桜の樹の下に屍体は無かった
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」
梶井基次郎『桜の樹の下には』より
私の親友はとても美しい。容姿、声、表情、笑い方、その全てが美しかった。きっと、それを手に入れるために多くの時間を使ったんだろう、そう思っていた。
いつも通りに親友の家で遊んでいたある日。ふと、部屋の隅に置かれた分厚い本が目に留まった。よく見ると、それはアルバムのようだった。彼の部屋はいつも整理整頓されているため、床に物が置いてあるのは珍しかった。親友がトイレに行っている間、暇だったのでそのアルバムを手に取った。それは幼稚園のアルバムだった。私は昔の親友がどんな容姿をしていたのか気になり、ページをぺらぺらとめくっていた。彼の写真を探すのには時間がかかると思っていたが、私はすぐに彼を見つけた。私は目を疑った。今と容姿がほとんど変わらない。彼は昔からあの美貌を持っていた。これはおかしい。美しさというものは、途方もない時間や努力の末に実るものだ。しかし、彼は幼稚園の頃から美しかった。おそらく生まれた時からすでに美しかったのだろう。その代償はまだ払われてはいない。
昔から、物事には代償があるものだと信じていた。この世に生まれれば深い絶望を味わう。美しさの裏には何か恐ろしいものやその美を手に入れるために費やした途方もない時間や努力がある。物事には必ずその理由づけがあると信じていた。
私の家からは桜の樹が見える。あの桜の樹の下には屍体が埋まっている。だからこそ、あんなに美しく咲いているのだと思っていた。しかしそれは今、彼に否定された。あぁ、分かっている。本気でそう思っていたわけではない。それでも私は、あの桜の下に恐ろしい何かが埋まっていると信じたかった。しかし、桜の樹の下に屍体は無かった。
あの桜の美しさには理由づけが無かった。彼も同じだ。彼は桜の樹。私の絶望感のシンボル。彼が代償を払わないと、桜の樹の下に屍体がないと、私は安心して花見を行えないだろう。
今は春。早く花見をしたい。
桜の樹め。
お前はいったい何を食べて咲いている?




