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一歩は一歩(3・9)

 悩む前にやっちまえ、とにかくチャレンジ。思考はただの停滞だ。


 こんな言葉を座右の銘にしている私、中本玲子は今日も挑戦する。それが有意義なものなのか、将来どんな役に立つのか…… そんなことは考えずにまずはやってみる。



「お前、本当にやるつもりか? この前のカレーでお前の病的センスは証明されたろ」



 隣でやかましく騒ぐ友人。彼はいつもこう言って、私のやる気をそごうとする。まったく、そんなことをして楽しいのだろうか。

 まったくもう。


「前に出来なかったからって、次も出来ないわけじゃない。失敗したなら、次はリベンジする。大丈夫、今日は絶対出来るから!」


「根拠の無いこと言いやがって。どんだけ能天気なんだよ、お前はさ」


「ノンノン。これはポジティブシンキングって言うのだよ。君みたいな後ろ向き人間には理解できないのかもしれないけどねっ」


「よく言うぜ。それはポジティブシンキングってよりは楽観視だよ。何で俺は日曜の昼間に、こんなアホ人間に付き合わなくちゃならんのか。意味不明だぜ」


「今はわからなくてもやめないで。何年かたったとき、今日の意味がきっとわかるよ」


「……帰っていいか?」


「待って待って! わかったからっ。余計なこと言わないで始めるからっ」



 友人こと斉藤幸雄君は情緒ってものがわからないらしい。がつがつ進んで終わらせれば良いってもんじゃないのに。

 人生は、百メートル走じゃないんだよ。そう言いたい気分だね。



「材料は、これでオッケーなんだよね? てっきりもっといろいろ買うのかと思っていたよ」


「まぁ最初だし、コレくらいじゃないと出来ないだろうしな」


「そうか。それ以上難易度の高いものは、君じゃ教えられないのか。残念だねぇ」


「お前のスペックの話だよっ! 足りないのは、お前の能力」


「ゴムは引っ張れば伸びる。どれくらい伸びるのかは、伸ばし手によるけれども」


「……。はぁ、もういいから始めるぞ」



 ため息をついて、さっきスーパーで買ってきた材料をキッチンに広げる。ここは友人の家であるわけだが、なんと言ってもまず台所が広い。私の家のものも決して小さくは無いが、この台所はなかなか規格外だ。

 私と幸雄の料理能力差は、この『与えられた待遇』の差じゃないのかと思う。だから、ここで調理すれば、きっと私も。



「いいか。まず一回説明するからな。ちゃんと聞いておけよ」


「ラジャー」


「まず薄力粉と砂糖を混ぜる。分量は……」


「薄力粉っていうのは、これのこと?」


「それは塩だ。袋見ればわかるだろうし、どうしてお前はわざわざキッチン備え付けの方を探した? さっき一緒に買ってきたばっかりだろう」


「へん、今のは君を試したんだよ。実践でも緊張はしていないようだね」


「……。続けるぞ」



 それからも、彼は作業工程の説明をしてくれた。いろいろと言っているが、簡単にまとめれば、混ぜてこねてレンジでチーンだ。要約すればそう言うことだった。


 こんなこと言うと、まるで子供の様じゃないか、と揶揄されそうだが、私は説明を聞くより早く調理を始めたい。それは落ち着きが無いということじゃなくて、なんと言えばいいかな…… そう、血が騒ぐ、だ。

 過去の失敗を、今回の成功で上塗りしてやりたい、馬鹿にする彼に、私もやれば出来ることを見せてやりたい。


 早くやりたいっ!



「ここまでわかったか? 一応もう一度説明をするぞ」


「過ぎたるは及ばざるが如し。この、よく誤って認識されている言葉の意味を、君は説明できるかな?」


「何だ、急にそんなことを」


「時間稼ぎはやめて、わからなかったらわかりませんと言えばいいんだぜ」



 君がわからないとしても、私は決して笑ったりしないから。さぁ、私に説明をさせておくれ!


