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ore-蓮華の花はお好きですか(ver-蓮華) (三千)

「自己紹介は、必要かしら?」


 唐突にしてストレートな物言い。少女は青年にそう言い放った。

 たった今、自身にとってはなかなか珍しいイベントを体験をしていた植田晴うえだはるは、その声にふり返ざるを得なかった。

 驚きとは一定の周期をおいてくるものではない、来るべきときに来るのだ。それが続けてくる場合だってある。


春風はるかぜ…… 蓮華れんげ?」


 晴は驚きと疑いの混じったような声を出した。だが、すぐに疑いは消え、今さっきあったことをすべて忘れてしまうほどに驚愕した。


 彼の目の前にいる少女は、とある有名人だった。


 少し、いや多分に鋭い瞳、きりっとした女の子らしくも凛々しい表情。今は頭にカチューシャのようにかけている、トレードマークの縁の赤い大きなサングラス、左右の手につけられた赤と黒のシックなブレスレット。一応変装のつもりなのか、しかしその役目を果たしていない、少し深くかぶられた黒い帽子。


 そして何よりもその声。強く、深く、常とは異なる振動をしているような、その美しく艶のある声。その名前のごとく、蓮華のごとく、人の意識をひきつける音の波。

 

 間違えるはずも無い。彼女は今、世間で話題になっているガールズグループ、メロディガールのリーダーだった。


「タメ口? 生意気ね」


 蓮華はつかつかと晴の元へ近づいていくと、まだ現実に対応しきれていない彼に対して、その無防備なボディに拳を打ち込んだ。不意に。

 と言っても腕も細い女の子のパンチ、数値的な威力はそれほどのものではない。しかし、今の晴には、思わず前かがみに、うっ、となってしまうほどのインパクトがあった。


「まぁいいわ。一応同い年ということもあるし、これくらいしておくわ」


 苦痛よりもその衝撃自体に驚いている晴に、蓮華はにらむようにして言う。周囲の空気はすべて停止して、今はこの少女だけが自由に動ける世界のように感じられる。

 蓮華は続けた。


「アンタの聞きたいことはわかってる。そして、今日とてつもなく気分がいいアタシは、その中のひとつに答えてあげることにするわ」


 物事は一方的にでも進む。相手の事情を考慮しないほどの肝の持ち主になら、それが出来る。


「どうしてアタシがここにいるか、でしょ」


 確かに、晴の中の数ある疑問の中でもそれが一番大きい。彼は何か言おうかと思ったが、黙って、というより何も言えずに、また不意打ちを打ちこまれることの無いように間合いを広げた。


「それは……」


 意気揚々と高らかに答えようとしたそのとき、不意に蓮華のベージュのポシェットから電子音が。童謡を木琴でたたいたような響きのメロディだった。


「……。ちょっと待って」


 晴にそれだけ伝えると、彼女は携帯を取り出して、その着信相手に舌打ちした。あからさまに不愉快そうな表情。


「チッ…… こんな時に」


 今がどんな時なのか。それは蓮華にしか分かりようが無い。晴は目の前の有名人の存在に少しずつ慣れてきて、彼女の行動を観察する程度の余裕は生まれていた。その場から立ち去る勇気までは、取り戻すまでにまだだいぶ時間がかかりそうだが。


「もしもし」


 自分の怒りを隠すことも無く、あからさまに声にのせて発する蓮華。目を細めて、見えない相手をにらみつけているようだった。


「今はもっと大事なことがあるのよ! ちゃんと時間には戻るから、邪魔をしないでっ!!」


 一方的にまくし立てて電話を勢いよく切る。そしてその怒りを晴にぶつけるのではないか、という風に彼のほうを向く。


「時間があまり無いから、単刀直入に言うわ」


 会話の主導権を確保している蓮華は、自分の好き勝手に会話を進めることができる。その態度は、それだけでもう既に脅威に値するものだが、三秒の沈黙を経た次の言葉は、それすらも凌駕した。




