、森を抜けていた。


 三人とも、お互いのことを気にする余裕などなかった。

 唯一、イザベラが抱えていたエルフの子をバルトシュが引き受けることができたくらいだ。

 

 こんな状況で、一人も欠けることなく逃げ切ることができたのは、奇跡に近い。

 三人がほっとしている中、ただ一人、エルフの子だけはぼうっとしたような表情だった。


 空は朱に染まり始め、暗闇の世界に変化しようとしている。

 順調に進んでいればもう開拓村に着いていてもおかしくはなかったが、辺りにそれらしきものは見えない。


「ハァハァ……ここはどこだ?」


 意外と余裕があったアレクが、最初に口を開く。

 逃げることで精一杯になったことで、現在地がわからなくなっていた。


「ハァハァ、ハァハァ……わからん」


 バルトシュは青白い顔でダラダラと汗をかきながら答える。

 エルフの子が心なしか嫌そうな顔をしている。

 アレクは思わず大丈夫か、と声をかけそうになる。


 だが、さすがはバルトシュというべきか、エルフの子をアレクに託すとすぐに呼吸を整える。

 アレクは、エルフの子が思ったよりも軽いことに驚く。


「ハァハァ、大丈夫?」


 イザベラが、声をかける。

 一瞬、アレクはバルトシュに向けた言葉かと思って振り返る。


「…………」


 イザベラの目は自分に向けられていた。

 いや、正確には自分の肩のあたりを熱心に見ている。


 アレクは思わず、横を向く。


 人形のように美しい顔が、ぼんやりとイザベラを見つめていた。

 感情の映らない瞳に精巧な人形のような顔立ち、そしてほとんど体重を感じさせない重さ。


(一体、これは、何なんだ?)


