サンブンのイチ(1・8)
図書館は面白い。
いろいろな人が書いた本がコレでもかというくらいに敷き詰められている。人が一生かけても読めないんじゃないかってくらいの量が、この空間で位置を取っている。
そんな宝庫へ、図書館という大きな宝石箱の中へ、毎日いろいろな人がやって来る。平日にも休日にも、朝にも夜にも、地元の人が遊びに来る。
私はそんな場所で働いている、一人の人間。本が好きな、読書が趣味な一人の人間。
今日は受付に座って仕事をしている。本を貸したり、返してもらった本を受け取ったり、質問を聞いたり……
格好をつけて言わせてもらえば、架け橋になっている。
さてさて、目の前で女の子が本を持ってきょろきょろしている、私もそろそろお仕事を始めないと。
「次の方、どうぞ」私は女の子に見えるように手を振った。
「はーい」彼女は小走りでこちらへと向かってくる。
小さな女の子。桃色のリボンで長くてやわらかそうな髪を二つ結びにしている。はねるように歩くから、二束の髪がふさふさと動いている。
「お姉さん、これを貸してください!」女の子は本を三冊こちらへ差し出した。どれも子供向けの小説だ。
「はい。それじゃ、カードを出してね」女の子は白のポーチに片手を入れて、手探りでカード入れを取り出した。中には何枚かカードが入っているようで、一枚ずつ確認して、やがて目当てのカードを私に見せた。
「これ?」としょかんカードと書かれたカード。子供専用のカードだ。
「そうそう。それをピッとするから、ちょっと貸してね」子供と会話をしていると、なぜか自分のほうも子供っぽい話し方になってしまう。それは私だけなのか、ちょっとだけ気になる。
「はーい」小さな手が、カードを私に送る。受け取るときに一瞬だけ触れた女の子の指先は、あたたかくて柔らかかった。
今日は土曜日。休日は、平日に比べてさらにいろいろな人が遊びに来る。彼女はきっと小学校の、中学年くらいだろう。ハキハキと元気よく喋っていて、ただ見ているだけでこちらの頬が緩んでしまう。
「今日は一人で来たの?」まったく関係の無いことを聞いてみる。大丈夫、今はお昼だから、ちょっとくらいおしゃべりしててもぜんぜん混んだりしないから。
「ううん、お姉ちゃんとだよ」女の子は後ろを向いて、数学の本が置いてある棚を指差した。
そこには、後姿からは正確には判別できないが、おそらく高校にはまだ行っていないくらいの女の子がいた。白いワンピースに黒いノースリーブのジャケットのようなものを着ていて、短い癖っ毛が印象的だ。
ここでひとつ、変なことを言わせてもらうと、その少女からはなんとなく、『違う』雰囲気が漂っていた。どこにいても、例えば人ごみの中でも人目で見つけられそうなオーラ。かつてどこかで見たことあるような、感じたことのあるような空気。
「お姉ちゃんも本が好きなの?」数学の本を手に取ろうとして、でも届かないでいる少女を見ながら、そう質問した。これも、本の貸し出しにはまったく関係の無い質問。でも、さっきの質問よりは、私の関心は大きかった。なぜか、そのことを尋ねたかった。
「えっと、えっとねぇ……」女の子は上のほうを見ながら、何かを思い出すようにしている。そうしている間に、私は先ほどの少女を、この女の子の姉をもう一度だけ見た。また後姿しか見えなかった。
「本はバイタイだよ。ってよく言っている」人差し指を立てて、すましたような声でいう女の子。自分の姉のまねをしているのだろうか。
「へぇ…… そっか」しかし、女の子に笑顔でそう言いながら、私はまったく別のことを考えていた。いや、もしかしたら何も考えていなかっただけ。あまたが真っ白になっただけかも入れない。
私にもかつて、そんなことを言っている友人がいた。あれは中学校の時だった……
私は思いがけないことに目を大きくした。まさか、彼女は……
いやいや、これはただの偶然だ。たまたまこの子のお姉さんが、あの人と同じ言葉を言っただけで。というより、そもそも私はあの少女がそれを言ったのを聞いたわけではなくて……
「バイタイって何だろう? お姉ちゃんに聞いても、いっつも教えてくれないんだぁ」女の子は口を尖らせて言う。私の動揺には、まったく気づいてない様子だった。
私はぎこちない微笑みを返すことしか出来なかった。非常に可愛らしい目の前の少女より、向こうで背伸びをして本をとろうとしている少女のほうへ。
私の意識はいつの間にか向かっていた。
今日から私用のため、しばらく午後七時に予約投稿することにします。
今回は次次話までの自動投稿ですが、これを機に、これからずっと予約投稿の形式をとるかもしれません。
その場合も、午後七時に設定しますので、よかったら見てやってください。




