人は見た目じゃないー前編(三千)
「ふわぁ」
あくびが漏れる。久しぶりのあたたかい日だからかな。最近は寒くて曇りの日が続いていたし。
日差しが体を温めて、まるで布団の中にいるような気分になる。真っ白の上着が光を反射しているのがわかる。黒のズボンは光を吸収しているのかな。帽子なんて久しぶりにかぶったけど、これがなかったらちょっと暑かったかもしれない。
平日のお昼過ぎのこの道は、あんまり人がいない。皆それぞれ用事があるんだろう。どんな人にも何かしらが、外からは見えない何かが。
だから、わたしの大きな大きなあくびを見ていたのもあの三毛猫だけ。かわいい猫ちゃんだけ。日向で気持ちよさそうに寝転がっている。ちょっと触りたくなるけど、近づいたら起きちゃいそうだから、回り道していこうっと。
約束の時間まであと十七分。もしかしたらもう十分もないかもしれない。時計をつけないわたしには現在時刻がわからないからなんともいえない。携帯も今日は忘れてきちゃった。
ま、遅刻ぐらいで怒るような相手でもないし、遅れちゃったら猫を起こさないために遅れたって言えばいいもの。
それは理由にはならないかな?
三月も半ばまで入って、今日はコートを切る必要が無いくらいのお天気。コートを着たら目立っちゃうくらいの晴天日和。
これからはもうどんどんあたたかくなるのかな、それともまた寒くなったりなのかな。寒いのよりあったかいのが好き。暑いのは嫌だけど。
これくらいのあたたかさがずっと続けばいいのに。カナヅチで運動音痴なわたしには、夏の海も冬のスキーもあんまりほしくない。ただ、春の日差しがあればいいかも。
「お待たせ」
「遅刻だよ」
「ゴメンゴメン、ちょっと猫ちゃんを避けていたら」
「はぁ?」
マリちゃんはテーブルに座ったまま片方の眉を上げている。わたしは「えへへ」と笑いながらテーブルに着く。今日は大学も休みなので、マリちゃんと待ち合わせて遊ぶ約束をしていたの。
ここはマリちゃんとの集合によく使うお店、それ以外ではあんまり使わないファミリーレストラン。ウッドチックな店内が印象的だ。プラスチック製の椅子も、まるで切り株のように年輪を書き足されていて風情がある。
今日もマリちゃんは格好良い服を着ている。黒の革ジャンと中の赤いシャツだけで、このファミレス内で一番の目立ちっぷりだ。目立ちすぎてるぐらいに目立っている。
彼女は自分のことを一般的な少女だと思っているらしいけど、それは絶対に違う。普通って言うのは、わたしみたいな感じの、特にコレといった特徴の無い人を言うんだから。
自分が採点する前のものを普通と呼ぶ、お父さんがそんなことを言っていたけど、わたしにはよくわからない。マリちゃんに後で聞いてみたなぁ。マリちゃんならきっとわかるだろうから。絶対にすぐには教えてくれないけど。
マリちゃんは長い足を組みながらサンドイッチを食べる。食べ方はそんなに豪快ではなく、女の子って感じがする。そのギャップが可愛らしかったりするのです。
「女の子だねぇ」
「は、アンタ喧嘩売ってるの? アタシはいつでもピッチピチの少女だけど?」
「それは違う、と言わないとわたしはうそつきになる。わたしがうそつきになるのと、マリちゃんがわたしへの怒りを我慢するのと、どっちを選びますか?」
「……。まぁいいや。とりあえず何か頼みなよ」
「え、じゃあ…… 今日のランチおごってください!!」
「いやいや、そういうボケはいいから」
するりとかわされてしまった。闘牛士みたいだ。となるとわたしは牛になるけど。
マリちゃんにはどんな不意打ちも聞かない。正確無比の反撃を繰り出してくるお方だ。肝が据わっているからなのかな。恐るべし、マリちゃん。
「マリちゃんは 何頼んだの?」
「ホットコーヒーとサンドイッチ」
「じゃあわたしもそれー」
「ユリねぇ、そんな人に乗っかるような決め方しないの。そのうち自分じゃ何も決められなくなるぞ」
「えー、そのときはマリちゃんが決めてくれればいいじゃん!」
「……。はぁ、アンタと話してると、議論するのがバカらしくなるわ」
