チャーハン(千)
「ふわぁ」
遥は両手を組んで背伸びをした。力強く目をつむったその顔を僕は横で見ている。
「ちかれたねぇ」
疲れたらしい。彼女はどうしてか知らないけど、時々こういうしゃべり方をする。それに何の意図があるのか、どんな効果があるのかはよく知らない。ただ、かわいらしいとは思う。
細い日陰の道から、人通りの多い日のさす道へと今入った。真夏も真夏、今年一番暑いらしい今日の昼の日差しは、コンマ七秒で彼女をぐたっとさせた。首の力を抜いて、頭をだらっとさせて立ち止まった。感情が行動に出る、小学生のような大学生だと思った。
「蓮華の花って、見たことある?」
不意にそんなことを尋ねる遥。さっきまでのけだるさはいつの間にか吹き飛んでいて、今は本当に僕の返答に興味を持って待っているようだ。まだ日陰にいるぼくの方へ振り向いて、立ち止まったまま返事を待った。蓮華、蓮の花か……
僕はイエスとうなずくことも、ノーと首を振ることもしなかった。僕ははたして蓮の花を見たことがあるのか、まじまじとは無くてもちらっとならあるのか…… 僕の記憶の中から消えていても、過去にどこかで見たことがあるのかもしれない。もしかしたら、僕が蓮だと思っている花は蓮じゃないのかもしれない。見たことがあるというのは、どういうことをいうのか……
結局、僕は首をかしげることにした。否定でも肯定でもない、ただの保留。
「えぇ? 見たことがあるかわからないの?」
今度はうなずこうかと思ったけど、少し考えてから、舌を出すことにした。何の理由もないけど。ただなんとなく言葉を発さず、ただなんとなく舌を出す。それが許される相手が遥だ。彼女がそれを容認できることが、僕が彼女と一緒にいる理由なのかもしれない。
「ひっどぉい!! なんでそんなことするのぉ?」
ほおを膨らませて、上目遣いで睨む遥。僕はそのふくらみに両手を添えた。少しだけ力を入れて頬をつぶす。
「ぷしゅー」
不自然に膨らんでいた原因の空気がすべて抜ける頃には、彼女は笑顔になっていた。彼女のこういった不可解な部分を僕が好むことが、遥が僕と一緒にいる理由なのかもしれない。
「ちゅーする?」
日なたの彼女が、日陰の僕へそう言った。彼女の唇がきれいなピンク色に染まっていることに、僕は今日はじめて気づいた。考えること三秒。僕は彼女を日陰のこちら側へぐっと抱き寄せた。
「わわっ」
彼女とキスをしたことはある。でも、こんな場所でしたいとは思わなかった。彼女もきっとそう思っていないと思った。
僕はこれからどうしようか少し迷って、結局彼女のきれいな額にデコピンを打つことにした。えい。
「ぎゃぅ!」
やさしく打ったつもりだけど、彼女の額はすぐに赤くなってしまった。
「いたいよぅ」
遥は僕にもたれかかった。体重の軽い彼女が倒れこんできても、僕の体は動じなかった。
今日の夕飯はチャーハンにしようと、なぜか今そう思った。




