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居候を許可する6(四千)

 夕食は美和はカレーを作ってくれた。その間にボクは提出するレポートをまとめた。最後に内容を確認して、それから保存した。プリントアウトは大学でやろう。


 美和の手料理の味は、可も無く不可も無く、なんて言ったら偉そうに聞こえるかもしれないけど、まさにそんな感じだ。ボクが作るのとそんなに変わらないと思った。ただ、にんじんがハートマークになっていた所が可愛らしかった、と言ってもいい。もちろん本当には言わないけど。


「ごちそうさま。悪くは無かった」


「ま、あたしにやらせればこんなものね。カレーは得意なのよ」


「うん。ハートの切り方は上手かった」


「……そこなの?」


 夕食は二人で、縦長の机を使って食べた。立ち上がって皿を片付けようとすると、


「あたしがやるから」


 と言って、二つ分の皿を重ねて持っていった。一人暮らしに慣れているボクとしては、自分の皿を誰かが洗ってくれるというのは、新鮮なような懐かしいような感じがした。一見矛盾しているように見えるが、たぶんどっちも正しい感覚だ。


「ありがとう」


 台所へと向かう背中にそう言った。なんだか、こういうのも悪くは無いかもしれない。



 水の流れる音を聞いて待っていたが、何もしないでじっとしているのも疲れてきたので、手元にあった本を取った。栞をはさんでいたページを開いて、少しだけ読むことに。


『どこかへ向かって歩いている。人は立ち止まり続けることを嫌い、どこかへ向かって歩いていってしまう。その行き先がわからないとしてもだ。』


 居候とはいえ、部屋に人が来ているのだから、読書は彼女が皿洗いを終えるまでにしておこう。そう自分に約束して、ボクは一ページめくった。もう少しだけ、という気持ちで。


『人は歩く。たまには走ったり、またたまにはゆっくりそっと歩いたり、人は歩く。止まり続けることはしない。


 かと言って、人はまた、進み続けることも出来ない。止まり続けることに苦痛を感じるように、進み続けることにもストレスをおぼえる。人は慣性に逆らうのかもしれない。完成するために、歓声を受けるために続けようとしても、それは永久には続かない。


 適度に進み、適度に休む。物事を続けるというのは、あくまでも毎日を規格としたもので、毎秒という過酷ながらもあこがれる周期で行うものではない。秒針ではなく、日めくりカレンダーのように動けばいい。時針や、ましてや分針のような、スパンの短い維持もまた、自分がそれを出来ることを誇りに思いたいという欲以外には、何も満たしてくれはしない。


 勢い良く走ることではなく、歩き続けることに価値を見出したい。


 しかし、急に話を変えてしまって悪いが、例え私がそう言って聞かせたところで、若者たちは話を聞き終わる前に走り出してしまうのだ。言葉を無視するというよりは、私を無視するかのようだ。

 こんな老人の話を聞いてくれるのは、使い慣れたステッキと傍らにいる誰かだけだ。不幸なことに、あるいは幸いなことに』


 美和は鼻歌交じりにスポンジで食器を洗っている。その軽快な歌を聞きながら、でも集中していくにつれ、暖かいBGMは徐々に小さくなっていく。活字の世界に、徐々にしずんでいく。


『ここからはただの小さい老人のつぶやきになってしまうことに自身至極残念に思うが、この世界における、この字の森の中における司会または案内人は自分であると無垢に信じ、話を進めさせてもらいたい。


 そもそも、どうして私がこの年になって筆を取ったのかというと、消え行く自己をインクに変えて残しておきたいという、一つの欲……』


「……ば!」


 ノイズが入ったような感覚。思考がぶれる。


「……えってば!」


 美和の声が聞こえる。それは何かを言っている。誰に? ボクに?


「ねえってばっ!!」


 ドンとボクの世界が傾いた。そのことに驚いた頃には、目の前は本棚になっていて、ボクは床に体育座りの姿勢まま倒れていた。


「何無視してるのよ! シカト!?」


「あ、いや…… ちょっと集中してたから」


「人が家にいるんだから、精神ぐらいずっとつなげときなさいよ」


 ……。その言葉、なかなかひねっていて面白いけど、なんだかSFモノの台詞みたいだな。別に精神じゃなくてもいいけど、体はここにあるのに遠くでアクションを起こせる、そんな世の中になってほしいと願うボクであった。おっと、今はそんなことを言っている時じゃないか……


「えっと、何だっけ?」


「風呂沸かしていいのかって聞いてるのよ。今洗ってきたんだけど」


「あぁ、ありがとう。美和は夏も浴槽に浸かる派か」


「トーゼンね」


 彼女にとっては当然らしい。さっきあんな本を読んでいたからか、当然という言葉について何か言ってみたくなる。だがここは自重しよう。ボクは現実の世界に生きている以上、あの老人のような自由奔放には振舞えない。あのオジサン、絶対子供たちに疎まれているだろうしな……


「じゃあ、沸かしてもらえる?」


「わかった」


 美和は風呂へ向かう。ボクは手に持っていた本を一度見て、栞を挟んでおくことにした。



「そういえばさ、明日はどうするの?」


「そうだな…… 特に予定は無いんだけど、美和は?」


「あたしも、用事っていう用事は無いわね……」


「そうだな…… ちょっと朝ちょっとだけ散歩して、あとは家にいるかもしれないな。美和も家にいるんだったら、さっき言ってたネットゲームでもやれば? パソコンあるし」


「あ、ゲームやる気になったの?」


「どうだろう、ノリ気でないこともなくはない」


「どっちよ」


「どっちでもいい」


 そんな他愛も無い会話を、風呂が沸くまでしていた。ネットゲームか、まぁ美和がやろうっていうんだったら、やってもいい気はするかな…… いや、やっぱり『どっちでもいい』だな。



