名付け
少々長くなってしまいました。
人生詰んだ詰んだしちゃいそうですが、
今夜一話から改稿に着手していきます。
喜色を全面に出して飛び掛かって来た妖狐に押し潰されそうになったが、今は妖狐に押し倒されている。
どちらかと言うと、取り押さえられている、という表現の方が近いのかもしれない。
前脚で両肩を抑えられ、妖狐が伏せのような姿勢でいるから、両腕以外は未だモフモフに包まれている。
妖狐はその体勢のままマジマジと俺の顔を見ると、顔を眺めるのには満足がいった様子だ。
今度は鼻で俺の顎をツンツンしてきたり、鼻をくっつけて来たり、耳をくんくんしたりしている。とても擽ったい。
筋力で跳ね除ける事も出来るのだが、ほぼ全身が幸せに包まれているのだ。脳内会議の結論は勿論ノーである。
◇
暫くなすがままにされていたが、両腕が自由なのだ。折角のモフモフ、楽しまなければ嘘だろう。
気が付いてからは早かった。右手は真の顔を未だ堪能している妖狐の頭に載せ、左手は(妖狐のモフモフした毛に)添えるだけ。
妖狐の反応は劇的だった。
右手がその頭に触れた瞬間、「シャキーン!」と音が出そうな感じで耳を立てる。
そして真が妖狐の頭を撫で始めると、その耳がピコピコと嬉しそうに揺れる。
妖狐が前脚で抑えていた両肩を離し、頭を真の胸の上に乗せ、真の匂いをその頭に擦り付けんとスリスリしてくる。甘えるモードにシフトしたようだ。
◇
……何、この生き物!!
可愛い!めっちゃ可愛いよ!!
飼う!絶対この子飼う!
お散歩もちゃんと連れて行くし、
ご飯もちゃんとあげるから!
だから!
お願いお母さん!
「この妖狐が眷属になったようです。おめでとうございます、魔王様」
脳内お母さんにお願いしていると、プレートさんが光ってそう文字で伝えてくれる。
「え、嘘。まだ何も魔法とか使ってないし、契約とか何もしてないけどいいの?この子飼っていいのお母さん!?」
「魔王様、落ち着いて下さい…
生命を宿すモノに対する眷属化は、互いの意思が尊重されます。眷属化の対象が魔王様を心底嫌だと思っていれば、眷属化は為されません。逆もまた然りです。
つまり、この妖狐も魔王様の眷属となることを受け入れた、という事になりますね。
初めての眷属が妖狐とは、重畳です。
流石は魔王様。
あと、お母さんじゃありません」
一気にそれだけの文字を映し出し、説明してくれるプレートさん。最後は何となくだけど怒気が感じられた。
◇
しかしこのモフモフ、もとい妖狐が眷属か…
次第に妖狐に対して独占欲のような物が湧いて来た。
名前でもつけてみようか。
そう言えば、この子の性別はどっちなんだろうか。
「♀です。詳しいステータスも見ますか?」
「いや、今は名前を付けるだけだし、性別だけ分かっていればいい。」
「名付け、ですか…」
プレートさんから少し寂し気な雰囲気を感じた。
妖狐の名前よりも先に、プレートさんに名前を付けてあげるべきだろうか。
今までも、プレートさんに名前を付ける事を考えなかった訳ではないのだ。
しかし、ステータス・プレートに名前を付けている、という事が周りに知れた場合をどうしても考えてしまい、その度に羞恥心で死ぬ想像がはっきりと浮かび、躊躇していたのだ。
「よし、まずはプレートさんに名前を付けるよ」
「魔王様…!」
「えぇっと………よし!今からお前の名前はツバキだ!」
あれ、何か少し魔力が減ったか?
「ツバキ…ツバキ……
はい!私は今からツバキと名乗ります!
魔王様、有難うございます!」
ツバキは、俺の好きな花の名前だ。
確か花言葉には「誇り」だとか「控えめな優しさ」だとかがあった筈だ。
そう言えば、真の中学三年生の誕生日だったろうか。
実織はどこからか真の好きな花が椿である事を知り、
「何故自分は椿ではないのか」という謎の悩みに頭を抱え、
悩んだ末に椿の花を全身に纏って真に特攻し、超展開な思考とという微妙な思い出がある。
あの時は真剣に妹の頭を心配したし、身の危険を感じた……
しかし、花に罪はない。
その時に纏われていた椿もきちんと回収して飾ったし、好きな物は好きなままだった。
………余計な事に思考が及んでしまったが、考えれば考える程にピッタリな気がしてくる。
◇
「よしよし、次はお前だなー」
「まだー?」といった様子で、上から真の顔を覗き込んでくる妖狐。背中が痛くなってきたので、そろそろ起き上がりたい。
名付けが終わったら退いてもらおう。
「うーん……お前の名前はアオイ!アオイにしよう!」
瞳とか超青いし!
