居候を許可する4(千)
何かを思うことと、思ったことを口にすることは違う。何かを心に想像することと、それを表現することは別物。あたしが何かを感じることと、それをアイツに伝えることは別次元の話。
思うことは出来ても口にすることは出来ない。思い浮かべることは出来ても、表現することは出来ない。感じることは出来ても、伝えることは出来ない。
美和はトイレのドアを閉めると、そのままドアに寄りかかった。彼女は別にトイレに行きたかったわけではなかった。ただ、心の整理を、気持ちの準備をしておきたかっただけだ。彼女は考える。彼女を居候させてくれている彼のことを。彼が居候させてくれることになった彼女自身のことを。
とにかく、これから先のことを考えないと。先のことなんて決してわからないけど、それを考えているうちにその未来は今になって、そして過去になってしまうけど。
それでも考える。
考えること自体に、たぶん意味があるから。
まずはどうやって共同生活をするのか。アイツはあたしのことをガサツな奴だと思っているけど、それは確かに正しいんだけど…… あたしだって女のことであることも確か。アイツはそうは思っていないのかもしれないけど、それは間違えない。
なら、アイツがそうと忘れているのなら、あたしが自分でそう言えばいい。思ってほしいと思っているのなら、それを伝えればいい。
でも。
思うことは出来ても、伝えることは出来ない。
一つ目が何も解決しないままに次を考える。先を考えるなんて、そんな無意味なことをする。
次はこれからのこと。一つ目が終わってからのこと。
一週間。
アイツはそう言った。それだけの猶予をくれた。だから、それまでにこれからのことを考えないといけない。いや、決めないといけない、か。
美和は一通り考えて、何も決まらなくても心は落ち着けることが出来た。目的は果たすことが出来た。
体をくるりと反転させて、トイレから出ようとノブに手のひらを当てて、しかしその手を引っ込める。最後にもう一度だけ考えることにしたらしい。美和はそこに立ったまま、ゆっくりと目をつむった。
ありがとうは、一応言った。お世話になりますとも、ちゃんと言った。アイツはそんなことを気にしないかもしれないけど、アイサツも出来ない女だとは思われたくない。
アイサツは大事だと思うから。
でも一つだけどう言えば良いのかわからないアイサツがある。絶対に使うはずだけど、しばらく誰にも言っていないから、どういう調子で言えばいいのかわからない。
大学に入ってから、あたしもずっと一人暮らしをしてたから。部屋にも一度も誰も入れたこともないし、泊めたことも無いから。
だから…… 一つだけ忘れていてわからない。
おやすみなさいって、どういうトーンで言えばいいの……