別にふざけているつもりは無いけど、マリちゃんから見るとわたしってそう見えるのかな。マリちゃんが自分のことを格好いいと自覚していないように、わたしもわたしをきっちりとは見ていないのかな。
そういうことを考えるのって、難しいや。あ、こんな風に思っちゃうところが、バカらしく思わせちゃうところなのかな。
反省するかはわからないけど、そうなのかもしれないとは思っておこう。
「で」
わたしが自分のホットコーヒーを半分ぐらい飲み終えて、カップをお皿の上に置いたとき、マリちゃんはにやりとしながら言った。お昼時も過ぎた今は、店内のテーブルはほぼひとつおきに埋まっている。
「結局オッケーしたわけ?」
やっぱり。こんな風に悪にやけをしたマリちゃんが次に言う言葉といったら、やっぱりこれだ。わたしの反応を楽しんでいるのか、ただ単に話に興味があるのかは、わからない。サンドイッチのレタスがこぼれそうになるのを気をつけながら、わたしはマリちゃんの言いたいことに気づかないふりをする。
「おっけー? 何のことかな? わたしに何かを許可する資格なんてあるのかな?」
「おいおい、それはへりくだりすぎだろ」
確かに、言っては見たものの、そこまで低姿勢ではいられないや。それこそ、誰が許可できるんだろって話かも。自分以外にそんな人がいたら恐ろしいなぁ……。
「で、大学一のイケメンとはうまくやっているの?」
「うまくって……」
どの大学、というよりどのユニットでもそうだと思うけど、わたしの学校にも学内では有名な格好いいと言われている人がいる。時田洋君という名前の同学年の男の人。
実を申しますと、わたしはそのイケメン君に告白をされたわけでありまして…… ちょうど今ぐらいの時間、学生で込み入ったキャンパス内食堂で、大勢の人の前で。
……。
勘違いしてほしくないのは、これは自慢でも何でも無いということ。わたしは困っているということを、最初にわかってほしい。のぼせているわけでもないし、図に乗っているわけでもない。
確かに見た目は悪くないのかもしれない。そこは個人個人によるものだから、下手に口を出すのはやめておこう。ただ、女子の間では人気がある。
でも……
人は見た目だけではない、この見方によってはキレイゴトと取れなくも無い格言が、今まさにわたしが言いたいことなわけで。顔の小ささとか、目の大きさとか、背の高さとか、スタイルの良さとか、そういうのも確かに大事だとは思うのだけど。思うのだけれど……
「ははぁ、さてはユリ、あんまり乗り気じゃないわね。アレが三日前だったから、あと四日で一週間。その時に結果を聞きにくるって言っていたのよね?」
「う、うん」
どっちの質問へのうんだろう。なんて、自分のことは自分でわかっているつもり。
「マリちゃんはあの人、洋君のことってどう思う?」
上目遣いに尋ねるわたし。マリちゃんはコーヒーのお変わりを頼んだけど、わたしはやめておいた。コーヒーは一杯でいい、いっぱいはいらない。
「そうだなぁ」
ちょっと考えるようにあごに親指を当てるマリちゃん。店に流れている音楽はクラシックらしい。
「評価というか、ウケはいいわよね」
「うん」
「見た目は満点なんて言われてる。それに頭も学年トップ、おそらく主席でしょうね」
「うん」
「スポーツだって、あの身長と体つきなら出来ないわけはないでしょうね。テニスサークルでは上手い方って聞いたことあるわね」
「うん」
「とまぁ、このあたりまでが誰にでも言えるような一般論。アタシが言わなくてもわかっているような前提。アタシの個人的な意見、アタシの勝手な考えなんてものも言う?」
「……うん。お願い」
マリちゃんはもう笑っていなかった。いつの間にかあのにやけは消えていた。今は真剣にわたしのことを見ている。こういう時、彼女みたいな友達がいて幸せだなって思う。口には出さないけど、絶対に言わないけど、心の中では思う。
「 」
気に入らない。キニイラナイ。マリちゃんはまっすぐにわたしの瞳にそう伝えた。
明日、後編を投稿します。また三千字くらいを目安にしておりますが、おそらく五千程度で落ち着くと思います。って、これじゃあ三千を目安にしていませんね(笑)