「あ、沸いたわね」


「先に入る?」


「後のほうがいい」


「ボクが浸かった浴槽に入ることになるけど?」


「……。じゃ、シャワーだけにするからいい……」


「って冗談。ボクは夏はシャワー派だから、そんなにスネるなよ」


「スネてないわよ! ただ、もうちょっとデリカシーがあってもいいでしょうに……」


 それはこっちの台詞でもある、と言いたい気持ちが無いといえば嘘になる。『でもある』とちょっと譲歩すれば言っても大丈夫かな……


「じゃ、先に入ることにするよ」


 でもやっぱり余計なことは言わないでおこう。勝負はしないに限る。



「さてと」


 風呂に入ってサッパリした体で、何とか汗をかかないようにゆっくりと机を動かす。風呂に入る前にやれば良かったと、いまさら後悔。

 美和は風呂に入っている。「のぞかないでよ」なんてコメディのようなことを言われてしまった。定石で言うと返事としては、「コッチから願い下げだ!」とかなのか。


 扇風機に当たりながらゆっくりと机を動かした。だが結局汗をかいてしまったので、気が変わらなかったら後でもう一度シャワーを浴びよう。

 それから一応自分の布団に、不本意ながらも消臭スプレーをかけて、一度は座ったもののもう一度立ち上がって今度は枕にスプレーした。少しだけ、悲しい気分になった。スプレーはどこかに隠しておこうと思った。

 シーツまで自分で変えるのは何か癪だったから、布団のあたりに適当に投げておいた。


「はぁ」


 特に理由は無いが、ため息をした。



「ふぅ、のぼせそうだった」


 美和は湯気と一緒に出てきた。熱で頬が上気していて、いつもと雰囲気だった。ボクは美和と目が合う前に目をそらした。理由はわからない。


「そりゃよかった。あ、シーツ新しいの置いといたから、それくらいは自分で敷き直せよ」


「あ…… う、うん……」


 と、勢い良くタオルで頭をゴシゴシし始めた。あ、ドライヤーとかどこにやったかな……

 タオルに隠れて彼女の表情は見えない。ボクはこめかみに指を当てて、ドライヤーを押入れに入れていたことを思い出して取り出した。使うかどうかはわからないけど、一応用意しておいたほうが良いか。


「コレ」


「わっ…… ありがと」


 ずっと頭をゴシゴシと拭いていた美和に、肩をつついて伝えた。とたんに飛び上がる美和。何にビクビクしているのか……

 不意に『変なことはダメだから』という美和の馬鹿らしい言葉を思い出す。コイツ、もしかしてそんなことに本当におびえているのか。男が襲ってきたって倒してしまいそうな性格しているくせに。


 ほとんどが空いているコンセントに差し込んで、ドライヤーを起動。でも事前に相当水を切っていたから、久しぶりに聞くうなり音もすぐにやんだ。


「……」


「……」


 彼女は黙ってシーツを変え始めた。かなりのぼせかけていたのか、いまだに頬が朱に染まっている。彼女はぎこちない動きでシーツを取り替えた。そして、上ずった声で、


「布団、半分からコッチ入ってこないで。……絶対よ」


「は?」


 何の話だ? 布団を使うのは美和だけなんだから、そんな境界を宣言されても、どう応えればいいのか……


「は? って…… まさか、密着……」


「密着?」


「でも、そんな…… それは……」


 どうやら自分の世界に入ってしまったらしい。一人でブツブツと何かを言っている。まったく聞き取れないが、明日の夕食の予定ではないことは確かだ。


「じゃ、じゃあ…… ここまでで……」


 指でラインを引く。さっきよりも向こう寄りに境界線を設置したらしい。いや、だから……


「そういう仕切りとか必要ないだろ」


「えっ!?」


 えって…… 布団の話だよな……


「そ、それはその…… ちょっと急すぎ……」


 目を大きく開いてこちらを見ている美和と目が合う。彼女はすぐにそらした。でも、そんなに過剰反応することか……

 これはたぶん、何か認識の違いがあるな。それを消さない限り会話が成立しない。ボクは、何と言えばきちんと言いたいことが伝わるのか考えてから、最適な言葉を見つけた。


「布団はお前、床はボク」


 指差しのジェスチャー入りで説明した。これでどうだ?


「……は?」


「布団は美和、床はボク」


 さらに誤解を招かない表現に。って、それは『表現』につける修飾語ではなけど。


「……」


「……」


 無言。無言のまま美和はコレでもかというほどに、首の辺りまで真っ赤になった。なぜかその瞳からは涙がこぼれそうになっている。な、何がどうしたって言うんだ……


「そういうことは…… 語弊なく伝えなさいよっ!!」


 バッと古いシーツをこちらに投げつけて、向こうを向いたまま布団に横になってしまった。なぜか怒っているらしい。


「泣いてるのか?」


「泣いてないわよっ!!」


「じゃあ、怒ってるのか?」


「別にっ! ただ、アンタのアホらしさに飽き飽きしただけよっ!」


 なんだかよくわからないが、知らないうちに飽きられた。らしい。


「ていうか、まだ九時だけど、もう寝るつもり?」


「うるさいっ! 明かりを消せっ!!」


 それは居候のとる態度ではない気がした、ものすごくしたけど、ボクは反論しないことにした。イラッとこないことも無いが、こういうときにも思想は保とう。今日の思考は、『勝負はしないに限る』


「はぁ…… じゃ、おやすみ」


「おやすみなさい! 馬鹿!!」



 キリもいいので、いったんいつもどおりの千文字短編にシフトします。

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