価値
「ねえ、『価値』って、何?」
放課後の教室で、彼女にそう言われた。
彼女といっても、いわゆるお付き合い的な『彼女』ではない。
満場一致で選ばれた、クラスの『委員長』――それが、彼女だ。
そして、同じく満場一致の欠席裁判で選ばれた不幸の申し子、『副委員長』――それが俺。直接民主制の正負の側面が一度に出た貴重な『委員決め』だったらしい。職業選択の自由を失ったマイノリティー(一名)は、えらく不幸な被害者なのではないかとも思うが、学年スタートの新メンバー相手に波風立てるほどの度胸はなかったために、現在のクラス委員編成で落ち着いている。
――まあ、そんなことはどうでもいいか。
「私は、『価値』というものに、価値はないと思うの。……でも、それを追い求めるということには……やっぱり価値があると思うの」
こちらへ近づきながら、再び彼女が話しかけてきた。返事がないのを不審に思ったのかもしれない。ともあれ――
「いいか? そういうのは『オチ』で言うもんだ。最初から結論を持ってくる説教方式はやめておいたほうがいい。……離れるぞ?」
「離れる? ……何が?」
まあ、そりゃそうなるか。
「……いや、やっぱいい。上手く言えないが、俺たちの存在に関わる、とだけ言っておく」
「むぅ……?」
さすがに脈絡がなさすぎたらしく、首を傾げられた。
小首をかしげている人畜無害そうな委員長。初めて話したときに『人間とは何か』と聞かれて(第一声としてはどうだろうとも思ったが)以来、こうして放課後に何となく『答えのない話』をしている。
――これが、習慣になっていた。
「まあ、とにかくだ。『価値』の話に戻そうじゃないか。な? そうしよう」
さっきまで不審がっていた彼女だが、話題を戻すと、改めて聞いてきた。
「じゃあ、『価値』って、何?」
「さぁな」
「え……ずるい。『放棄する』のは、ルール違反のはず。ちゃんと答えて」
ちなみに、答えがないにもかかわらず、『答えを出さない』のは『ルール違反』だ。
いつのまにか設定されていた『ルール』について、俺は一切関知していないのだが、どうせ毎回『答えがない』ため、実際のところは午後の五時のチャイム――タイムアップまで、雑談で暇潰ししているというだけだ。
答えが出ない雑談だけに、適当にノリだけで喋っていることも多い。
「そうだなぁ……たとえば、バリューセットだな」
「ワックの?」
「そう、ワックのアレだ。原価もほとんどかかってないポテト。調味料で強引にごまかしたソースたっぷりのバーガー。業務提携でほとんど金のかかっていないジュースをつけて……それでも、客が来る。つまり、『価値』があるってわけだ」
「ジャンクフード批判が関係あるとは思えないのだけど」
心底不思議に思っていそうな表情をしていた。
「まあ、落ち着いて聞け。……そんなバリューセットだが、面白いのは――セットにすることで『価格』を下げて『価値』は上がっている。しかし、そもそも材料からすれば『価値がない』と言われてるようなものを売っているジャンクフード様なわけだ――さて、この場合は、どの『バリュー』だと思う? 『バリュー』は上がったのか下がったのか。そもそも『バリュー』はあるのか?」
「むぅ……考える」
もちろん俺としては、ただ暇つぶしのために話を逸らして遊んでいるだけなのだが、どうやら彼女は気づいていないらしく、宣言どおり真面目に考え始めた。
「考えた。けど分からない。……答え」
言え、ということらしい。ややぞんざいに要求された。
「答えなんぞ知らん。適当に言ったし」
「………………は?」
冷静な彼女にしては、珍しく感情がこもった声だった。
「だ・か・ら……答えなんぞ知らん、と。適当に言っただけし」
「つまり?」
オチのない話は許せないらしく、抗議の意思100%の視線がこちらに刺さる。『なにがなんでも結論を言わせてやる』と、そういう視線だった。
さて、どう『オチ』をつけたものかと考えているところで――ちょうど、時計がきっかり五時を示して、安っぽいチャイムの音が鳴った。
「そうだなぁ……とりあえず『この話に価値はない』と、そういうオチでどうかね?」
そう言って窺うと、彼女の瞳には、闘志の炎的なものが宿っていた。
「もちろん許すわけがない。……仕方ないから、また明日、意地でも答えさせることにした。明日までにオチを用意しておくように」
結局オチが無い、ここはひとつ――『たとえ価値の無い話でも、明日の話には繋がってますよ』――と、そういうオチでどうだろう?
……いや、ダメだ。また明日の放課後にボツをもらうのが目に見えている。
……なんとか考えなくては。
少々適当に書きすぎたかな? と思いつつ。今日はこの辺りで。
感想・ご批評お待ちしてます。……まあ、あればですが。