召喚
02/04 改稿しました。
◆◇◆
その日も、俺はいつもと同じように一日を終え、また同じような明日を過ごせると、当然のように思っていた。
何も今日明日に限ったことではなく、高校二年生の現在と似たような日々を高校生活最後の日まで続けて、
その後は何となく大学へと進み、今とは違うながらも同じような日々を繰り返す。
そして大学を出た後は就職をして、いつかは幸せな家庭を持てたらいいなぁ、なんて少々高望みな展望を持ちながら、
毎日のように仕事を繰り返して誰も待たない家に帰宅する。
きっと、節目で変化は迎えながらもいつか順応して、同じような時間を過ごしていくのだろうと思っていた。
それはきっと、県立等々力高等学校二年三組の教室内にいる全ての生徒が同じような事を思っていた筈だ。
人生を揺るがすような大々的な事件が発生するのをひっそりと期待しつつも、人生に劇的な変化など、それこそ一生起こらないだろうと、どこか諦めに似た感情を抱いている。
そのような日本人の消極的な部分が滲み出した、形容しがたい感情を将来に抱いている高校生がほとんどな筈だ。
少なくとも俺はそう思っていたし、刺激が無いながらも平穏に過ぎて行く日々の中、どこか平和に侵されていたのかもしれない。
まさか、その"人生を揺るがす"出来事が、このように唐突に訪れる等とは、全く思っていなかったのだから。
◆◇◆
その日も前日と何ら変わりない一日であった。
もちろん、時間割は前日とは異なるのだが、その時間割とて一週間単位の物であり、その程度の変化など無いに等しい。
県立等々力高等学校、二年三組の教室内は帰りのホームルームを終えた後、どこか弛緩した空気が漂っていた。
帰宅する者、部活に参加する者、友人と共に過ごす者、恋人との待ち合わせに急ぐ者など。
皆がそれぞれのスケジュールをこなすべく、行動を始めていた。
県立等々力高等学校の校内は、そんな若者たちの喧噪によって繁華街のような、雑踏にも似た賑やかな雰囲気である。
もう少しだけ時間が経つと、野球部や陸上部など運動部のかけ声や活動音などで、さらに賑やかになるのだろう。
◇
そのような俄に活気づき始めた空気の中、俺、匝瑳 真は帰宅する者達と志を同じにしながら、
恋人の元へ急ぐ者達に呪詛を唱えながら、手早く荷物をまとめていた。
毎日放課後になると訪れる、悪夢のような存在を回避するためである。
「あっ…」
帰り支度を急ぐがあまり手が滑り、通学カバンの中に突っ込もうとしていたペンケースを床に落としてしまった。
幸せな者達へ向けた呪詛に意識が向きすぎていたのかもしれない。
「あーあー…」
真の手から勢い良く離れ、真の机の横に叩き付けられたペンケースはしっかりと口が締まっていなかったのか、中身を一つ残らず吐き出していた。
日常から大きく外れ、不満を吐き出したかのようなペンケースに少しばかりの苛立ちを覚えつつも、真はいつも放課後から帰宅の間に訪れる不幸を回避するためにも、一刻も早く全てのペンケースの中身を回収せねばならないのであった。
◇
日常の終わりというものは、突如として訪れる。
そして彼らと彼女らは、変わらない日々など存在しないのだと、今や幻であったかのようなかつての甘さに満ち満ちた日々をいつか思い返す事になる。
◇
真が溜め息を吐きながらも、周囲に散らばった筆記用具を辟易としながらも大方拾い集め、ペンケースに収納した。
どこか達成感を感じながら、最終確認のように真の座席周辺を見渡すと、椅子の足にぶつかったのであろう消しゴムが椅子の足の傍に転がっていた。
見渡す限りは、この消しゴムが最後であろう。
そう思い、拾うべく椅子の足へと真が身を屈めた時の事だった。
「な、なんだこれ!?」
その声は、放課後も暫く教室内に留まり交遊を深めるタイプのグループ、香取 巧が中心となっているグループが占める窓側から聞こえてきた。
「あの辺は毎日毎日飽きもせず賑やかだよなぁ…」
などと呆れにも似たような感情を抱きつつ、声がした香取たちがいつも占有している窓側後方へと目を向ける。
すると、やはりそこには香取グループ内のお調子者、授業中放課後お構いなしにテンション高めにその感情をお届けする花見川 龍也の姿があった。
しかしながら、笑顔を振りまきながらタイミング良くリアクションを入れる、いつもの花見川とは明らかに様子が異なっている。
というのも、いつ見ても阿呆みたいに笑っている事に定評のある花見川自身が誰よりも怯えたような表情を浮かべており、
その下半身を白く光らせていたからだろう。
………え、何あれ? お洒落?
