ユルド森林
全く前話までの修正や加筆に着手出来ていませんが、
日間ランキングへランクインした事を知り、投稿させて頂きます。
ランクインは、皆様のお陰でございます。
本当にありがとうございます。
ギリィ…!!と音を立てながら、実織が真の脇腹に食い込んで行く。
実織は、狼に擦り寄ろうと目論んでいた真の真後ろから近づいていたようで、気配に振り返りかけて半身になった真の脇腹に飛び込んできた。
ギリィ…!!とか兄妹が再会する時に発する音じゃないと思う。
今にも肋骨が限界を迎えそうな、ミシミシッ…という音を発してもいる。
このままだと上半身と下半身が永遠の別れを迎えてしまい、死にはしないかもしれないが人的なバッドエンドを迎えてしまいそうなので妹に声をかける。
「み、実織…こっちに来てたんだな…」
「うん! お兄ちゃんと同じクラスの胡散臭いイケメンな人と一緒に、しばらく訓練受けてた!」
やだ…
うちの妹、勇者パーティーじゃないの…
というか、俺の周りにいる人からの香取に対する評価低すぎ…?
「…もしかして、香取のことか?」
「そうだよ!」
ノータイムで返答頂けたので、
間違いなく胡散臭いイケメンとは香取なのだろうと思う。
しかしながら香取の事など、どうでもいい。
何故なら今にも全ての肋骨が役目を終えてしまい、今にも真のカルマがテラへ還ろうとしているからだ。要するに貫通されそうだからだ。
あぁ…ついぞあの狼の心を開くことが出来なかった…
などと、フラグに近い感情を抱きつつ実織に遺言に近い思いで
「会えて良かったよ、実織…」
と告げると、実織はすぐさま真から身体を離し、モジモジし始める。
「えっ…お兄ちゃんも、実織に会いたいと思ってくれてたんだね……
実織は四六時中、お兄ちゃんのことを思っているから…? それともシンプルに、お兄ちゃん大好き…?」
何やら呟いているが、お兄ちゃんはどうやら貫通されずに済んだようだ。
とにかく先手を打った方がいいような、焦りに似た感覚に襲われたので、
「実織、とにかく会いに来てくれて嬉しいよ。二度と会えないかも、とさえ思っていたんだ。本当に嬉しいよ」
と、止めを刺す。
この妹は甘い言葉に弱いと知った上での事だ。
こうでもして実織の感情を満たさない限り、真の命は風前の灯も同然なのだから。
「お兄ちゃん……(好き………)」
と悶え始めた時点で、実織と似たような装備を付けた兵が回収に訪れなければ、
真は疲弊しきってしまっていたことだろう。
今回、半ば脱走のような形で実織が真に会いに来てしまったことようで、兄妹の再々会には今一度時間が必要になるようだ。
アレク王の溜飲を下げる意味合いもあるため、しばらくは会いに来る事が出来ないだろう、と回収に来た兵士に告げられた際の真の気持ちは誰にも知る事が出来ないのだった。
◇
その翌日、プレートさんから朗報が入る。
最近、(仮)とは言え魔獣使いなのだから「自分の制御下の魔獣を持ってはどうか」とからかい混じりながらも周りの魔獣使いから言われており、
現時点で最優秀なプレートさんにセイレーン周辺に索敵を頼んで手頃な魔獣を探してもらっていたのだ。
「魔王様、ブライス王国東のユルド森林より、眷属とするに相応しい反応が見られます。
如何いたしますか?」
ユルド森林か…セイレーンからそれ程離れている訳でもないし、初めての魔獣を得るためには良さそうだな…
ユルド森林とは、ブライス王国東、魔王軍に蹂躙された隣国イルソン帝国との国境一帯に渡る森の事である。
ユルド森林そのものが国境と言い換える事が出来る。森林の中は、日本でいう所の樹海といった雰囲気らしい。背の高い木々がひしめき合い、侵入を拒んでいるのだとか。
「そうだな、最近周りの魔獣使いから言われていたし、眷属を作ろうと思っていた所だ。
行ってみよう」
そう返すと、些か不満気な雰囲気を漂わせつつも、感知された場所を教えてくれる。
どうやらプレートさんはセイレーンから外へ向け、魔王である真の魔力の多さに物を言わせ広範囲に索敵を巡らせていたようで、
プレートさんが示した場所はセイレーンから東へ徒歩で1日程かけて向かった、ユルドの森となっていた。
◇
プレートさんからの報告の後、俺は速やかに準備を整えた。
