居候を許可する3(三千)
帰宅。ボクは今日も狭い六畳ワンルーム、風呂トイレとキッチン付きのアパートに帰ってきた。一人の居候を連れて。
「お世話になりまーす。ってわっ、せまっ」
「ん? 文句あんのか? 嫌なら帰ってもいいんだぞ。というか出来るなら帰ってほしい」
「えっ。違うしっ…… せま…… 迫る迫力のある冷蔵庫だね! ってことよ」
「……ふぅん」
突っ込む気にもなれない言い訳。まぁこれ以上攻撃してキレられてもつまらないから、黙って聞き流すことにする。美和は自分の赤い運動靴をそろえてから、ボクの適当に放っておいたランニングシューズもつま先をドアに向けた。意外と女らしいところもあるんだな……
今朝はカーテンを閉めずに出かけていたので、窓から明るい光が差し込んでいる。特に電気をつける必要も無いか。
「ふむふむ。コレが大学生男子の一人暮らしのありさまかぁ…… エッチな本とかベッド…… は無いから、布団の下にでも隠してあるわけ?」
「言ってろ」
「後でこっそりチェックしちゃうもんね! 確保してやる!」
「……」
なんだかやけに興奮してるな。やっと寝床を確保できて喜んでいるのか? それとも、もともとこんな奴だったっけ。
ボクはとりあえず彼女に褒められた(?)冷蔵庫から飲み物を取り出す。冷蔵庫内の飲料は二リットルの水が一本だけ。ストックのペットボトルは台所においてある。ボクは冷えたそれを取り出して、こちらを覗いている彼女に渡す。
「水しかないけどいい?」
「うん。へぇ、結構ヘルシーな生活しているのね」
「コーヒーとか紅茶なら用意できるけどな」
ジュース類はわざわざ自分で買ってまで飲む気はしない。そういうのは、ドリンク飲み放題のファミレスに行った時、たまに飲むぐらいだ。それに、水のほうが少しだけ安い。十円ぐらいの違いでも、日常的に買うものだから節約する価値はある。特に一人暮らしならな。塵も積もれば山となるってやつだ。
次に、食器棚から黄色と青のマグカップを出す。どうして一人暮らしなのにペアのものを持っているのかは、自分でも思い出せない。今まで気づかなかった不思議に、少しおかしくなった。
部屋の中心に置かれている縦長の机の前に、美和は既に座っていた。ボクは二つのマグカップを片手にひとつずつ持っていく。どこに座ろうか迷ってから、美和の隣に腰を下ろした。シャンプーのにおいが鼻をくすぐった。ボクは理由もなく咳払いをした。
「ん、ありがと」
美和はボクが机に置いたマグカップに水を注ぐ。注ぐ勢いが少し強く、机にこぼされないか少し不安になった。こういうところはコイツらしいけどな。
危なっかしくも何とか机を水浸しにされることなく終わった。ボクは一度ため息をついてから水を飲む。
「んー、なんていうか…… 電子機器の少ない部屋ねぇ」
ようやく落ち着いたのか、いまさらのように部屋中をきょろきょろと見回す美和。その瞳から好奇心のようなものがもれ出ていて微妙に腹が立つ。人の部屋をダンジョンみたいに見るんじゃねえよ、という気持ち。もちろん口には出さないが。
「パソコンと冷蔵庫、あとは電子レンジぐらいだな…… あ、扇風機もあるな」
「テレビは無いんだ」
「あっても時間と金がかかるだけだから」
「うーん、そういうものでもない気がするけど……」
確かに、初めてこの部屋に来た奴は大体「テレビ無いんだ」なんて言う。そして次に言うのが「不便じゃないの?」。逆にボクは、テレビなんて見ていて時間の無駄だと思わないのか聞きたい。まぁそんな余計なことはめったに言わないが。論争になること必至だから。
テレビなんてなくとも、ボクの部屋には本棚が三つある。それらを読んでるだけで娯楽は十分に間に合う。もしかすると、テレビ見ているだけより金がかかるのかもしれないが、ボク個人としては映像より活字のほうが好みだ。好きなことにお金を使うのが人生だ、なんてそこらへんの消費者っぽいことを考えてみる。
「ゲームとかも出来ないじゃん」
「ゲームするのか?」
「まぁね。テレビつないで大画面でやったり、パソコンとかでオンラインやったり」
「そうか。ゲームかぁ…… 高校生の時とかはやってたな」
