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居候を許可する8(二千)

 ボクが目覚めた時にはもう味噌汁のにおいがした。次にボクの体にいつの間にかタオルがかかっていることに気づく。毎日布団と一緒に使っている水色のタオルだ。枕カバーと同じ色だ。

 一度横になったまま体を伸ばし、今が朝の六時半であることを確認。目覚ましはあと十五分でなることだろう。目覚ましより早く起きるなんて、珍しいこともあるものだ。

 そう早起きな自分に感心して、なんとなく台所を見ると、鼻歌交じりに何かを調理している女の姿が。


「あ?」


「あ、おはよう」


 思いがけない現象に驚いたボクに背を向けたまま台所で何かをしている。鼻歌は最近はやりの曲だったが、その題名は思い出せなかった。


 じゃなくて!


 あ、あれ? ボクは確か一人暮らししているはずで、それは大学に通う為であって、じゃなくてじゃなくて!

 なんでボクの部屋に人が? あれ、えっと……

 

 ……あ。


 数秒して、今ボクの家には居候がいたことを思い出した。そうだった、ボクはなぜか居候を許可したのだった。彼女がこの部屋にいるのは当たり前なことで、ぜんぜん取り乱すようなことじゃなかった。そうだった。

 幸い彼女はこちらを振り向いていなかったから、ボクがこんなにも慌てふためいている様はさらさずに済んだ。よかったと思う。本当に。


 一度深い呼吸をして落ち着いてから、改めて思い直してみると、どうしてボクはそんなことを忘れていたのか自分でもおかしく思える。人間、予想外の事にぶつかったときに本性が出るのかもしれない。ボクは実は結構焦り家だったのか……

 なんて軽く落ち込んでいても仕方が無いので、手の届くところにあった目覚ましのアラームを解除してから体だけ起き上がった。


「朝食、食べるでしょ?」


 ちょうど起き上がったタイミングで彼女は振り向いてそう言った。ボクに先ほどの焦りがあったせいか、少しドキッとしたが、いつも通りを意識して返事をする。見透かされているはずなんて無いのだから、とりあえず落ち着こう。


「あ、ありがとう」


 不自然にならない程度には自然に返せたと思う。少し安心。

 そういえば、昨日の謎の不機嫌はいつの間にか直ったらしい。どうして自分に怒りが向けられていたのか、理不尽さを感じたのだった。ちょうどいいタイミングだし、理由ぐらいは聞いておきたい。


「昨日さ、どうして怒」


「朝食、食べるでしょ?」


「え…… ありがとう」


 そう言うと再び包丁で何かを切る。鼻歌は相変わらずメジャーなヒットソングのものだ。この音楽はボクも好きなやつだ。ってあれ、何かアイツ、さっきも同じこと言ってたような……

 もう一度念のために……


「あ、えっと。昨日さ何か怒って」


「パンはマーガリンとシロップどっち?」


「あ、シロップで」


「わかった」


 ……。触れるなということか。これ以上話題に出すなということか。ちょっと及第点は与えられない出来だけれど、まぁこれ以上は触れないでおこう。触れられたくないものなんて、誰にだってあるものだ。

 触らぬ神にたたり無し、神というよりは鬼だけど。


 彼女が作ってくれた朝食は思ったよりも豪華だった。普段は食パンを二枚食べて終わりにするボクにとっては、味噌汁と目玉焼きが増えるだけでランクアップして見える。


 ボクが立ち上がる前に、彼女はすばやく二人分の食事を縦長の机に持ってきてしまった。不自然にボクのほうを見ないのは少し気になったが、たぶん昨日急に激昂したことを恥ずかしく思っているのだろう。

 そこをつつくほどに、ボクは子供ではない。ボクもついさっき同じような、あまり触れられたくない経験をしたものだから、よくわかる。


「あんまり冷蔵庫になかったから、無難なものを少し、ね」


「美和は結構早起きだな」


「朝方人間だからねっ」


 早起きでも遅起きでもないボクは、何人間なんだろう。普通人とかでいいのかな。フツージン。

 うん、悪くは無い。良くも無いが。欲はあるが。



「いただきます」


 手を合わせてそう言って、ボクはまず目玉焼きに手をつけた。箸を持つ手に余計な力が入る。美和は気づいているのかわからないが、彼女はボクが食べるのをチラチラと何度も見ている。昨日もそうだった。

 こっそり見ているつもりだろうが、ぜんぜん気づかれないようにしていない。


 正直、言いようの無いプレッシャーで食べにくい。こういうとき、どういう顔をすればいいのだろうか。そもそも、食事中はどんな顔をしてだべるものだったのか。考えれば考えるだけわからなくなっていく。

 おいしいとか言った方が良いのだろうか。何かしらのアクションをとるべきなのか。


 ……。


 いや、やめておこう。余計なことはしないほうがいい。


「今日は、どうするの?」


 味噌汁を飲み干したところで、美和はまっすぐ向いたまま尋ねた。ボクらは互いに向かい合わずに両方が、壁にかけられた時計を見るように座っていた。話し相手の顔を見ないで会話をするというのは、少し奇妙な感覚だ。


「どうだろう、特に予定は無いけど」


 これでもし美和に用事があったなら、そのときは本来の予定である図書館へ行くことにしよう。先に図書館に行くといってしまうと、強がりな彼女は用事が無くてもあると言い張るだろう。それが悪いのかはわからないが、そのことに気づいていて実行する気にはなれない。

 

「……」


 ……。そうか、今日のボクは無言から何かを察してやれるほどには朝から頭が働いていた。今日は一日家にでもいることにしよう。もしくは、一緒に図書館に行くかか…… 家のほうが無難かな。

 

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