しつこい幼馴染
幼い頃に知った想いは禁忌とされ、世間一般には認められないものだった。
だけど、その頃の無知だった僕達は知らず知らずのうちに禁域へと足を踏み入れる。
そこで交わしたそれは浅はかな約束。
幸せそうに笑う僕と、嬉しそうに笑う人。
『ずっと貴方を愛すことを誓います』
――この約束の時効はいつですか?――
「…い。おい…きろ――」
…なんだ?声が聞こえる。自分を呼ぶ声が、聞こえる。…自分以外がこの部屋にいるのだろうか?なら、この声の主は兄なのか…?
「おい、おい!」
「…………」
違う。ここにいるのは兄ではない。
では、一体誰が自分を揺すっているのだろうか。
不意に意識が現実へと引き戻された。
そして、明良は瞼を開けた途端、視界に飛び込んできた人物にぎょっとした。
「!?」
「おい…起きろ。起きろよ、明良!」
「しゅ、秀治…?」
明良は頭の上に疑問符をいくつも浮かべながら、真ん前に寄せられている整った顔に前をぱちくりさせる。
「やぁっと起きたかよ、明良。お前、いくらなんでも五回目くらいで起きろ。解ってて起こしに来たのは俺だけどな、出来ればそれくらいで起きて欲しかった」
明良の間の抜けた表情に呆れ顔を作った幼馴染――初恋の人は、僕が起き上がれるように顔を引っ込めると頭が痛いと額をおさえる仕草をわざとらしくした。多分、起こし始めてからもう大分経つのだろう。だから、これはなかなか目を覚まそうとしなかった自分へのあてつけなのだろう。
明良はやっとまともに動き始めた思考回路でそれを察知すると秀治をすまなさそうに見る。だが、秀治は一つため息をつくと、ついと、指を指した。
「ん…?」
指されたのは明良で、明良が確認のために己自身を指すとおもむろに秀治は頷いた。
「……えーと?」
秀治のため息の理由に指を指されたのだから恐らくの要因が明良にあるのだろうが、生憎覚醒間もなくて、それでも一応頭は働いていても、明良に思い当たる節は全くない。明良の意味不明だという表情からその思いがわかったのだろう。
秀治は明良の手を引いて勝手しったるなんとやらで、明良を洗面所へ連れ込む。幼い頃から近所だったというせいもあるが、気が合うところがあった明良と秀治はよく一緒に遊んでいた。それは今も変わらず、だから幼馴染という関係が今も続いているわけなのだが秀治が明良の家に来ることは再々で、それはもう家に置いてある家具の位置を知り尽くすほどであった。
「な、何だよ。…秀?」
洗面所にやってきた秀治は慣れた手つきで縦に配置した三段ボックスからタオルを一枚取り出すと、水につけ絞る。そして、明良に濡れタオルを渡すと鏡を見ろと珍しく不機嫌そうに言った。言われたとおりに鏡を覗き込む。そこに当然映る見慣れた顔は、しかし、ある部分がおかしかった。
「…あ。」
しまったと、言う声が出た。
後ろから鏡を覗き込むように明良の上へと覆いかぶさった秀治は眉間に皺を深く刻んで、自分から渡してきたくせにタオルを明良の手から奪い去ると、無造作に明良の目へとかぶせて、まるで目隠しをするように瞼の上のタオルに手を乗せたまま、秀治は静かな声音で明良に言った。
「お前、変な夢でも見たのか?」
「え。ぁ…まぁ、そんな、とこ…?」
まさか本当のこと――こんな状態になってしまった夢の原因が今まさに側にいるなどとは言えずに、明良は曖昧に口元を緩めた。
だが、それでは以外に頑固な幼馴染は納得してくれなかったようで、およそ明良の涙が自分に原因があるなど微塵も思っていないから、更に明良に問いを投げかける。
「どんな夢を見たんだ?」
「はは…。うん、えーと…」
明良はドクドクと緊迫されていく心臓をなだめきれずに、どう答えれば誤魔化しきれるかと考えをめぐらせば口の中が乾いていく。本当にどう答えれば、この意外にしつこく頑固な幼馴染を納得させられるのだろう。――そっちが聞きたがっているのだからその内容がどうであれ、いっそもう、全て吹っ切って話してしまおうか。そしたら、自分も楽になれるし、秀治だって聞きたがっているのだからすっきりするはずだ。だが、しかし、本当に全て話してしまって良いのだろうか。夢の内容を打ち明ければ、この思いが知られたも同然ということだ。果たして、本当にそれで良いのだろうか。過剰に明良に対してスキンシップを求める男だから軽蔑されるという心配はないが、果たしてそのまま今までどおり、何の遠慮もぎこちなさも残らないだろうか。残らないと言い切れればよいのだけれど、いくら十年以上の付き合いだとしてもさすがにそこまでの考えと想像・予測力があがらない。
明良は乾ききった唇を湿らせて、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「あ、あれだよ。こないだやったテストの赤点を取る夢見ちゃってさ…!」
「嘘付け。」
「ヴっ…。嘘じゃないってば」
「いいや。嘘だ。絶対嘘」
「…なんでそこまで言い切れるんだよ」
「だって、お前みたいな真面目な奴が赤点取る不安なんてないだろうが」
――ご最もで。でも、そこまで断言されてしまうほどに自分は真面目に映るのだろうか。午後の授業は大概屋上でサボっているのだが。
ああ言えばこう言うのやり取りで明良たちはだんだん意地になっていく。こうなればもうとまらない。
「秀ちゃんは、なんでそんなにムキになるんだよ?!意味解んないし」
明良が怒って洗面所を出て行こうと自分の上に覆いかぶさるようにある秀治の体を押しのけようとしたときだった。
「なっ!?」
明良はこれ以上ないほど大きく目を見開き、固まった。
――否。固まったのではなく、身動きが取れないというのが正確だろう。
明良は秀治の腕にすっぽりと納まっており、少し苦しいくらいでどう抵抗しようともさして緩む兆しはない。同じ男なのにここまで力の差があるのかと、明良は歯噛みするがそれで力の差が埋まるわけではないのでしょうがない。しぶしぶと諦めて明良はおとなしくなった。