大学生になって一人暮らしはじめてからは、もう全く手をつけていない。高三の時もあんまりやってなかったから、かれこれ二年ぐらいゲームに触れていないのか。ゲーム自体は別に嫌いではないが、支出のことを考えると店まで出向く気になれない。ゲーム一本と本七冊なら、ボクは後者を選ぶ。両方ともに取るなんて、そんなリッチではないから。
空になった自分のマグカップに水を足す。彼女のももう一口くらいしか入ってなかったから一応注いでおいた。
「またやればいいのに。ハード買わなくたって、パソコンで無料で出来る奴とかあるし」
「どうせ、一緒にやる奴がほしいだけだろ?」
「うん」
……。うんって…… そう素直に返されると、なんて答えれば良いのかわからなくなる。お前は常にツンデレっぽいキャラでいろよ。このブレブレめ。
「まぁ、気が向いたらかな」
「そっか」
無理やりに勧誘するつもりは無いらしい。別に薦めて欲しかったわけじゃないが、なんとなく肩透かしを食らった気分になる。
「トイレってどこ?」
「そのドア」
ちょっと借りるね、と言って美和は立ち上がった。そしてドアを開けて中に入る。
「はぁ……」
なんだか肩の力が抜けた。美和が興奮しているなんて言ったが、そう言うボクも興奮はともかく緊張ぐらいしている。とも言えなくも無い。
今までこの部屋に何人か友人を入れたことはあるが、女はアイツが初めてだ。宿泊客なんて男でも一度も無い。美和の居候に何も思わないわけではない。
「……コホン」
いや、そういうことを考えるのはやめておこう。考えれば考えるほど気まずくなる。自分の部屋で居心地が悪いなんて真っ平だ。ボクはマグカップに残っていた水を一気に飲み干した。
知らないうちに乱れていた心を落ち着かせるために、別のことを考える。そして、居候に伴う三つの困難を思い出した。そちらへ思考をシフトする。
三つ、一つ目の衣服については既に彼女が対処した。美和のキャリーバックは今は玄関のところに置かれている。
コレで三つは早くも二つになったわけだけど、むしろこの二つこそが本当に大変なものだ。これらに比べれば服なんてどうにでもなる問題だった。
なんて、これじゃあまるで、よくあるマンガのインフレ描写みたいだ。でも実際問題、最悪ボクのを貸せば済むことなんだから。
……冷静に考えれば、それは無いか。
「ゴホン」
話がわき道にそれる前に修正。ボクは美和と違って余計なことは好まない。残る二つのうち、一つはもう現れ始めている。それは……
気まずさだ。
うん、気まずさだ。ズバリ、娯楽系のモノが少ないこの部屋で、知り合いとはいえ女性とずっといるというのは、気まずくないわけが無い。ボクは今なら、テレビを買うために金を払ってもいい気分だ。
「はぁ…… 一週間なんて言ったけど、この先どうするか」
言い忘れていたかもしれないが、ボクらの通う大学は、昨日から夏季休業に入っている。とりあえず補講などの予定は一切無い。ボクが無くて、美和にあることは万が一にもないだろう。ボクも美和も大学では同じサークルに入っているが、この一週間は活動予定は無い。ゆるいサークルなのだ。
つまり、簡単に言いたいことを言えば、外に出かける強制イベントがひとつも無い。
……。
美和だけ置いていって遊びに行くのもアレだし、かといって連れて行くのはありえない。店での口ぶりからすると、そして日常におけるボクの観察も合わせると、彼女は休日に遊ぶ友人なんていない。さっきゲームゲーム言っていたのもその裏づけになるな。
サークルメンバーならあるいは彼女にとっても誘うことが可能な仲間ぐらいいるかもしれないが、美和の性格からすれば自分から連絡することは無い。サークルメンバーも何か変な奴しかいないから、連絡を入れてくることも無いだろう。
つまり、この一週間は自発的に行動していかない限り、かなり気まずい目にあうことになる。
「なんだかなぁ。調子が狂うな」
これからのことを思うと、自然とため息が出てきた。パタリと床に倒れながら見た時計は、午後五時二十七分を示していた。寝るまで少なくとも五、六時間…… どうやって過ごせばいいのだろう……
そんな、今まで一度も考えたことの無い、くだらないとさえ言えることを真剣に悩むボクだった。
まだまだ続きます。途中に別の短編を挟むかもしれませんが




