怒りのスイッチ(千)
絵を描くことが好き。ゲームをしたり外で遊んだりするよりも、絵を描くことが好き。
空とか木とかを描く風景画、心にあるものを描く抽象画。他にもいろんなジャンルがあるけど、私が一番好きなのはイラスト。アニメ、漫画のイラストなのである。
人には言ったことはない。お父さんやお母さんにも話したことはない。私だけが知っている、私の趣味。だった。
つい三秒前までは私しか知らない私の秘密だった。だったのに……
今、目の前にいる人間がそれを知ってしまった。
画材店。インクが無くなっちゃったからそれを買いに来たところ。ついでに画集が見たいと思って読みふけっていたときに、肩をたたかれた。
驚いて、そして真っ青になった。相手はクラスメイトの、……、名前は忘れたけど髪も背も短い男子。村…… ムラシマ見たいな名前だった気がする。
っていうことはどうでもよくて! 彼の名前がムラオカでもムラタでもそんなことはどうでもよくて!
問題は、私がいわゆるオタク系の画集を手にしていることで、彼が目を見開いて私を凝視していることで。
……終わった。
私はうなだれるしかなかった。この秘密が、ずっと隠していた秘密が、この男子経由でクラス中に広まって…… 私は皆にオタクだって思われて…… さすがにいじめられはしないと思うけど、なんとなく皆に避けられて……
終わった。としか言いようがない。
私は小さな男子の様子を伺うことにした。よく考えたら、これをバラされて終わるだけじゃないかもしれない。これをネタに脅されて、アレやコレや恥ずかしいことをさせられて…… そんなこともありえる…… 最悪なことに、店内には他に客がいない。店員の人はレジの奥にある部屋で作業をしているらしい。起こりうるあらゆることが、私の頭を駆け巡り、青いであろう私の顔がだんだん正常に戻ってきて、そして標準を超えて真っ赤になる。
私はあわててきた。彼がさっきから何一つ言葉を発さないことが、肩を叩いたきり一切のアクションをとらないことが、だんだん私を不安にさせる。何を考えているのか、私は何をされるのか……
ということを考えて数十秒後、小さな男子(ムラシタくんかな?)はようやく腕を動かした。ビクッと、自分の肩に力が入るのがわかった。
「お前、結構似てるね」
「え?」
え? 何が……
彼が指差しているのは私の開いている画集。そのページに描かれているのは、今(一部の人、オタクと呼ばれる人たちの中で)伝説的に人気なキャラクター。通称ユキたん。
「え?」
何がなんだかよくわからなくて、私はもう一度同じ音を出した。
「うん、似てる」
彼は一人、うんうんとうなずいている。私がユキたんに似ている?
……、ま、まぁ確かに、自分でもそう思わないこともないけど、まさか急にそんなことを言われるなんて、なんていうかその、悪くはないわね……
ありがとう? そうかしら? 何て言えばいいのだろう、と考えていると突然。
彼は突然いたずらな笑顔を浮かべて、
「うっそぉん! お前みたいなビミョウ女がユキたんに似てるわけねぇだろ! はははっ!」
……。ムラ何とかは走り去った。最後に「バーカ!」と言って消え去った。
……。ぶっとばす。
私の秘密が知られたことや、それを使って彼が何かしてくるかもしれないこと、そんなこんなを全部忘れて、ただ怒りだけが残った。




