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七の光と黒と白(二千)

「そう思えないのなら、そこが君の限界だ」


 はやては冷たくそう言う。夜の小道には彼ら以外の姿は見えなかった(、、、、、、)。それでも、すいの表情は明らかに警戒を表していた。颯もすいに話しかけたりしているが、気を抜いてはいない。


 まるで、見えない何かを見ているような、千里眼を思わせる漆黒の瞳。


「でも、見えないものが見えるって…… そんなの常識的に……」


 すいは泣きそうな顔をしている。既に見えない何かで切りつけられた右の肩辺りを、逆の手で押さえながらうろたえている。二人以外に誰もいないはずの小道で、風が吹くたびにその体中をこわばらせている。颯はそんな彼女を見て、しかし冷たい声をかけた。


「常識というのはただの思い込みだ。君の今までが『見えないものは存在しない』なんてでっち上げを植えつけているのかもしれないが、死にたくないのならその空想を捨てたほうがいい」


「で、でも……」


「来るぞ!」


 すいの言葉が終わらないうちに、目に見えない何かが、本能が伝える何かが風の速さで迫ってきた。しかし颯は、先ほどまでと違って、すいを助けなかった。


「ここは分岐点だ。これが乗り越えられないのなら、ここで終わりにしておいたほうがいい」


 何かはどんどん近づいてくる。すいには見えないのにそれがわかる。


「その体はもう気づいている。後は君が認めるだけだ」


 颯の声がすいには届いているのか。一切反応せずにただ何かが来る方向を見ている(、、、、)


 ──あれが何か。さっきまで見えていなかった…… ううん、見ていなかった何か。でも、そんなことって……


「終わりか……」


 状況を見てそう言う颯。彼には、何かが間も無くすいを切りつけるのが見えた。彼は右の手を握り締め、拳を胸の辺りに上げてから、それを下ろした。ここまで来ても、彼女を助けるつもりは無いらしい。


 夜の小道で、青年は少女の最後を見届けることにした。長い髪が彼の瞳を隠し、彼が何を見ているのかはわからない。何かはもうすいの目の前まで迫っていた。


 走馬灯。見えないものは存在しない、そう思っているはずの彼女は走馬灯を見ていた。自分の死が近いことを感じていた。目の前にあるそれが、死神のように感じたが、やはり姿は見えなかった。

 彼女の記憶がどんどん流れていく。いつも通りの今日の学校、夕方の帰宅途中で突然に吹いた強い風、それで切り裂かれた人々、腰の抜けた自分を助けた青年。


 死。自分に来るのはもっともっと先だと勘違いしていた。それがもう目前にある。何も見えないはずだけど、そこに彼女には死が見えた。


「それで終わりか?」


 ──終わり。……、違う。違う違う違う、違う!!


「違う!!」


 彼女は叫んだ。目をつむって、今までに出した一番大きな声の、さらにその二倍ぐらいの大声を出した。死にたくない、その思いを込めて(、、、)、イメージする死へ、目前のそれへ思いをぶつける──


「終わりは先送りだな」


 彼がそう言うのと同じに、何かが彼女を切り裂く予定時刻と同時に、赤い光が現れた。何かは突進を止め、彼女と間合いを取るように、彼女を包む赤い光から逃れるかのように後退した。その姿がすいにはもう、見えていた(、、、、、)


「何、これ……」


 彼女は自分を包む赤い光を見ている。ずっと彼女を包んでいた、その光が今はじめて見えた。


「それが力だ。生きるために必要な力」


 颯は彼女の肩に手を置いた。振り向いた彼女は、颯の左腕が白い炎をまとっているのがようやく見えた。

 見えるものは存在する。見えないものは存在しない。そんな定義が、彼女を縛っていた思い込みが、ようやく消えた。


「きっかけは死の意識。うん、悪くない。三番目に多いきっかけだ」


「その光…… 私も光が……」


「説明は後だ。幸いにして赤は破壊力が高い。生まれたてほやほやの君でも、鎌鼬かまいたちぐらい難なく倒せる」


 彼の指差す方向に、すいはイタチを見た。周りにまがまがしい光が、光というより闇が渦巻いているのも見えた。自分の肩をあの時に切りつけた黒く塗られた刃も、見える。感じていたものが、見える。


「両手を胸の前で、手のひらを奴に向けるように重ねて」


 すいは颯の言う通りにする。すると、光は赤を強めて、彼女の両手に集まった。


「集中力も悪くない。次はそれを球にするように、そして体から切り離すようにイメージ」


 鎌鼬は意を決したように、再び風に乗ってやってくる。すいはそれにおびえ、出来かけた球が崩れそうになる。


「大丈夫。あれはここまで来ることは無い。球を保持して」


 添えられた颯の手のひらから感じるあたたかさが、不思議と彼女から恐れを消した。彼女は目をつむり、赤い光の球を形成した。手のひらから二センチほど離れ、しかし重力による作用を受けない球体が完成した。


「よし、これで終わりだ。手のひらを突き出して、アイツに赤球をぶち当ててやれ!!」


 勢い良く目を見開き、すでに三フィートほどの近さにいるそれに、彼女は本気で打ち込んだ。赤く光る玉はその速度に乗って、彼女の手を離れて一直線に飛ぶ。


 そして鎌鼬と衝突。


 激しい爆発音が耳をつんざめく。衝突場所から来る強い風に彼女は顔をそらして目をつむる。颯は白い光を壁のようにつくり、迫り来る波動を防いだ。彼らを避けるように、強い風が吹き荒れる。


「よくやった」


 風も音も止み、すいが恐る恐る目を開いたときには、もう鎌鼬はいなかった。彼女を包んでいた光も無く、ただ白く光る壁と、かすかに微笑む青年しか見えなかった。

 彼女は安心からか体中から力が抜け、地面に倒れる前に何かに支えられたのを感じて、そのまま意識を失った。

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