雨の気分(千)
雨は何事も無いように降り続ける。
例えボクに今日大事な用事があろうとも、ずっと家にこもっているとしても、そんなボクにとっては大きな、世間にとっては塵にもならない事情を無視して自分勝手に降る。いや、その事情が大きくなろうとも、国家または地球レベルの一大事だとしたって、雨はなりを潜めたりはしない。気分のままに、気分があるのではないかと思えるような自然の摂理に従って、降ったり振らなかったりする。
今日のボクは、ある用事のために雨の中傘をさして歩く少年だ。少年、青年といいたいが外から見れば少年だろう。それを認めないほどには少年ではない。
白い傘を黒い服を着てさす。このラクダ色のスニーカーは水がしみこまないという話だが、ボクは次第にそれを疑い始めている。たどり着くまでに靴下がびしょぬれにならなければいいが。
「いらっしゃいませ」
店員の明るい声が届く。ボクは、店員の女の子が来る前に中に進んでいった。彼女も、ボクに待ち合っている人がいるのに気づいて、どこか別の場所へ歩いていった。気の利く人だと思った。
「お待たせ」
妹は相変わらず派手な服を着ていた。実家から東京に遊びに来た妹と、ボクはこのファミリーレストランで待ち合わせていた。
「傘忘れたの?」
彼女は既にコートを脱いでいたが、それは水にぬれて朱色が濃くなっていた。傘なんて、買えばいいものを……
「わすれた。買うのももったいないからやめた」
サバサバとしたことを言う。そう思う反面、それに同意するボクもいるのだが、女の子だったら五百円を引き換えにしても、雨から身を守ったほうがいいとも思う。風邪などひいては元も子もないのだから。
「そっか」
しかしそう言う類のことは一切口にしなかった。ボクは妹がボクよりもあらゆる面で秀でていることを認めている。彼女が今、例えばこうしてホットのモカを両手を使って飲んでいるだけでも絵になることを、ボクは今目の前で再認識している。自分ではそうはゆかないことも。
「もう帰るの?」
「帰る前にどこに行きたい?」
「場所なんてどこもわからない」
「下調べはしなかったのか?」
「しなかった」
「そうか」
彼女が秀でていることは知っているが、また、彼女が面倒くさがりなことも知っている。家族である以上、長年の付き合いだ。
「静かな場所とうるさい場所、どちらがいい?」
「静かな場所には何も無い?」
「そうかもしれない」
何かあったらそこはもううるさい場所だろう。静かな場所は、東京らしい建物なんて何も無い場所、およそ観光には適さない場所だ。
「じゃあ…… 静かな場所にする」
「わかった」
わざわざ東京まで来ても、彼女は人ごみにまぎれてまで、見たいものなんて無いだろう。それくらいのことはボクでもわかった。
なら、どうしてこちらへ遊びにきたのか…… 彼女の肩についたゴミを取ってやりながら、そんなことを考えた。
そして、家族といえどわからないこともあるんだと、そんな当たり前を実感した。
雨は妹の東京に出かけて来たことなどお構いなく降り注ぐ。明日は晴れるだろうか、彼女にとって雨の日と晴れの日はどの程度違うものか。
わからないことは何も、天気の気分だけではない。