「……。やりすぎは怠け者と一緒ってことだろ。誤用は、終わったことはどうしようもないって意味だっけ? それは覆水盆に返らず、が適した意味だよな」


「むむ……。そんなこと、私だってわかってるんだからねっ」


「いや、当たり前だろ」



 ……。くそぅ、ここで私が高らかに説明してやれば、友人もきっと私のことを馬鹿にするのをやめただろうに。残念無念。



「わかってるなら良いけど。……。君の常識が世界のルールじゃあないんだよ」


「はぁ? 今度はなんだよ」



 悔しかったので、自分造語を言ってみた。当たり前、なんて言葉を軽々しく使うからこうなるんだ。意味も教えてあげないもんねっ。


 ベー、だ。



「……。話がそれたけど、結局もう説明はいらないってことだな」


「いらないわけじゃない。つくりながら教えてくれたほうがわかりやすいってことだよ」


「いや、こういうのは始める前に流れを頭に入れておかないと」


「君の常識が世界のルールじゃあないんだよ」


「……。あぁ、なんとなく意味わかったよ」


「何っ!?」


「だからそれって」


「ああぁあああぁああ!!」


「……どうした?」


「いいからっ。早く始めようっ」


「始めるって言うの、もう三回目だけどな」


「三度目の正直!」


「お前、ことわざとか格言を言うの好きだったっけ?」


「ふふふ、よく気がついたね。これは昨日から始めたチャレンジだよ。名言を知る、いろんな考えを吸収して、自分をより固めたいんだよ」


「ふぅん、ま、頑張れ」



 幸雄君はいつの間にか銀色のボウルを手に持っていた。そしてそれを私に差し出す。



「まずは薄力粉な。そこのはさみで角を切って、おおさじのスプーンで量を確かめて入れていけ」


「了解了解」


「粉ぶちまけたりするなよ」


「ドジっ娘扱いもほどほどにしてくれ」


「いや、お前どう考えてもドジっ子だから」


「だぁあ!! 子じゃなくて娘をつかってよっ。見た目がぜんぜん違うんだからっ!」


「お前、言葉が見えるのか?」


「言葉尻をとるなっ!」


「……はいはい」


「ハイは高いっ!!」


「和訳かよっ」



 ふふふ。友人に突っ込ませることが出来た。ポーカーフェイスなんて気取っているが、心の中ではギャフンと言っていることだろう。


 次は私の調理をみせて、おいしいクッキーを焼いてみせて、この親切な友人を驚かせて見せよう。



「それでは、ごらんあれっ」


 

 クッキングの始まりだ。






「あれ?」


 調理は終わった。言われた作業を言われた通りにやったはずが……


 電子レンジから煙が出てきて、友人によって強制終了させられた。

 恐る恐るレンジの扉を開けてみると……


 モクモクとした煙を吐き出す黒い物体が六つ、シートの上にのっていた。



「おぉ。見事にやっちまったな。電子レンジの設定時間ミスったろ」


「な、何?」


「二分だって言ったのに、お前三分に設定しただろ」


「そ、そんなはずは……」



 否定したいところだが、残念なことに私はレンジの『一分』のボタンを三回押した記憶を所有していた。



「バターの量もぜんぜん足りなかったから、焼く前のクッキーもだいぶポロポロしていたし」


「そ、そういうことは先に言ってくれないと」


「作り方は一通りじゃない、なんて言っていたのはお前だけどな」


「うっ……」



 反論できない。悔しいことに私は何も言い返す言葉を見つけられない。



「それにしても、ビックリするくらい上手く焦がしたな。これじゃ、黒焦げのお手本だ」



「ちっ、違うっ! 焦げてなんか……」


「違うのか? じゃあ、何だ?」


「そ、それは……」


「それは?」


「何か……」


「何か?」


「……」


「……」


「……うっ」


「泣いてもどうにもならないぞ」


「泣いてなんかっ! ぐすっ、ないもんっ!!」


「いや、泣いてるだろ」


「ちがっ……うぅ」



 何で。


 どうしてこんなにも上手くいかないんだろう。今日こそはやってみせるって、思ってたのに……



「はぁ」



 友人はため息をついている。ついに彼にもあきれられてしまったのか……

 まぁ当たり前か。


 いつも格好つけたことばかり言って、結局何も出来ない私にあきれないほうが、どうかしている。

 はぁ、まったく。上手くいかないものだ。


 何もかも。



「ほら」


「ぐすっ……ん?」


「とりあえず鼻とかかめよ」



 幸雄君はハンカチを差し出していた。黄色いハンカチ。一ヶ月前の誕生日に私がプレゼントした、手作りのハンカチ。


 生地だけ買って、端っこを縫ったり、真ん中に刺繍をしたりしたあれだ。ははっ、よく見ると、ひどい出来だ……



「こんなの、捨ててもいいのに」


「はぁ?」


「こんな出来損ない。持っているだけで品位が下がるぞ……」


「……。バカだな、相変わらず」


「え?」



 ハンカチで拭いた瞳には、私をまっすぐに見る友人がうつった。いつも仏頂面の彼は、今は口元を軽く上げていた。

 


「誰かが努力した結晶が、そんなぞんざいに扱われて良いわけないだろ」



 涙を吹いたはずなのに、またもや目の前がにじんでいた。これは、何だろう?



「出来なんて関係ないだろ。多少縫い目が粗かったって、刺繍が曲がってたって、これにはお前の心がこもっているんだろ? なら捨てないさ」


「……ありが」


「さて、休憩はもういいだろ?」


「え…… え?」


「そろそろ第二ラウンドだぜ。まさか、もう終わりにする気じゃ無かったよな?」



 ……。

 あきれられたと思っていた。あきらめられたと思っていた。でも……


 泣いてる場合じゃないじゃないか。




「おうともさ! 失敗は成功の元。一度目がダメなら二度目をやるだけさ!」


「……元気なやつめ。そのほうがお前らしいよ」


「君は君らしくなく、いつに無くおしゃべりだったけどね」


「そうか?」


「ま、ありがとう、って言っておくけどね」


「ふん。五ラウンド目までなら付き合ってやるよ」


「残念ながら、これは今回で、二度目で習得するけどね」




 焦げたクッキーはパックに入れて、ゴミ箱に捨てないでとっておいた。

 失敗は失敗で塗り替えたりしちゃいけないから。

 これもひとつの経験なんだから。


 この一歩が、次の一歩のモトになるんだから。


 3・9が続きましたね。

 最後まで読んでくださり、ありがとうございました^^

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