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居候を許可する5(三千)

「ふぅ、スッキリ。お手洗いってどこ?」


「台所で頼む」


 実は、この安アパートには洗面所なるものは無かったりする。これが珍しいことなのか、アパートでは当たり前なのかはわからない。美和が特に驚いていないことから、異常でもないのかと勝手に思った。

 美和はこくりとうなずいて、そのまま台所へ。少し固い蛇口をひねって、流れる水で手を洗う。備えてあるタオルで手を拭くと、こちらへ振り向いた。


 その表情はあまりすっきりとしたものではなかった。何か考えているような、ただぼぉっとしているような、要するによくわからないということだ。でも、すっきり、といえるような、プラス的なものではなかった。

 というか、今自分でも言っちゃったけど、トイレに出てからすっきりって…… 一応女の子なんだから……


「あんまりそういうこと口にするなよ」


 余計なお世話かもしれないが言っておくことにした。対する彼女は、きょとんとして首をかしげた。


「そういうことって?」


「……いや」


 こちらが気にしすぎなのだろうか。美和は何でもないという顔でボクの隣に戻ってきた。これ以上そのことに触れるのも変な気がしたから、黙ることに。


 ……。


 ボクも美和も口を開かない。なんだよ、普段あんなにうるさいんだから、こういう時だけ急に黙ったりするなよ…… と心で呟いても、彼女は一向に動きを見せない。どちらのマグカップにも水は十分に注がれているので、水を入れながら何か話を始める、ということも出来ない。

 はぁ…… 早くも『居心地の悪さ』を感じ始めてきた。どうして自分の部屋で、こんなにモヤモヤしなくてはいけないのか。ボクは小さくため息をついた。


「あのさ」


「ん?」


 よかった。美和のお喋りに、今日初めて感謝した。おそらく最初で最後の感謝だろう。そんな珍現象に自分で驚きながらも、いつも通りを演じて応えた。いつも通り、別に話になんて興味ないという風に。


「この部屋さ…… せまいよね?」


「喧嘩売ってるのか?」


「あ、えっとね…… そういうことじゃなくて……」


 気まずそうに黙り込む美和。不意にバカにしたようなことを言われたから、つい怒り気味に対応してしまった。これで彼女にまた黙り込まれたら、あの気まずさが帰ってくる。

 そんな利己的な考えで、仕方なしにこちらから言葉をかけてやることにした。本当、今日は珍現象だらけだ。


「それがどうかしたのか?」


「う、うん。あのさ、あたしはこの部屋に泊めて…… 寝てあげるわけだけど」


「不適切な発言にイエローカード」


「もぅ細かいわね…… って、だから……そういうことじゃなくてね」


「じゃあなんだよ」


 こんなじれったいやり取りにも、いい加減飽き飽きしてきた。もっといつもみたいに、ズバズバとズケズケと言ってくれたほうが楽で良いのに。


「だから…… 寝床よ……」


「寝床?」


 少しポカンと口をあけて考えて、それから美和の言わんとすることが伝わった。あぁそういうことか。

 彼女は、自分はどこで寝ればいいのかと暗に尋ねているのか。残念ながら、この部屋にはソファやそれに類するものがない。寝られそうな場所は、ボクらの左側に敷いてある布団だけ。


 確かに、ボクもそれについて悩んでいた。居候における三つの問題点(さっきつけた名称は既に忘れたので、新たな名前を。名称なんてそんなものだ)の残るひとつが、つまるところそれだ。

 まぁ彼女がトイレに入っているうちに、目の前の机をどかして、ボクがそこで寝れば良いっていうことで落ち着いたのだが。不本意ながら、それがもっとも現実的で、もっとも良心的な案だろう。幸い今は夏だから、寒くて風を引くなんてことは無いだろうし。


 どうやら美和はそのことを聞きたいらしい。「どこで寝ていいの?」とか言う風にストレートな物言いを避けて、いちいちボカして聞いてくるところが少し奇妙だった。そんなキャラでもないだろうに……


「そこにあるから十分だろ」


 ずっと黙っていたボクを心配そうな目で見てきたので、敷かれっぱなしの布団を指差してそう応えた。シーツとか変えれば、まぁ問題無いだろう。というか、それ以上贅沢言うんだったら、出て行けと言おう。


