第1話 不思議な青年と会いました。
人は神を信じない。 それはなぜなのか?
私は何度もそう思う。日に何度もだ。だが、もしかしたら信じることで救われる者がいるかもしれないと信じて『教え』を説き続ける。
「あなたたちの今の仕事は命に関わる事が多いです。しかし、だからこそ『主』たる『アレイオス』様に救いを求め、祈るのです。そうすればきっとアレイオス様も救いの手をさしのべてくださるでしょう。さあ、皆様、アレイオス様に祈りましょう。」
だが、そんな私の言葉に耳を傾ける人は皆無だ。私は思惑が外れてしまい溜息が出た。
ここはコースタ宗教国家所属『傭兵ギルド』の食堂兼酒飲み場。それも皆が飲み始める食事時。
『傭兵ギルド』
このギルドはあらゆる人から依頼を受け、町の行商人の護衛や警護、更には町の外に出現する『害獣』の討伐など、あらゆる事柄を受け、解決していく何でも屋のような存在。
このギルドには他の町からくる人や腕に自信のある人、一攫千金を狙う人々が所属する。一攫千金というだけあって、高難度の依頼はかなり、というよりは一回で5年は暮らせそうな依頼も存在するが、その実、危険なため町の仕事の中では致死率余裕の1位(毎年)である。
そんな人たちが所属する所だ。きっと救いを求める人が多いに違いない。そう思ってここで教えを説いていたのだが、全く興味がないのか誰も聞きに来ない。
まあ、正確にはおそらく冷やかし目的、もしくは酒の肴にするつもりなのだろう、薄笑いを浮かべた人たちがくるが、そんなのはカウントしない。
だが、そんな時だった。
「めずらしいね、こんなとこに布教に来るのかい。今のシスター様は」
声をかけてきたのは青年だった。得体の知れない青年、とても傭兵とは思えない青年。特徴は黒髪茶眼?茶色よりは黒に近い目をした青年。
(東洋人・・・?)
私は東洋人を見たことはないのだが、何となく話に聞いていた特徴とかぶっているので多分そうなんだろう。
彼の言葉に反応したのは私よりも冷やかしに来ていた傭兵のほうが早かった。
「おい、アスター、アレイオス教に興味でもあるのか?それとも嬢ちゃん狙いか?」
『アレイオス教』
私が今所属している教会の信仰している宗教。かつて存在したとされる、神アレイオスを主神とし、この世に善をまき散らしたとされる神様。今、アレイオス様は悪神ゼスターを封じ、眠りについたとされている。
アレイオス様は私が持つ聖書の教えを説いたとされ、その教えは
・他者を慈しむ
・親切にした人にはその恩をかえす
・悪を許してはならない
・全ての人は平等であり、神は人を平等に愛す
など、ある意味当たり前の事をあらためて記してあり、道徳についての教育書としては一級品だと思う。
多分、この世界で一番素晴らしく、一番大きい宗教ではないだろうか?だからこそ、そんな素晴らしい教えをないがしろにする人は許せない。だからこの傭兵も許せない。
青年の名前はアスターというらしい。青年・・・アスターさんが答えた。
「いや、残念だが俺はアレイオス教にもこのシスター様にも興味はないよ。ただ、あまりにもシスター様が世間知らずの綺麗事をほざくので興味が出ただけさ。まあ、こんなシスター様を狙う人はロリコンかその類だろうね」
・・・この人は綺麗な顔して中身が腐っているのか、敬っているのか貶しているのか・・・。
更にムカつくのは私の話を『綺麗事』で一蹴したことが許せない。少なくとも私はこの教えを説く司祭様のお蔭で今暮らせているのだ。
私はそんなアスターさん・・・いやこの失礼なやつ、さん付けしたくない。性悪青年と呼ばせてもらおう。口には出さないが。
あと私を好きになる人はロリコンってどういうことだ。否定はしないが。てか同年代じゃないと引く。年下好きではないが。
兎に角私は反論した。
「綺麗事なんかじゃありません。この教えは皆が幸せになるように神アレイオス様が考えたとされる立派な教えです。これがちゃんと皆が実行すれば幸せに暮らせるはずです。」
どうだ!私はそう思いながら性悪青年・・・いやゴミ虫を見る。こんな奴、ゴミ虫で十分だ。ゴミ虫、いやにしっかりくる。どうだ!ゴミ虫!
しかしなぜかゴミ虫は笑っていた。ツボに嵌ったように爆笑していた。私が言ったことはそんなに面白かったのか?真面目に答えたのだが。
ゴミ虫は言った。
「すみません、こんなに笑ったのは久しぶりです。いや、いくら世間知らずでもこんな答えを出してきてのはあなたが初めてですよ、シスター様。いや、ホントに・・・。」
まだ笑いが収まらないらしい。前かがみで震えている。
「シスター様、一つ言っておきます。貴方の話は確かに綺麗だ。もし、世の中の人全体が貴方が言うアレイオス様の話を実行すれば、世の中は素晴らしいものになるでしょう。しかし、そうならないのが世の中、所謂『世間』というものなのです。」
「なぜですか!」
この人はそんなことを私に言った。思わず反論が口から出てしまう。
「今、なぜとおっしゃいましたね、シスター様。なら私も聞かせて貰います。シスター様が所属するアレイオス教、その中には悪を許すな、とあります。
しかしながらシスター様この世の中には『平等』なんてものはないじゃないですか。」
彼はそう言った。なぜだ?この世は平等だ。そういう風に出来ている。
「そんな事はありません。この世の中は神の慈愛と善の力により平等に出来ています。神の力は偉大です。今、ここにいる人たちだって平等に生きているし、平等に人と接し、そういう風に人として扱われたはずです。」
そう、私が言った瞬間、酒場の雰囲気が変わった。ある人は私を驚きの目で見つめ、ある人は珍しいものを見たという目である人は侮蔑の目で、兎に角沢山の人が、というよりはそこにいる全ての人の目が私に集中している。
・・・居心地が悪い。
「シスター様、あなたは何も知らないでしょうが、傭兵なんてものはその人自身が、何か理不尽な目にあって、ここに来ているんです。少なくとも、私が知っている限りで約500人いるギルドメンバーの中で元奴隷が約100人、家族を養う為に仕方なくやっているのが約200人、家族とうまくいかず、逃げる為に、生きる為にやっているのが50人弱。言い出したらきりがありませんが、少なくとも、その殆どが、理不尽や、不平等な目にあっているのは確かなのですよ、シスター様」
その言葉を、私は信じる事が出来なかった。そんなはずがない。そんな事があるわけがない。
そう思う私にゴミ虫が話しかけてきた。
「ねえ、シスター様、賭けをしませんか?」