 遠い昔、どこかで聞いた呪われた不気味な人形の話を思い出す。

 そのあまりの美しさから人々はみなそれを欲しがるが、手に入れた持ち主には不幸が訪れる。

 転々と持ち主を変え、多くの人を狂わし続けている人形の話だ。


 イザベラはただ目が合っただけで嬉しそうに笑っている。

 アレクは、急に背筋が寒くなるのを感じた。


「……もうすぐ日が沈む。今日はここら辺で野宿にしよう」


 冷静に辺りを見渡していたバルトシュが提案する。


 開拓村が近くにあるとしても、光のない夜間では気づかないかもしれない。

 二人は特に反対することもなく、野営の準備を始める。


 アレクはエルフの子をイザベラに渡し、森へ戻って燃えそうな木を探す。

 散々、逃げる羽目になった森に迷いもなく入っていくアレク。


 バルトシュが天幕を張っている間、イザベラは子守をしていた。


「……あなた、ほとんど服を着ていないのね」


 森を抜けてから気づいたが、子どもはほとんど全裸だった。

 身体の大部分を晒し、恥ずかしそうな顔もしていない。


 服も着ないで森で囚われていたのだろうか。

 だが、それにしては身体に傷はなく、肌も綺麗だ。


 イザベラは自分の外套を着せてやる。

 肌がチクチクするのか、外套が気になって仕方がないようだが、全裸ではいろいろと危険だろう。


 そうして、やっと落ち着いて話せるようになった。

 そして、聞き取りやすいようにゆっくり、はっきり話しかける。


「わたしは、イザベラ。あなたの名前は?」


「…………」


 心を閉ざしている子どもに対して焦っても、いいことはない。

 イザベラは根気良く話し続ける。


「わたしは、イザベラ。イザベラよ」


 自分を指差しながら何度も繰り返す。

 無機質な目はイザベラの、そのさらに奥をぼんやりと見ている。


「言葉が通じてないのかしら……?」


 自分たちの暮らすアルヴ大陸と、エルフの暮らすストル大陸では言語が異なるのかもしれない。

 だが、名前すら聞けないというのは心を閉ざされているからだろう。


 またお菓子を与えることで何か反応しないかと期待したが、甘味は高い上に夕食の前だとバルトシュに注意された。


 やがて、アレクが薪を抱えて帰ってくると、それを受け取ったイザベラが魔法を使って薪から水分を分離させる。


 バルトシュが手早く火を点け、調理を始める頃には空はもう、濃い紫色になっていた。

 夕食は干し肉とチーズ、それに褐色のパンだけだ。

 ワインも新鮮な野菜も、血の滴る肉も村に帰らなければ手に入らない。


「「「今日の無事に感謝を」」」


 水の入った水筒で祈りを捧げると、食事を始める。

 焚き火で炙ったチーズをパンに挟んで食べる。硬いパンにチーズの脂が染み込んで、旨い。

 干し肉も炙って一緒にパンに挟む。塩辛い干し肉もこうしてみるとちょうど良い。


 しばらく全員が無言で食べ続け、豪快に水を飲んで一息つく。

 水筒から口を離したアレクが、静かに話し出す。


「なあ、その子のことなんだけど」


 結局、子どもは何一つ口を開くことがなかった。

 今も、渡されたパンとチーズをまるで初めて食べているかのように小さく口に含み、恐る恐る口を動かしている。


「どうしたらいい? ギルドに引き渡せばいいのか?」


 まさか、本当にエルフがいるとは思ってもみなかった。

 だが、連れてきてしまったからには責任を持って対処しなければならない。


 そもそも、捜索だけなら置いてきてもよかったのだ。

 しかし、三人にはあのような危険な場所に子どもを一人置き去りになど、できなかった。


「ギルドは、拒否するだろうな」


 この大陸に存在するエルフは、隣国のサルヴィにしかいないとされている。

 サルヴィではエルフが特別な地位に就き、貴族と同じような特権を持つという。


 もし、アスト王国にほど近いヴィスエジャの森でエルフが見つかったとなれば、最悪戦争すらありえる。

 例え、ギルドに引き渡せたとしても商人に裏で売りつけて知らんぷりするだろう。


「……まだ、名前も知らないのよね」


 イザベラが呟く。

 頑張って話しかけていただけに、全く成果が得られなかったというのは悔しいのだろう。


「そういえば、俺たちの名前もまだ教えてなかったな。俺はバルトシュ。あっちはアレクサンデルだ」

「……アレクでいいぞ」


 バルトシュが自分とアレクを指差しながら名前を教える。

 アレクは大人げなく、無愛想だ。

 だが、


「……レィト」


 ここにきて、初めて子どもが口を開いた。

 いつの間にか、渡していたパンとチーズを食べ終えていた子どもは、レィトと名乗る。


「レィト……! あなた、レィトっていうのね!」


 イザベラが興奮したようにレィトに話しかける。

 だが、レィトはイザベラではなくその手元のパンを見つめている。


「……パン? パンが欲しいの? はい」


 イザベラは目線に気づくと躊躇いなくパンを渡してしまう。

 レィトはそのパンを受け取ると口元に運び、またモグモグと口に頬張る。


 それきりレィトが話し出す気配はなく、イザベラもレィトの食べているところを見るだけで満足そうにしている。


(……チッ)


 誰にも聞こえないよう、小さく舌打ちしたのはアレクだ。

 バルトシュはアレクの様子には気づいているが、特に口には出さない。


 それぞれが食事を終わらせ、持ち回りで見張りを始める。

 最初は、バルトシュが見張りを担当することになった。


 アレクは外套に包まり、横になる。

 外套と天幕、焚き火のおかげで寒さはそれほどではない。


 イザベラはレィトとともに外套に包まり、密着して寝ている。

 アレクの怒りが着々と溜まってくる。


 だが、そんな怒りも眠気には勝てず、やがてアレクは寝息を立て始める。

 バルトシュは一人、今日の出来事を思い出していた。


 ゴブリンの巣を壊滅させたこと、逃げるゴブリンを追った先にエルフの子どもがいたこと、壊滅させたゴブリンの巣で恐らく呪術と思われる攻撃を受けたこと。


(ゴブリンに呪術ができるとは、聞いたことがない)


 呪術はその性質から、禁忌の術とされている。

 ゆえに誰からも研究されることもなく、その存在を詳しく知るものはほとんどいなかった。


 バルトシュも、呪術と呪力の存在は知っていたし、何度も呪術もどきに遭遇することもあった。

 だが、それでもここまで危険な呪術は見たことがなかった。


(それに、あの場に囚われていたエルフ。ゴブリンと呪術とエルフには一体どんな関係が?)


 レィトと名乗ったエルフの子どもは、確かに美しかった。

 どうにも疲れたような目を除けば、純真無垢という表現の似合う可愛らしい子だ。


 アスト王国ではエルフについての情報はほとんど出回っておらず、バルトシュも金髪が多く容姿端麗であるということしか分からなかった。

 だからこそ、珍しいエルフを手に入れたいと思う者は多いはず。


 気軽に人目に晒すことは、できない。


「考えても、わからんな。俺はみんなを守るだけだ。それでいいだろ?」


 バルトシュは虚空に向かって呟くと、レィトの頭を撫でてからアレクを起こす。

 パーティの盾として役割を果たすバルトシュは、まさにパーティの要だった。


「アレク、起きろ。交代だ」


 よほど疲れていたのか、なかなか起きない。

 しばらく揺すってやると、ようやく目を覚ます。


「……んあ? あ、交代か」


 アレクを起こしたバルトシュは、アレクと交代して外套に包まる。

 目を閉じて、しばらくすると寝入ってしまった。


(バルトシュも、疲れていたのか)


 当たり前のことだが、なかなかそれを見せようとしないバルトシュのことが心配だった。


 アレクも、自分が未熟だということには気づいている。

 そのせいで、バルトシュの負担になっていることもわかっている。


 だが、アレクはまだ生まれてから二十も経っていない、ようやく大人と認められるかといった年齢なのだ。

 自分で自分の制御する方法を、学び始めたばかりなのだ。


(そういえば、あの子。レィトだっけ、ほんとに同じ人間かよ)


 アレクはレィトの人ならざる美しさを見て、諦めも感じていた。

 イザベラが夢中になるのも仕方ないほど、レィトは可憐で守りたくなるのだ。


(イザベラ、狙ってたのになぁ)


 もはや、アレクはレィトに嫉妬する気すら起きなかった。

 だが、こんなに見た目麗しいレィトが野に放たれ、人目についたならばきっとこの世は大混乱に陥るだろう。


(世界中の女性がレィトに集まることになるのか……)


 アレクは、今度は自分が恋愛できるのか心配になってきた。

次話から、週一回(金曜日前後)の投稿になります。

スローペースの執筆ではありますが、よろしくお願いします。

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