「アンタを買いたいんだけど。その心、いくらでアタシによこす?」




 絶句。晴の今の心情をつづるには、その言葉が一番近く、しかしそれでも少し弱い表現だった。彼は少し目を大きくしながら、そんな信じられないことを言う彼女を見ていた。


 この時、互いに目が合っていた。蓮華はそらさないし、晴はそらせない。


「何よ、時間が無いって言っているでしょう。早く答えなさいよ」


 一歩詰め寄る蓮華に、一歩距離をあける晴。晴は決して臆病といわれるような人柄ではなかったが、この時はただ相手から離れることだけを考えていた。

 晴のその行動に、さらに眉をひそめる蓮華。そして、彼女は晴が手に持っている可愛らしい包みを目に留めた。


「それ」


 指差す蓮華。


「それをアタシによこしなさい!」


「あ……」


 この時、ようやく晴は久しぶりの自分の声を聞いた。だがそれは何も示さないただの一音だった。


「いいから、早く!」


 手を差し出す蓮華に、しかし晴は動かない。その身勝手な物言いに、いい加減何かしらの感情が生まれていたのかもしれない。


「……。いいわ、ならコレと交換」


 彼女はポケットから小さな包みを取り出す。白い無地の袋に入れられた小さな何か。日の光のせいか、ただそれだけのものでも、蓮華が手にするとちょっとしたお洒落なものに見えた。


「何を言って……」


「時間が無いからっ!」


 晴の言葉をさえぎって、今度は距離をあけられることの無いよう、一気に走って詰め寄る蓮華。そのまま彼の手にある包みを奪うように手を振りかぶった。


「よこせっ!」


 だが、今度は晴だって動けた。迫ってくる彼女の腕を横に動くことでかわす。前のめりに突っ込みすぎた蓮華はそれに驚いて、だがその勢いを殺せない。彼女の両足が地から離れた。



「危ないっ」



 このままで春風蓮華が転ぶ。いや、相手が誰だとか、そんなことは考えなかったのかもしれない。晴は倒れそうになった女の子をもう一度横にステップすることで、自分のさっきいた位置に入って助けようとした。その勢いを殺して、何とか止めてやろうとした。


 だが現実はそう上手くはいかない。

 思ったよりも勢いの大きかった蓮華は、目の前に戻った晴に勢いよくぶつかり、その勢いはとまらなかった。そのまま倒れこむ二人。晴が蓮華と地面の間のクッションのようになった。


「きゃっ」


「がっ……」


 強い日差しの下で倒れこむ二人。幸いどちらにも怪我らしきものは無いようだが、蓮華は晴に抱きつくように密着していた。

 思わずつぶった目を開き、域のかかるほど近くにいる晴を見たとたん、蓮華は真っ赤に染まりあがった。


「ちょっ…… 触るな、へんたい!!」


「やめっ……」


 有無を言わさず、両手でガッと押しよける。苦痛にうめく彼を無視して、そしてすぐに立ち上がった。


「なんて男…… まさかこんなことをしてくるなんて……」


「違う。コレはお前を助けようと」


「お前ですって!? まったく、図々しいにもほどがあるわね。蓮華って呼び捨てにしたかと思ったら、もうお前。デリカシーってのがないのかしら」


 好き勝手なことを言う蓮華。晴は苦痛に片目をつむり、勢いよく返事を返すことはできなかった。


「大体ね」


「時間です」


 そのとき、いつからそこにいたのはわからないが、蓮華の少し後ろから声を放つ女性が。晴からは角度的に、彼女がそこまで近づいてくるのが見えたはずだが、それは晴にとっても不意の声だった。


「約束の時間です。これ以上は譲歩できません」


「待って、もう少」


「譲歩できません」


 静かなその口調は、何があってもくつがえりそうには無かった。蓮華はため息をして、自分の持っている小包を、仰向けに倒れている晴の腹の辺りに投げた。


「次にあった時、覚えてなさいよ」


 何を覚えておけばいいのか。晴がその疑問を口にする暇もなく、春風蓮華はくるりと立ち去った。彼女を止めた女性も、一度だけ会釈をしてその後に続いた。


「何なんだ……」


 口に出すには遅すぎるそれをつぶやく晴に、返事をするものは一人もいなかった。ただ、蓮華の残した白い包みだけが、太陽の光を強く反射していた。

 この話のpreは連載小説を始める前に、あと二、三話ほど書くつもりです。

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