「え? それって……」


「まぁそこしか寝られそうな場所は無いしな。あくまで、この部屋に居候するつもりがあるなら。の話だがな」


 と、そこでボクは驚くべきものを目撃した。何の気なしに美和のほうへ目を向けると……


 りんごのような真っ赤な顔でモジモジしていた。もちろん美和が。


「えっ? どうした…… というか、どこかにそうなる要素があったか?」


 あわてて尋ねるも、彼女にはボクの声は届いていないようだ。彼女らしからぬ、まるで恥ずかしがりのような態度に何だか不安を覚える。まったく、どうして今日はこんな変なことしか起きないんだ…… ため息が出そうになって、だがそれを飲み込んだ。


「何か変な風に伝わってるのかもしれないから、もう一度言おうか? お前はそこで寝て、ボ」


「った……」


「え?」


「……。わかった……」


 ボクの説明をさえぎるように、彼女はボソリと言った。え…… もしかして、ボクの布団がそんなに嫌だったのか……

 なんとなくションボリした気持ちになる。まだ体臭とか、しないと思ってたのだけど。


「あ、どうしても嫌だったら、別に」


「大丈夫。我慢できるから……」


 またしてもボクの言葉を最後まで聞かずに、小さく言う美和。どうしても嫌なら、寝床を変わってやっても良いと言おうとしたのだけど、冷静に考えればそっちのほうが無しか。

 というか、我慢って…… 本当に傷つくぞ……


 ボクと美和の間に、何かしらの思い違いがある気がする。でもまぁ、ボクが床で寝て、彼女が布団で寝るっていう事実には変わりないんだし良いか。あ、一応後で、彼女が風呂に入ってるときにでも、消臭スプレーはかけておこうっと。


「でも…… 変なことはダメだから……」


「は? あぁ、そりゃそうだろ」


 本当にどうしたんだ? 相変わらず顔は真っ赤だし、体中に不自然な力が入っていて動きはぎこちないし。いったい美和は何を考えているんだろう。


「あと、寝る時は逆側向いてよね……」


「わかったわかった」


 若干しつこい美和に適当に言葉を返した。黙るなって言ったり、しつこいって言ったり、我ながら身勝手な物言いかもしれないけど、そう思ってしまうのだから仕方が無い。


 さてと。一応、三困惑(また名称を忘れた、記憶力はいいほうではない)の頭と尻はコレで攻略できたわけだ。真ん中の『気まずさ』は、居候がいる生活に慣れれば、なんとなく解決するだろう。美和がいつも通りに、やかましく騒ぐのも時間の問題だろうし。


 ボクは正面に掛けてある時計を見上げる。現在は六時三分前。ちょっと早いけど、そろそろ夕食かな。

 ご飯のことを考えた途端、急に空腹が主張を始めた。気づくと気になる、擦り傷みたいだなと思った。または恋とか? ……。と言うのはやめておこう。


「そろそろ飯にする?」


 ぼぉっとしている彼女の肩に手を掛けてそう言った。と、ボクの手が触れる同時に、美和はビクリとなった。


「ひゃっ! ……。あ、うん……」


「……ホント大丈夫か?」


 どうしたんだ。さっきから、いつにもまして反応がおかしい。ファミレスで会ったあの時から、コイツのキャラはぶれる一方だ。


「平気……だから」


「そうか?」


「平気だって……」


「ま、そう言うなら良いけど」


 やっぱりボクが気にしすぎているだけなのか。ぜんぜんそんな自覚は無いのだけど。


「じゃ、何か作るか。時間もあるし、たぶん材料もあるし」


「あ…… なら、あたしが作ろっか?」


 ……。コイツがこんな気の利いたことを言うなんて。なんとなく罠のにおいがする。

 いや、でも一週間といえど美和は居候なわけだし…… 何もしないことに慣れられるよりは良いか。


「じゃあ頼むよ。材料見て、足りなかったら買ってくるから」


「うん」


 立ち上がる彼女。その顔からはもう熱っぽさは消えていて、普段どおりに見えなくも無かった。よくわからない奴だ、改めてそう思った。


「あ、そうだ」


 ボクは思い出したように彼女の背中に声を掛ける。美和はピタリと向こうを向いたままで止まった。


「料理はなんでもいいけど。味は薄め、愛情はたっぷりでな」


「バカ……」

 思ったより長くなりそうですね。と自分で書いているのにヒトゴト。

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