安直すぎる思い付きのような物だったのだが、アオイも満更でもない様子で耳をピコピコさせている。
というかやはり、魔力が減った。
先ほどツバキに名付けた時とは比べものにならない勢いで減ったようで、頭が疲れたようにボーッとしてきた。
「魔王様、魔獣などの個体に名前を付けるのは、魔王様の様な上位魔族にしか出来ません。
というのも、上位魔族により名付けをされた魔獣は名付け親の魔力を譲り受け、同族よりも強力な存在へと変化します。上位魔族以外には、名付けの際に譲る為の魔力をそもそも保持出来ないため、名付けは不可能とされています。
…しかし、魔王様の魔力をここまで譲り受けるとは、アオイは元々妖狐の中でも強大な個体だったようですね。
人目を避けるためにも森へ入り、魔力の回復を待ちましょう」
◇
その後は、ツバキの言う通りユルド森林の中へと入り、イルソンへと続く道から少し離れた場合で魔力の回復を待った。
名付け後のアオイは少しだけ体長が大きくなり、体を覆う銀色の毛も少しツヤツヤしているような気がする。
手持ち無沙汰だったので、俺の傍から離れないアオイを触りまくっていた。
肉球や耳の感触を堪能している内に、大分魔力が回復してきた気がする。
「アオイに譲った分の魔力は、大体回復出来たようです。魔王様、騎士団の方まで戻りますか?」
肉球をぷにっと押した瞬間「シャッ!」と鋭い爪が飛び出してきて驚いていると、ツバキが出発を促してくる。
「そ、そうだな。騎士団をあのままにして帰る訳にもいかないし…。
魔獣に襲われていなければいいんだけど…」
「この辺に魔獣などは殆どいないようです。恐らくですが、アオイを恐れイルソン側へ流れたのかと」
…成る程。
確かにアオイは、普通の魔物や魔獣なら問題なく倒せる騎士団を手玉にとるような強力な魔獣だった。
それが眷属化によって更に強力になったのだから、普通の魔物などは近付く事など考えすら出来ないだろう。
「よし、それならとっとと騎士団の方々を起こしてセイレーンに戻ろうか」
そうして真たちは、騎士達が昏倒しているブライス側のユルド森林入り口へと引き返して行く。
◇
真たちがユルド森林入り口まで戻って来た時、騎士達はまだ気絶したままだった。
真は街道に座り込んで騎士達を見回しながら考え込んでいた。
アオイは真の後ろに背中を合わせるように座り、九本の尻尾で真を包み込んでいた。
モフモフは嬉しいのだが、視界は遮られるし、モフモフに気を取られてしまい一向に考えがまとまらない。
…いや、しかしどうしたものか。
目醒めた時に自分達を瞬殺した魔獣が目の前にいたら、混乱するだろう。
まして、その魔獣を手懐けたなど。
間違いなく色々と追求を受けるだろう。
今でこそアオイは騎士達に危害を加えないだろうが、それを証明するにはどうすべきか…
……面倒になってきた。
取り敢えず騎士達を起こそう。
密かに練習していた水属性初級魔法『水球』を発動する。
ステータス・プレートに魔法の適性が表示されなかった時は、余りの絶望感に食事が喉を通らなくなってしまった。
しかし、それは飛び抜けて得意な属性魔法が無い、というだけであった。
つまり真は全ての属性魔法をそれなりに使う事が出来る、という事だ。
初めて練習したのは、ぼっちで騎士宿舎近くで魔獣たちと戯れていた時の事であり、初めて発動したのも、今回使った『水球』であった。
しかし、その時に発動した『水球』は今発動しているそれとは全く違った。
今でこそきっちりと制御した、直径30cmほどの水の球をいくつ空中に浮かべても平気ではあるが、練習時に発動したものは発動と同時に直径3cm程の一つの球が、近くで日向ぼっこしていた狼付近の地面に着弾した。
着弾地点は10cm程抉れており、思えばあの狼はその日から俺を近寄らせなくなったのか。
明らかに殺傷能力のある魔法を放たれたのだ。警戒しても仕方が無いのかもしれない。
いかんいかん、また関係の無い思考に捕らわれてしまった。
真は軽く頭を振り、片手で目に掛かっている尻尾を引っぺがすと、人数分発動した『水球』を騎士達の頭の上まで運び、落とした。
◇
起きた騎士達は、まず真を見てギョッとした。
考えてみれば、騎士達から真を見た時にはアオイの姿は殆ど見えない。
つまり、青年が謎のモフモフ体に呑み込まれているように見える。
真は慌てて尻尾を全て引っぺがして立ち上がると、
真が来た時には騎士達は全員気を失っており、どうしたものかと思案しているとこの妖狐が現れた。
そして、騎士達が気を失っているのはこの妖狐による物だと判断し、倒そうとしたものの魔獣使いの性質からか、妙に懐かれてしまった。
といった旨の事を説明した。
説明が終わっても騎士達は懐疑的な視線をこちらに向けていたが、真がセイレーンの勇者一行の所属であることを伝えると、表情が納得のいったものへと変わった。
騎士団に外出を申請した際に受け取った書簡を見せると、すっかりと疑いは晴れたようだった。
◇
騎士達を納得させた後、すぐに真はセイレーンへ向けて出発する。
騎士達からはもう真たちが見えない事を確認すると、『転移』を発動する。
これは創造魔法で作ったもので、魔獣たちと戯れている時に開発した。
転移が失敗するのは怖かったため、中々実行に移せずにいたが、あまりにも狼が触らせてくれないために、「ええいままよ!」と発動すると成功してしまった。
その時は狼の背後への転移となったようで、こちらに気付いていない狼にワンタッチする事が出来た。
出来たのだが、触った瞬間大層驚いたようで、すぐさま飛び退いて威嚇されてしまった。
……よく考えなくても、嫌われる事しかしてなかったな俺。
今まで狼にしてきた事を思い返し、少しだけ憂鬱になりながらも『転移』は問題無く発動し、街道から真たちの姿が消える。
次の瞬間、真たちの姿はセイレーン付近の岩場にあった。
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