教室にて(千)
中田涼子の怒りは、今まさに沸点を突破した。
「あなたねぇ!!」
怒りの対象は同級生の男子。放課後の教室、二人はクラス委員の仕事を行っていたわけだが、坂之上晶の無駄話は彼女を激昂させるのに十分なものだった。
「いいがげんにっ! してよねっ!!」
二人を除けば誰もいない教室。涼子の怒声は驚くほどよく響いた。
「え? え??」
晶はどうして彼女がそんなにも怒っているのか、どうして自分がこんなにも怒られているのか、状況が把握できていないという顔をした。
「何のこと、かな…… ただおしゃべりしてただけだけど……」
少しおびえるように、彼女にひるむように口ごもりながら言う。その、自分だけが勝手に怒っている、という風に思わせる行動は燃えさかる火に油を注いだ。
「ただのおしゃべり!? ただの、ですって……」
その言葉の何が気に入らなかったのか、彼女はますます険しい顔をしてにらみつける。
「好きな人いるの? とかっ!! デートしたことある? とかがっ!! ただのおしゃべりですって!?」
机をバンとたたきつけてその感情を音に変換する涼子。彼の繰り返される色濃いごとに関する問いかけが彼女を激怒させたことが今明らかとなった。
「そう言うことをズケズケと聞くのってね!! セ・ク・ハ・ラ・って言うのよ! 犯罪なんだからっ! 訴えることだってできるんだからっ!!」
中学二年生ならまず使わないような言葉を連発する涼子。そのリアルな言葉に晶はますますおびえる。
「えっ! そっそんな…… ちょっと楽しいおしゃべりしようと思っただけなのに……」
どんどん進んでいく不穏な展開にあわてて言い訳をする。そんな弱弱しい態度が涼子は気に入らなかった。
「楽しいですって!? なるほど楽しいのね、そんな風に人のプライベートなことを根掘り葉掘り聞いて、楽しいのね。相手のことなんて考えないで、人の中に入り込もうとするスリルが楽しいのかしら? それとも。アタシみたいな女の子をそういう言葉で動揺させるのが楽しいのかしら!?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「そういうわけでしょう! 人のことをからかって!! 後でどうせ友達にこういうんでしょうよ。『中田って、絶対まだ一回もキスしたことないぜ! 聞いたら何も答えなかったんだから』とかっ!」
キスをしたことがあるかという問いかけは、そんな踏み込んだ質問はさすがに晶もしていなかったが、今の涼子は勝手に現実を捻じ曲げてしまうほどに興奮していた。
「そんなことっ!!」
晶の大声に、彼にしては珍しい怒声に、今度は涼子がひるんだ。教室は誰もいないように鈴鹿になった。晶の呼吸の音だけがよく聞こえた。
「そんなこと、するわけないじゃないか。失礼なことを聞いたんだったら謝るけど、そんなことをするわけがないだろ……」
別段大きな声を出しているわけでもないのに、晶のその言葉は涼子の胸に響いた。血が上っていた頭が少しずつ冷えてきて、予想外に大きな声を出すことの出来る少年をそっと一度だけ上目遣いで見た。




