勇者
◇
白い光に包まれ、友人たちを気にする間もなく意識を手放してしまった真が、次に目を醒ましたのは薄暗い石造りの広大な空間だった。
先ほどまではいつも通り帰り支度を済ませ、帰路に着こうとしていた記憶が間違いなくある。そして下半身が発光し出した花見川、恐慌状態に陥った教室内、そして真の身を包んだ白い光。
あの光によって、ここに連れて来られたというのだろうか。
「……知らない天井だ」
「それはそうであろうな」
「………え!?」
脳での情報処理が追いつかなくなったという事もあり、お約束だからと言い訳をしつつ呟いた真の言葉に、まさかレスポンスがあるとは考えていなかった。
「無事に、目が醒めたようだな」
先ほどのレスポンスと同じ声で確認される。
「え、えぇ……まぁ………」
正直なところ精神衛生の観点からあと二年程はそっとしておいて欲しいものだったが、何とかそれだけの言葉を捻り出す。
そもそもあのお約束を呟いたのも、この空間に他の人間がいる可能性を失念していたからである。周囲に人が居る可能性に気が付いた途端に、体中の血液が顔面に集まって来たかのような感覚に襲われる。
恥ずかしさを紛らわせるため、自分の周囲に視線を巡らせてみると教室内にいた生徒達も全員がこの空間にいるようだ。彼らは比較的自分から近い位置に、寝転がっている状態だ。まだ覚醒していない者が多いようだ。
しかも、あの白い光に包まれたのは教室内の人間に限った話ではなかったらしい。県立等々力高等学校は、一クラス大凡三十名前後のクラス編成であった筈なのだが、この空間には軽く百名を超える生徒が居る。
教室では、単に超常的な力によって花見川が消失したのだと思っていたが、どうやらあの白い光に包まれた者の全てがここへ連れて来られたようだ。
状況を考えるに、落ち着いた様子でこちらの覚醒を確認して来た声の主が犯人である可能性が高い訳で……
そこまで考えると、このような異質な状況下に違和感を感じてもいなかった自分に驚きつつも、警戒感は抱かざるを得なくなってしまう。
「そう警戒するな」
最初のレスポンスはかなり呆れたような声色だったのだが、今さっき真に掛けられた声にはどこかこちらを労るような柔らかい感じを覚える。
少し警戒を緩めつつ声のする方へと顔を向けると、そこには松明のような光源を反射しているのか、赤みを帯びている短めの金髪の上に、王冠を載せた中背の若い男が立っていた。
って、ん?王冠………王冠!? はぁ!?王冠んんんん!?
◇
「我はこのブライス王国の王、アレク=セイレーン=ハイエルだ」
真が急に視野に入った突拍子もない危な気な情報に、「コスプレか?いやいやあくまでこちらが本物であって……しかし、実はただの痛い人かも…」と思考がインフレを起こしあわあわしていると、アレク王はこちらの動揺を察したのか、王自らがそう自己紹介をする。
真にとっては、それはさらなる動揺を引き起こすものでしかないというか、早くも詰んだ感が凄まじい。
「お、王様…ですか…?」
その姿を視野に目にするまでに抱いていた犯人ではないか、などという考えは吹き飛んでしまい、なんとか震える声でそう返す。その姿を認めた瞬間、かつて地球で覇権を握っていたような歴戦の王達も、このような雰囲気を放っていたのではないかと思える、圧力にも似たオーラを感じる。
そして今までの会話の相手が王であるならば、今までのお約束発言も含めた全ての発言が大層な無礼にあたるのでは、と思いすぐさま顔を青くする。
顔を真っ赤に怒らせた貴族が「不敬!不敬!」と叫びながら騎士に命令し、真の首を刎ねる場面が鮮明に脳裏に浮かび上がる。
しかし、アレク王は気にしていない風で
「よい。そのような事よりも、正しくこちらの言葉が理解出来ているようだな?」
と質問を投げかけてくる。そのような事で済ませて良いのだろうか。……いや、しかし確かにそのような事よりも。
「………はい。確かに、陛下の仰る言葉の内容がきちんと理解出来ているようです」
そうだ、相手は明らかにその風貌や雰囲気を見たところ日本人ではない。また、身にまとっている中世ヨーロッパを彷彿とさせる赤を基調とした礼装やマントは、身分を示すように豪奢で品を感じさせる作りだ。
明らかに真たちが生きていた地球の時代とは時期が異なる。
異世界の住民であるかもしれない相手と、問題なく会話が出来ていたことに何故違和感を持たなかったのだろうか。もしかしたら、日本語に良く似た言語体系である可能性もあるにはあるのであるが、それでもどこか違和感は感じるものだろう。
英語すら中学時代から約4年間学んでもまともに話せないのだし、例え地球の外国人であってもまともに会話など出来ないはずだし、その言葉を耳にした瞬間に分からないという事が分かる。
「……うむ、召喚の際の術式に『言語理解』を組み込んだのだが、どうやら問題なく発動したようだな」
「成る程、それで……?」
アレク王により明かされた事実に、地球で読んでいたライトノベルやネット小説の知識から普通に納得してしまいそうになるが、聞き捨てならないことがあった。
「召喚!? もしかして……ま、魔法ですか!?」
「そうだが?」
王は今更何を言ってるのだ、みたいな表情でこちらを見ているが、これは目の前の男が王だった事実以上に衝撃的である。いや、何となく察してはいたのかもしれない。地球上の科学では、何の準備も無しに人の身体を突然光らせることなど不可能であるし、まして人を転移させる事など。
不安と興奮が同時にこみ上げ、さらに王に質問しようとするが他の生徒たちが目を醒まし始めたため
「全ての者が目醒めたら詳しく説明をする。それでも何かあれば、そこで質問するがよい」
と言い残し、空間全体を見渡せるように端に設置された、木材で組まれている演説台のような物の方へ行ってしまった。
◇
一度に与えられた情報である、王、魔法、召喚という言葉が脳内をグルグルと回っている。
「事実は小説より奇なり」と良く言うが、実際に巻き込まれるのはたまったものじゃない。ライトノベルのような展開を地で行く現実に混乱しつつも、こちらに来る前には見つけることの出来なかった友人たちの姿を探す。
人の多さに少し苦労しながらも、目を凝らし視線を周囲に巡らせ探して行くと、割と自分から近い位置にいた。……というかほぼ真後ろにいた。
何となく決り悪さを感じつつも、真にとって数少ない友人たちの方へ向かう。どうやら、友人たちはお互いをすぐに見つけるとまとまって座っていたようだ。
声が届く位置まで近づき、友人たちに声を掛けると
「佐倉、市原!それに野田も!無事でよかっ
「皆の者!我はブライス王国の王、アレク=ブライス=ハイエルだ!歓迎するぞ!
………勇者諸君!!」
同時に王の話が始まってしまった。あと「た!」だけだったのに……
アレク王め。
って、ん…何? 勇者…?…勇者ぁ!?
俺たちが!?
またしても突拍子もなく齎された、自分たちが『勇者』であるという衝撃的な事実に、真は再び意識を手放したくなってしまうのだった。
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