第一話 「始まりと終わり」
「おーーーれの名は、漆黒の堕天使「†黒羽司†」。
街を歩けば暗闇が俺を纏い、不死鳥が空を舞い、空は邪悪に包まれる。
混沌としたこの世界を統べる為に俺は存在しているっっ・・・・・・。」
わけはなく。
すまない、今のはほんのご挨拶程度のもので、端的に述べると俺、工藤良太(17)が十四歳の時に発言した内容を抜粋したものだ。
どうだろう?とてつもなく痛っっっっったいであろう?
思い起こすだけで身の毛もよだつこのトラウマ級のセリフが俺の発言のほんの一部ということを理解していただきたい。
アニメや漫画に疎い人には馴染みの浅い専門用語だが、その時の俺はいわゆる「中二病」だったのだ。自らを何かの物語の主人公と信じて疑うことをせず、周りに「ぼくは頭のおかしい人間です」と公言するような行動を繰り返す、厄介な病気のことだ。中二病という名称は、おそらく中学二年生の男子が発症しやすい、とかいう理由だろう。詳しくは知らない。
しかし、俺の「中二病」は、通常言われるそれとは少し、いや、かなり異なっていた。
その、それこそ漆黒に染まった過去の失態をここに書き記そうと思う。
「・・・・・・・・・・・・あぢい」
中学二年の夏、その日の温度は37度をゆうに超えていた。
ん?夏なのにセミの描写が無い?いやいや、セミがいつでも鳴いていると思わないでいただきたい。セミだって休みたい日があるのだ。
ともかく、田舎の公立中学特有の空調設備が整っていないサウナのような教室で、俺は一人大量に与えられた夏休み課題と向き合うこともせずだらけていた。
「体感温度が体内温度超えるって、世も末か・・・」
そうぼやき、ふと外に目をやる。
二階から覗く中庭のアスファルトはまさに焼石といった感じで、太陽光を吸収しまくっていた。
耳を澄ますと、北校舎の裏側、グラウンドの方から野球部ともサッカー部とも分からない掛け声が聞こえる。
ちなみに俺はこの時なんの部活にも所属していない、いわゆる帰宅部というやつだった。
一年生の時強制的に部活動を選ばされたので、仕方なく地味なボランティア部に入った(全国のボランティア部の人、申し訳ない)のだが、新入部員歓迎会で
「俺は他人にボランティアをするくらいなら、少ない人生を迷わず自分の為に費やします」
と堂々退部宣言をし、そこから無所属というわけだ。
さて、俺が夏休みにも関わらずこんなクソ暑い教室で課題をやらされていたのにはもちろん理由があるわけで。
それは約一時間前のことだ・・・。
「いやお前、それはおかしいでしょ」
「なっっっにがおかしいんだよ!!!!」
悲痛な叫びが冷房のよく効いた職員室に響き渡る。
思うんだが、なんで大体の中学って職員室だけエアコンあるんだろうな。生徒の成績を伸ばしたければ出来るだけ学習環境を整えるのが最優先だろ、と高校生になった今でも考えることがある。
落ち着いた様子で担任である石川は続ける。
「夏休みの課題が多い、っていうお前の言い分は分からなくもない」
「・・・っ、だったらっ・・・・」
半泣きの俺は言葉に出来ない想いを訴えようとする。
「でもな、その課題を紙飛行機にして全部飛ばすってな、普通はやらねえよ」
うーーーん。もっともである。
そう、俺こと工藤良太(14)は、夏休み初日、与えられた課題の量に(勝手に)ブチ切れ、その場で全てのプリントを紙飛行機にし、あろうことかそれらを2階の窓から飛ばしたのである。
説明っぽくなってしまうが、この中学では夏休み初日が登校日で、そこで課題が全て配られるのだ。
「飛んでいけば全て解決すると思ったんだよ」
「飛んでんのはお前の頭だけでいいよ」
溜息混じりにそう言うと、石川はドン!と机に紙束を置いた。
「なんすかこれ」
軽く30センチほどの高さに積み上げられたそれを見て、震えた声で問う。
「アップグレード版、サマーバカンス課題だ」
かくして俺は、「バカンスじゃねえよ」とか心の中でツッコみつつも、大量の課題を受け取るのだった・・・。
「それにしても・・・」
机の上に大量に積まれたブツを横目に深く溜息を吐く。
それもそうだ。夏休み初日、課題が与えられたとはいえその提出期限は約1か月後。皆今頃大いにサマーバカンスをエンジョイしていることだろう。
くそう。こんなことなら最初から真面目に課題を受け取っていればよかった、と思った。
「しっかし、退屈だなあ」
教室を見回してみる。
築百数年の伝統校であるこの学校はその分しっかり古びていた。木造の教室には色落ちした壁や削れた床が目立つ。全ての机は夏休み期間の為生徒達が荷物を持ち出しており、空っぽ・・・・・・のはずだった。
「ん、なんだこれ」
偶然座っていた机の中には、あるはずの無い荷物が一つ。というより一冊あった。
やけに分厚いが、文庫本程度の小さな本だった。題名を読んでみる。
「†漆黒と混沌のフログリウス† 序章??なんのこっちゃ」
中をぱらぱらめくってみると、どうやらこれは小説であるらしいことが分かった。
ネットで見たことがある。これは、ライトノベルと言われる、深夜アニメとかの原作になる、アニメチックな絵の描かれた、小説のひとつだ。そのライトノベル、縮めてラノベにはいろいろな種類があるらしいが・・・。これはいったいどんなジャンルなんだろう。
片手で掴んだラノベを、なんども空でひっくり返してみる。
表紙に描かれているのは、片目に異様な形の眼帯を着け、黒のマントに身を包んだ男が、両手を広げて夜空を見上げているイラストだ。おそらくこの男が主人公なのだろう。
「何もすることないし、ちょっとだけ読んでみるか」
俺は目の前の課題から逃避する為、この「漆黒と混沌のふろなんちゃら」を読むのに時間を費やすことにした。
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序章
第一幕
我が名は漆黒の堕天使「†黒羽司†」。街を歩けば暗闇が我が身を纏い、不死鳥が空を舞い、空は邪悪に包まれる。混沌としたこの世界を統べる為に我は存在してい
「なんじゃこりゃああああああああああ」
危うく椅子から転げ落ちそうになってしまった。なんだこの自己紹介は。
こんな自己紹介入学式にやってしまったものならその学校で友達を作ることは不可能、卒業まで白い目で見られること間違いなしだ。
「だけど・・・なんかかっこいいな」
分かっていただけただろうか。当時の俺の感性ではこの小説の導入部分はすでに俺の琴線に触れまくっていたのである。
やけに満足げな表情でどんどんページをめくる俺は、普段読まない活字を猛烈なスピードで読み進めていった。
そして「†漆黒と混沌のフログリウス† 序章」を読み終わる頃には既に4時間が経過していた。
「ふ・・・ふふふ・・・」
「ふははははははははは」
本を静かに机の上に置き、立ち上がった俺は日の落ちかけた外に目をやる。
ふん、と鼻で笑い、ゆっくりと窓の方へ近づいていく。そして、
「この世界は混沌・・・俺が救わなければならなかったのかっっ・・・」
これが、俺の中二病の始まり。そして・・・・・・
「工藤・・・くん・・・?」
・・・学生生活の終わりだった。