人は見た目じゃないー後編(3・7)
「で」
コン、と机を人差し指でたたいた。切り替わりのサイン。
マリちゃんは一言で話題を転換することが出来る。切れ目の見えない切り方というのか、とにかくナチュラルでナチュラルで、……ナチュラルだ。ボキャブラリの少なさにちょっぴり苦笑い。
とにかく、マリちゃんはサラリと一言で話を切り替えた。わたしが「で」と言ってみたところで、きっとおんなじ風にはならない。いったいどこが違うんだろう。
どこが違うんだろうね。
マリちゃんのカップはまた空っぽになっていたけど、どうやらもうおかわりはしないみたい。頬杖をついたまま口を開いた。格好良いポーズで、ニヤリと笑いながら。
「もう一人の王子様の方はどうなってるわけ?」
「ぶっ。カッ、コホッコホッ」
思いがけない一言に思わずむせるわたし。セキがとまらなくなっちゃった。
苦しいわたしに水を差し出すマリちゃん。その表情は、まさにニヤリだった。
「大丈夫かぁ?」
「大丈夫じゃないよっ! ビックリさせないでよぉ」
「ゴメンゴメン」
ぜんぜん悪いと思ってない。反省の色なんてどこにも見当たらないニヤケ顔。むしろ、反省していないことを示しているように見える。
もう……
「それにしても、過剰反応だこと。王子様、なんてフレーズに即反応するくらいには、アンタもいろいろ考えているってワケね」
「そ、そんなこと無いもん。別に、ヒロキ君のことなんて」
「ん? あ、ヒロキ君のこと。わたしは、アンタがずっと飼いたいって言ってた、ホームセンターのワンチャンのことを言ってるつもりだったのに」
マリちゃんは少しだけこらえて、でもやっぱり三秒も我慢できずにふきだした。アハハハと大きな声で笑い出す。虫歯ひとつなさそうなきれいな歯がよく見えた。
……。
「もぉ」
わたしはぷくぅと頬を膨らませた。怒っている色をこの顔いっぱいに表してやるように。だって、いまのは絶対に誘導尋問だもん。絶対そうだもん! 怒ってもおかしくないもん!!
だってだって。犬に王子様なんて普通言わないし、それに、さっきまで男の子の話をしてたんだから…… だから、わたしが彼を意識しているとか、いつも考えているとか。そういうわけじゃないし……
わたしの反応を面白そうに見ているマリちゃん。こんな風に怒ってみても結局笑わせてしまうだけなんだから、まったく損な雰囲気を持って生まれってしまったことだわ…… だわって、わたしにはぜんぜん似合わないなぁ。
「で、どうなの?」
「だから、どうって……」
「ハイハイ。そのくだりはさっきやったからカットね。同じことを繰り返されても、聞いてるほうは飽きちゃうんだから」
「な、なんだとぉ!」
「ヒロキ君こと坂道弘樹君はユリが最近とてもとても気になっている、全体的にさえない男の子なのです。はい、説明も終えといたから」
「強引な展開!?」
「強引でもなんでも、やったモノ勝ちさっ!」
「開き直らないでっ」
「イヤだっ」
「あ……うぅ」
「ハイ、アンタの負け」
「うぅ」
負けてしまったらしい。どうしたら勝ちで、どうなると負けになるのかまったくわからないけど、わたしはマリちゃんに負けたらしい。悔しいことに、わたしはそれに反抗も出来ない。何か、わたし自身も、マリちゃんに負けた感じがしたから。
……。はぁ、何が何だか。
あと、ドサクサにまぎれて『全体的にさえない』なんて悪口を言わないで。さえないっていうんじゃなくて、彼はただ静かなだけなんだから……
まぁさえてはいないかもだけれども。そこも自分で認めざるを得ない。って、他人のことを認めるとか、なんて調子に乗っているの、わたし。
「ま、アンタがそんなに首尾よく進められるわけはないとわかっているけどね」
「むっ、それは聞き捨てならないぞぉ」
あんまり言われてばっかりなのは悔しいので、思わず反抗してみた。反抗してみたものの勝てる気はまったくしないけれど。
だって、コレもわたし自身が「うん」とうなずいてしまえるモノだから。首尾よく、サクサクとなんて出来るわけもないわたし。ただ、言い返してやりたかっただけなわたし。
マリちゃんは意地の悪い笑顔を浮かべている。わたしの反撃に、どう対応してやろうかと考えている顔だ。
「それなら、キスはしたんだ」
「え、えぇ!?」
「ハハハ、そんなに泥か無くても。ま、そんなわけ無いのはわかってるけどね」
むむむ。悔しいけれど、何もいえない。確かにその通りです、と言わざるを得ない。
もちろん言いはしないけど。
「冗談はここまでにしてと。メアドとか携帯番号ははゲットしたんでしょ?」
「……休み明けには出来る気がする」
「え……。そかそかっ。じゃ、もう少しハードルを下げてっと。挨拶ぐらいはしたのよね?」
