突飛な幼馴染
僕たちの距離は誰よりも短い。
過ごした時間は、今となっては苦痛を伴うけれど大切な思い出。
僕はいつまで、君の幼馴染でいなければならないのだろうか。
早く、君の事を考えずに生きたいなぁ…。
君は僕を大切にしてくれるけれど、僕はそれだけじゃ我慢できなくなっちゃうからもう、優しくしないでよ。
その絆が、何よりも僕を傷つけるんだ。
それでも僕は自分からそれを断ち切ることが、出来ないでいた。
「明良っ!…待たせたか?!」
正門前で座り込んでいた明良に声をかけたのは、息せき切って校舎から飛び出してきた彼の幼馴染の秀治だった。明良はその姿に相好を崩す。それを直視した秀治はまるできらきらと輝いているかのような神々しさをたたえる笑顔に、20分も待たせて悪かったという罪悪感よりも先に律儀に待っていてくれたことにどきりと胸を高鳴らせた。だが、明良の口元に乗せられている笑みは実は、いつまで待たせれば気が済むんだよ的なものを多分に含む黒いものだった。
明良のうちに見え隠れする黒さに全く気づかない秀治は胸の鼓動を何とか落ち着かせ、明良がどうやら怒っていないことにほっと胸をなでおろし、ほくそ笑む。
「いいや、そんなに待ってないよ…――なーんてな。お前、遅いから退屈で退屈で…何度先にひとりで帰ってやろうと思ったことか…」
口ではそう言うくせに一時間過ぎたとしても明良は待っていてくれそうだなと、秀治は内心こっそりと思うが、思うだけで声には出さない。
明良は黒い笑みを一瞬にして消し去ると無表情で立ち上がり、制服についた砂埃を手で払いだした。
ふわふわと舞う埃を不快に思いながらも、眉も寄せず無言ではたく明良に秀治は謝った。
「悪かったよ、明良」
特に悪びれた風もなく、カリカリと後ろ頭をかきながら苦笑に近い笑みを浮かべる幼馴染に明良は眉を寄せ、しばらく眇めた目で見ていたがやがて呆れたと、ため息を吐き出す。
「それなのに、謝罪の言葉はそれだけ…」
「まぁ、いいじゃないか」
「はぁ…しょうがないなぁ。ほら、ささっと帰るぞ」
「はいはい、明良様」
「……秀が僕と帰りたいっていったんだろーが。何仕方ない的な返事をお前がするんだよ」
はぁとまた大きな溜息を吐き出すと、独り先に明良は歩き出した。
5月の暖かい風がやんわりと頬を打ち、明良のうなじにかかる程度の短い茶髪を翻していく。
口元に薄っすらと、秀治に知られずに浮かべられている笑みは、明良の中世的な雰囲気と相まって儚い少年を思わせ、その細く白い肢体と時々見える日に焼けることを知らないうなじに妖艶さを人は感じずにはいられない。
そのあとを僅かに遅れて秀治が追ってくるが、身長が180センチ近く明良より15センチほど高いので必然的に歩幅も大きく、すたすたと前を行く明良にすぐ追いつく。
明良はすぐに追いつかれたことに対し、気にしている身長を見せ付けられた気がして少し癇に障るが、いちいち怒っても身長は伸びないし、むしろ縮みそうなのでやめておく。だが、長い時間待たさられた挙句に、これは明良が一方的に感じてしまったことだがコンプレックスを軽く逆撫でされたのに何もしないのも腑に落ちない。だから、明良と歩幅を合わせて機嫌良さそうに歩く秀治にその代わりとばかりに腕を絡めてみた。たまにはこういう嫌がらせもいいだろうと、自分が好きな人に触れるいい口実として明良は思ったのだが、意に反してそれをすれば秀治はかっちんこっちんという風に音を立てて見事に固まってしまった。
明良はその様子を見てなんだと訝しげに眉を潜めるが、暫くしてもしかして自分が腕を絡めたからかという考えにたどり着き、顔を青くしかけるが、いやちょっと待てよと思い返す。秀治は普段他人に馴れ馴れしくスキンシップを仕掛けたりしないが、13年幼馴染として付き合ってきた明良に対しては別だった。二人っきりのときはデレデレベタベタと明良が少し鬱陶しくなるくらいの過剰なスキンシップを唯一明良にとる秀治が今更、その幼馴染に反対に…明良からしてみれば腕を絡めただけで不快に感じるはずがない。もしそうだったならば、彼は幼馴染である明良にべたべたと触れては来ないはずである。
では、何故彼はこうもどこか焦ったようなばつが悪いといった表情をして固まってしまっているのかが、ますます解らなくなるではないか。一体どうしてこうも見事に固まるのかと、明良はとうとう首をひねり始め、その真相に迫るため秀治をじっと熱い真剣な眼差しをもって凝視する。
「…………」
「………!?」
明良の熱烈な視線にも暫く耐え、だが、やがて限界が来てびくっと体を強張らせたと思えば秀治の硬直は解けた。そして、奇妙な声を出した。
「は…わわわっ!?なななな…!」
明良はその様子に深く眉間に皺を刻むと、絡めていた腕を解いて秀治の正面に回るときっと睨んだ。次いでひゅっと空気を裂く音が秀治の鼓膜に響いた。
パシンっ!
秀治が「へ?」と、意味がわからないと目を見開き顔色を一瞬にしてなくす。だが、明良はそれを無感動で見つめている。
何が起こったのかを一応理解したらジンジンと痛む左頬に手を当てて、秀治は幽霊でも見たような顔つきで明良を唖然呆然と見つめる。
明良ははぁと一つ大きなため息を吐き出すと、無表情だった顔ににこりと花が綻んだかのような愛らしい笑みを浮かべて、大きなくるりとした瞳を瞬かせて、身長が明良よりも高い秀治を悔しいという内心を微塵も感じさせずに上目遣いで見ながら、言った。
「…大丈夫?秀ちゃんは本当変だよねェ…。僕がちょっと腕絡めただけで固まったかと思えば、奇声出すし…でも、ほら、もう止まったでしょう?僕のおかげだな!!」
得意げに話す明良の笑顔は途中から喜色満面なモノに変わりつつあった。
秀治はああ、そうか…そういうことかと、明良の奇異な行動を完全に理解してしまうとどこか遠い目をし、左頬に手を当ててたまま、乾いた笑いを零すと、ポツリと呟いた。
「はは…ありがとう、明良」
「どーいたしまして!」
明良の幼馴染をやりだして早13年にもなる付き合いだが、明良のこういう突飛な行動には今も驚かされるし、慣れない…。