第二話 「実は私は・・・」
バッ、と反射的に振り向き、前を向くとそこには、腰まで長く伸びた艶やかなピンク色の髪に、抜群のスタイルで、そしてなにより、この世の終焉を見たような顔をしている、クラス一の美少女、瀬崎真奈が立っていた。
終わった。あーもう何もかも終わった。
だって、誰も居ないと思って発したクソ痛いセリフをクラスのマドンナにガッツリ聞かれており、表情から察するに相当引かれてしまったのだ。
誰だって、終わった、と思うだろう。
しかし、お忘れだろうか。俺が度を越した「中二病」だったということを・・・。
「これはこれは・・・醜く腐敗しきったこの世界を憂いている時に何かと思えば・・・」
醜く腐敗しきっているのはお前のセリフと脳内だと、今ツッコんでおこう。
「工藤くん・・・・と言ったな」
「うん・・・違うの・・・?」
実に怯えた表情でクラス一の美少女、瀬崎真奈は問う。
「・・・くくく」
「ふははははははははは!」
誰もが、とうとうこいつは頭がイカれてしまったのだと思うだろう。
突然体を仰け反らせ笑い声を上げる男子高校生を見て、そう思わない人は一度病院で診てもらうことをおすすめする。
「・・・ふう」
笑いをやめ、平静を取り戻したように見せかけた俺は、実は心臓バクバクだった。
なぜなら、何を隠そう、今目の前にいる瀬崎真奈は、俺の初恋の相手だったからだ。
中学一年の時、最初の席替えで隣になったのが瀬崎だった。
1年前の瀬崎も、ちょっと前まで小学生だったとは思えないほど大人びていて、周りの女子と比べるのがおこがましいほど可憐だった。
加えてその温厚な性格のためか、俺は次第に瀬崎に惹かれていった。
そしてその冬、俺は瀬崎に告白した。
まあ結果はお分かりかと思うが、見事にフラれてしまった。
俺は瀬崎との恋を諦め、今日までそのことをあまり考えないように過ごしてきた・・・のだが。
つまり俺が今している行動を説明すると、
初恋の相手であるクラス一の美少女に、史上最痛の痛ゼリフを吐いているのを聞かれてしまい、名前を聞かれたことにテンパって、何を思ったか大爆笑してしまったのだ。
この状況で俺がしなければいけない事は明確だ。
「こんな時間にどうしたの?」
とか
「瀬崎さんだったんだ!」
とか何でもいい、誤魔化すことしか今この状況を乗り切る方法はない。
まあ、いくら誤魔化しても俺が吐いた痛ゼリフは忘れてもらえないだろうが・・・。
しかし、発症してしまった俺の中二病はとどまることを知らなかった。
残念ながら。
「おーーーれの名は、漆黒の堕天使「†黒羽司†」。街を歩けば暗闇が俺を纏い、不死鳥が空を舞い、空は邪悪に包まれる。混沌としたこの世界を統べる為に俺は存在しているっっ・・・・・・。」
やってしまった。
俺は数時間前に「なんじゃこりゃああああああああああ」と評価した自己紹介をものの見事にクラスの女子の前で完全コピーしてしまったのだ。
大方、彼女からの反応は、
「きもちわる・・・・・・・」か
「工藤くんきもい」か
「キモイ、死ね!」
だと思っていたのだが、彼女の反応は意に反するものだった。
彼女は俯きながら静かに口を開いた。
「あなたも・・・だったのね・・・」
えっ――――――――。
ええええええええええええええ!?!?
あなたも、って瀬崎も!?
あなたもなにか?漆黒の天使と書いてダークエンジェルと読むあれなのか?
つーか聞き間違いだろ絶対!!
絶対「あなたもキチガイだったのね」の間違いだ!そうに違いない。
俺は確認するため、こう質問した。
「聞こえんな・・・もう一度聞かせてもらおうか」
すまない。こんな喋り方しかできないようになってしまっているのだ。
どうかお気になさらず。
俺は内心ドキドキしながらもこの痛ゼリフを吐いていた。
しかし彼女は、今度はこちらの目をしっかり見てこう言った。
「あなたも・・・・・・漆黒の天界の住人だったの・・・と言ったのよ」
混乱されるかもしれないので説明しておくが、紛れもなくここは「だーくわーるど」などではなく、この物語はファンタジーではない。
この女。まさか。
「あなたも・・・ということは・・・まさか貴様も・・・・・・!?」
ふっ、と軽く笑った彼女は右腕をバッと広げ、もう片方の手を胸に当てた。
「その通り、瀬崎真奈という名前は私のこの世界での偽名。私の本当の名は・・・」
“キーンコーンカーンコーン。下校時刻です。まだ校舎に残っている生徒は速やかに帰宅してください。繰り返します・・・・・・“
「あら。リミットね。私は帰るべき場所、漆黒の天界に帰るとするわ。ふふふ」
そう言うと彼女はスタスタと、そしてなぜか体をクネクネさせながら教室から出て行った。
心臓の鼓動が立っているだけでガンガンと耳に響いてくる。
俺は今、何を目撃してしまったのだろう。
瀬崎真奈のことは、一年生の頃から同じクラスだったから、よく知っているつもりだった。
なにより、初恋の相手だったから。
そして、俺が知っている瀬崎は、もちろん漆黒の天界の住人などではなかったはずだし、そもそも男子と喋ることはほとんどなかったはずだ。
もしかして本当に漆黒の天界の住人だったりして。
絶賛中二病の俺はそんな考えすら頭をよぎるほど混乱していた。
すると、石川がゆらゆらと教室に入ってきた。
「おーい。もう下校時刻だぞ、って、なぁに狐につままれたような顔してるんだ」
石川は俺の顔を覗き込むようにして言ってきた。
俺は開いた口が塞がらなかったので、
「はぁあ」
とだけ残して、そのまま教室を後にした。
「なんだ、あいつ」
俺は徒歩15分の家までの道で、今日の事を整理しようとした。
今日一日でいろんなことがあった。
夏休み課題を紙飛行機にしたら、アップグレードされて返ってきた。
「†漆黒と混沌のフログリウス† 序章」を読破したら、中二病を発症した(それも強烈なやつ)。
そして、それはそれはクソ痛い痛ゼリフを吐いていたら、クラス一の美少女、瀬崎真奈が漆黒の天界の住人であることを知った。いや――――――――
彼女も「中二病」であることを知った。