「心の中では……」
「……一応聞くけど、当たり前すぎて起こったりしないでよね。彼と、ヒロキ君と喋ったことは?」
「……夢の中でなら、二、三度」
「……」
「……」
「……。アホだわ」
「……ですです」
「アンタさ」
マリちゃんはため息をつきながら私を見据える。にやけても無い、イジワルな笑顔でもない。わたしはそれを、今のマリちゃんの表情をを、怖いと感じた。
「ヒロキ君のことが好きだから、あの感じ悪いイケメンの事を断るのよね?」
「ま、まぁそれも理由のひとつでは」
「ヒロキ君のことは好きなのよね?」
「え、えぇ」
「本当に?」
「……」
「ホントウに?」
「……」
こういうとき、いつものわたしなら「えへへ」とか笑って誤魔化すんだけど…… 今日はそれは出来ない、マリちゃんはそんなこと、絶対に許さない。目の前の問題から逃げることを、マリちゃんは許しはしない。アレはそういう目だ。
能天気なわたしにもそんな風に感じさせる、静かな瞳。
わたしはマリちゃんから眼をそらした。やましいことがあるわけでもない、うそをついているわけでもない。何も、目をそらさなくちゃいけない理由があるわけじゃないのに…… じゃないはずなのに……
「ユリ」
「……はぃ」
「ちゃんと答えて。そんな風に自分を誤魔化したって、一時しのぎでもない無駄なことをしたって、意味無いと思うけど」
「うん……」
「別に、アタシはアンタが誰が好きかハッキリさせたいってワケじゃないのよ。アンタの親じゃなあるまいし、そんなプライベートに突っ込むつもりなんてさらさら無いわ」
「マリちゃん……」
「ただね、そうやって何にも決めないで、嫌な時だけは断って、残りは全部流れで決めたりして、自分の気持ちにそった行動もしないで受身で待って…… そういうアンタはどうかって思うの」
「……うん」
「もしかしたら余計なことなのかもしれないけど、アタシに言われる筋合いなんて無いのかもしれないけど。それでも、アタシはこういう人間だから、こういうことを言わせてもらうわ。アンタはヒロキ君のことが本当に好きなの?」
「わたしは……」
確かに。わたしはマリちゃんにヒロキ君のことが気になっているって言っただけで、ただ遠くからこっそりと見ているだけで、自分からは何もしていない。もしかしたら、マリちゃんが助けてくれて、どうにかうまくなったりしないかなって思っていたのかもしれない。
だから、マリちゃんはわたしに聞いたんだ。本当に好きなのかって。好きなら、どうして何もしていないのかって。
自分から何もしようとしていないわたしに、マリちゃんは優しい言葉をかけてくれているんだ。余計なお世話でもなんでもない、真剣な思いから来る言葉で。
わたしは、人任せでいたのかもしれない。
ううん。わたしは、人任せでいたんだ。いたんだ……
この気持ちを一度だけ確かめる。今の自分を一度だけ確認する。左の胸に手を当てて、彼のことを考えてみればすぐにわかるんだから。
ほら、この鼓動。いつもよりも早くなって、いつもよりも気持ちのいい鼓動。答えなんて、答える言葉なんて、決まっているんだ。
「わたしは、ヒロキ君のことが、すき……うん、好き」
「うん」
「だと思う」
「ありゃ…… 最後のは余計でしょうが」
マリちゃんは笑いながら言う。頬杖をついたまま、優しい笑顔をわたしに向けながら。
「ごめん……」
「ま、そのほうが何かアンタらしいわ。今アンタは確かに真剣に向き合って、自分で考えて、それで答えられたんだから今日のところはよしとするわ。最後のが無ければ今日のランチおごってあげたのに」
「マリちゃん……」
「とりあえず一歩進んだって感じで、よかったんじゃない? 一歩一歩進んでいけば、それでいいんじゃない?」
「マリちゃん」
「とりあえず、このカウンセリング代は、アタシのランチおごることで許してあげるから」
「……。マリちゃん」
まったく。いい友達を持ったものだなぁ。なんて、少し落ち着いたようなことを言ってみる。
気がつくとすぐにだらけてしまうわたしに、きちんとダメだよって言ってくれるマリちゃん。ありがとうって、照れくさいから心の中だけで言っておこう。
わたしはいつもお世話になってばかりだなぁ。わたしだって、何か出来ると思うんだけど。何が出来るのかが思いつかないなぁ。
マリちゃんに聞いてほしいことはもうひとつだけあったんだけど、これじゃあちょっと言いにくいかな。
財布忘れちゃったことは、言い出せそうに無いなぁ……
ちょっぴりお久しぶりです。
今日からまた更新していきますっ!
文字数表記を今回から少し変えます。なんとなくわかって下さると思いますので、説明は省略で^^;
最後まで読んでくださり、アリガトウございました^^