ぼっちな真は恐らく一人で向かうことになるので、ここまで騎士団付きの魔獣と戯れていた間に創ってきた魔法も存分に使用出来る。
特に準備段階で役に立ったのが『収納』。
これは俗に言うアイテムボックスである。
真の魔力で作り出した空間へ物を収納する事も出来るし、他の棚などに付与して金庫のように使うことも出来る。
魔力量に応じて収納出来る魔法のようだが、ここ最近は魔力の限界までプレートさんに索敵を許していたので、
石ころ一つを収納することも出来なかった。
戯れている時にさりげなく狼を収納しようともしてみたが、これも出来なかった。怒った狼が、本気出して頚椎を狙って来たのには焦った。
生命を維持している物を収納出来るか出来ないかは、これからの検証次第だろう。
狼との苦闘を思い返しながら、最後に騎士団へ魔獣を探しに行く旨伝えた際、貸与されたテントを『収納』する。
結局、プレートさんから報告を受けた日中に食料などの準備を終える事が出来、翌日早朝の出発に備え早めに休むのだった。
◇
翌朝、真の姿はセイレーンの東門にあった。
東門にいるのはもちろん真だけだ。
内心、実織が何とかしてついてくるのではないか、と心配していたのは杞憂に終わったようだ。
東門から朝日を浴びながら少しだけ歩き、人目が完全に無くなった所で真は自身に創造魔法で形にした、身体強化をかけ始める。
創造魔法は、自身のイメージを何よりも必要とするようで、いくら魔力が足りていようとも、発生から収束までのイメージが明確でないと魔法を創り出す事が出来ない。
この身体強化は、任意の魔力量を体内に循環させる事により筋力を増幅させ、魔力を消費しきった所で魔法が終わるイメージである。
身体強化をかけた状態で走ると、恐るべき速度で特攻してきた実織以上のスピードを維持する事が出来、
普通の人で一日かかる距離ならば、2時間程で到着出来る。
筋肉に大分負荷がかかる事になるが、そこは再生で補える。
◇
妹に関する今後の憂鬱や、今から会う魔獣について考えていると、ユルド森林はもう目の前に迫っていた。
走っている間はプレートさんに周囲の索敵を任せていた。
ふとプレートさんを見てみると、報告の嵐だった。
「ユルド森林の中心から標的が移動を開始したようです」
「ブライス王国側へ向かって来ています」
「標的は間も無くユルド森林入り口付近へ到着します!」
「魔王様見てますか?! います!森林の入り口で待ち受けてますから!」
「このままのスピードで行くと絶対通り過ぎます!止まって!お願い止まって!」
「見て!私を見て!!!」
…どうやらスピードを緩めたのは正解だったようだ。
「…ようやくお気付き頂けたようですね。よかったです。疲れました」
ごめんて…
妹の事とか考えてると思考の深淵に捕らわれて、鬱屈とした気分になってしまうのですよ…
「とにかく、森林の入り口まで標的の魔獣が来ています。魔王様を迎え出るとは中々良い心掛けです。
恐らく、魔王様の身体強化の魔力を感知したのだと思います」
なるほど…
魔獣と言うのだから、魔力を扱わせたら人族よりも優れているのだろう。
でも魔力を感知しただけで、入り口まで迎え撃ちにくるものか…?
「いえ、魔王の魔力というのは、魔獣が感じる魔力の中でも別格の物です。相手が魔王かそれに準ずる者と知り、こちらに出て来たのでしょう」
なるほど…?
え、何?俺の魔力って人と違うのん?
「魔力の質は明らかに異なります。そこまで感知出来る人族は稀なので、気にすることもないでしょう」
でも勇者と一緒に暮らしてる訳だしなぁ…
一応、肝に銘じておこう。
そんな会話を続けながらも進んでいると、
すぐに森林の入り口が見えてきた。
森林は樹高がゆうに20mは越えようか、といった針葉樹が犇き合っており、ブライスからイルソンへ続く道を外れてしまうと、木々の先を見通すことは出来ない。
そんな森林の入り口には、イルソンの動きをすぐに王都へと連絡出来るように設置された少人数による騎士団が常駐していると聞いていた。
しかしながら現在は、殆どの騎士が昏倒しており、残った数人の騎士が銀色の毛を持つ狐に翻弄されている姿があった。
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