最新のお洒落は下半身の発光から始まるのか?
見えない所に気を配るのがお洒落、などと言う俗説もまことしやかに囁かれていた訳だが、逆にその見えない所を主張するのがお洒落になってしまったのか?
「逆に」というフレーズ自体が流行になりかけた事もあるくらい、カオスを極める昨今の事だしな。
いやいやいや、あまりにあまりな非常識っぷりに思考が現実逃避してしまっている。
花見川の下半身の発光がもしもその類いのものであれば、自分で始めておいて「な、なんだこれ!?」などと声を上げるという間抜けな真似はしないだろう。
それに、花見川の周囲にいる香取や他の取り巻き達も、発光する本人と同様かそれ以上に驚愕している。
つまり、あの光は本人や周囲の意思とは全く関係せず発せられているという事になる。
……一瞬、ホームルームを終えた際に自分の唱えた呪詛が力を持ったのかとも思った。
しかしながら匝瑳家はそのような系譜にいなかった筈だし、祖先にそのような陰陽師的な力を持った者がいたという話しを聞いたこともない。隔世遺伝ではない、きっと。
何よりあれはリア充へと向けたものであって香取たちと楽しくお話ししていた花見川が光り出すものでは無い筈だ。
そこまで一瞬で思考が働き、何とも間の抜けた安堵を覚えながらいつの間にか閉じていた目を開く。
そして再び香取たちの方へと視線を向けると、いつしか花見川を包む光は既に頭部まで覆い隠さんとしていた。
そこから視線を動かすと、最初は花見川だけを包んでいた光が、香取やその取り巻き達、さらには教室内にいる全ての人間の足下にも発生している。
残されているのは、俺くらいだった。
その超然とした状況に呆気にとられながらも再び花見川に目を向けると、身体にまとわりつくようだったために人形をとっていた白い光が、球状に変化し次第にその色を無くして行く。
今やその光の向こうにはうっすらと教室の窓が見え、段々にはっきりと見えるようになってくる。
光の中にいた筈の花見川がまるでこの世界から消えてしまったように。
◇
すると、他の生徒達も花見川を襲った異常に気がついたようで、悲鳴があがる。
すぐさま、教室内は阿鼻叫喚の様相を呈する。
ある者は泣き叫び、ある者は奇声を上げ、ある者は襲いかかった精神的なストレスのために吐いてしまう。
その惨憺たる光景に呆然としていると、自分の足にも光が灯ったことにすぐ気がつく。
消しゴムを拾おうと屈み込んだままの姿勢であったため、光はあっという間に全身を包み込もうとする。
白い光に全身を覆われようとしながらも、俺は慌てて消しゴムを通学カバンの中へ放り込み、カバンを右手に掴むと安堵のため息を吐く。
何故、通学カバンに手を伸ばしたのかは分からない。
毎日急いで帰り支度を済ませているうちに、ホームルーム後に通学カバンを持つことが日常の終わりであると認識していたのかもしれない。
今になって考えると、俺も急展開のあまりテンパっていたのかもしれない。
まだ教室内に居る筈の、数少ない友人である幼なじみ達よりも通学カバンを優先してしまったのだから。
通学カバンを手にした所で、すぐに友人たちの事に思い至る。
毎日のように帰宅を共にしている彼らはどうなっているのだろう。
そこまで考えた所で、真は意識を完全に手放してしまい、地球上から姿を消してしまったのだった。
R18指定にしてしまっていたものをそっくりそのまま移したものです。
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