第三話 動かなかった僕が動いた。
「秋ーー僕勝ったよ!一回戦突破だ、この調子で県大会目指すぞ」と蒼真は意気込みながら言った。
「おーやるじゃん僕も頑張るか」と僕も意気込んで答えた。
「水分補給忘れんなよ、この市民体育館エアコンないんだから、熱中症になるよーー僕は二階の応援席から朱雀と海里と一緒に見てるね」と言い走っていった。
準備を始め、胴着を着て、新品の竹刀を専用の入れ物から取り出し、面を持ち上げた。
あの日から一週間こつこつお金をためて昨日買ったんだよな。
僕は自分の試合のために最初の位置に立った。
今日は春休み中にある剣道大会の地区大会。
この大会でも勝って県大会に進んでやる。
面を自分の頭につけた。
「それでは始めます。予選、コート三、第八試合 始め」
「秋がんばれ」と朱雀たちが二階席から力強い応援を送ってくれた。
試合が始まっていて後ろを振り向く時間はなく、右手を上げて答えた。
集中しろ自分。
だがそれは無理だった。相手の方を見ようとすると、相手ではなくその後ろの二階の観客席の最前列にいる女の子を思わず見てしまう。
その子はこの前、通学路でぶつかった女の子だ。
自分の目を疑った。それはその子がいたことじゃない。自分がその子の事をじっと見つめていたからだ。
面の網部分でよく見えない。
あれ、なんかふらついてないか。
面越しからもわかるのに周りの人は一切反応しない。
隣には友達らしき人がいた。しかしその人は座りながら前のめりになり必死に応援しておりその子がふらついていることは気づいていない。
喉がひくりと鳴った。
そう思った瞬間、女の子の頭が柵を越えた。
隣の子は女の子と逆方向を見ており気づいていない。
周りの視線は試合場に向いている。
柵を越えれば一階のフローリングまで真っ逆さまだ。
この時、秋の脳には一つの光景が浮かび上がった。
横断歩道の上に血まみれの女の子がいる。
悪寒がした。
もうあの時みたいにはならない。
僕は動いた。
相手の竹刀を避け、竹刀を手放し、観客席の下まで走った。
もちろん場外に出ることも竹刀を落とすことも反則で負けになる。それでも僕は動いた。
「何してんだ秋」海里の、心配している大きな声が聞こえる。もちろん観客と智也達は女の子ではなく僕を見ている。
女の子がとうとう落ちた。
それにやっと気づいたのか観客と隣の子がその子を見る。
間に合うのかな
僕は滑り込みながらキャッチする姿勢をとった。
音はしなかった。いや、したのかもしれない。
僕の手の中には顔が赤く小柄な女の子がいるという事実だけが僕の頭に残り続けた。
女の子は意識が朦朧としているようだが僕の存在には気づいているようだ。
会場が少し静かになりざわついた。
試合中の選手たちも試合をやめこちらを見ている。
「誰か救急車をお願いします。この子、熱中症です」と大きな声で言った。僕は師範から熱中症については嫌と言われるほど教わった。
その時、会場が我に返ったのかみんなが動き出した。審判がスマホを取り出し救急車を呼んでくれた。
意識確認をするため僕はその子の名前を呼ぼうとした。しかし
あれ、名前、何だっけ。
胸元にはまた名札が今度は違う字に見えた『神埼』
「神埼さん、聞こえますかーー」応答は弱々しくもあった。
「はい……」
僕も顔が赤くなった。
僕も熱中症かな?
その後、救急車が到着し、神埼さんを搬送していった。
僕も救急隊員にけがはないか見てもらったところ、指と足の骨を折っていたようだ。
その後、隊員は僕にお礼を言って場を後にした。
当然、僕は失格になった。
だけど僕は県大会以上の嬉しさで一杯になった。
なぜあの時、動いたのかはわからない。
でもわからないままで良いのかもしれない。
「蒼真、すごかったよなあ、県大会行ったんだよな」と帰り道、自転車をこぎながら智也が羨ましそうに言った。
四人がみんな自転車に乗り風を切っている。
「いやあそんなことないよ、それより秋めっちゃかっこ良かった!」と蒼真が尊敬の眼差しを僕に向けた。
「ところで骨折してるのに自転車漕いで大丈夫なのか」と海里が心配そうに問いかけてきた。
「指先とかだから大丈夫」と僕は答えた。
僕の指と足先には包帯が巻かれている。
「じゃあ打ち上げ行くかーー」と智也が大きな声で言った。
「近くにショッピングモールあるからそこ行こ」と蒼真が提案する形で答えた。
「すまん、竹刀買ったから金ない」と僕が言うと智也が
「何言ってんだよ、今日は奢るぞ、助けた祝いだな」と答えた。
「誰が最初にこのクレーンゲームの『蜜柑』のグッズとれるか勝負しよ、負けたやつはアイス奢りな」と智也が言うと
「いいよーー」と蒼真が言った事で勝負が始まった。
智也は挫けながらも何度も挑戦し、十八回。
海里は三回、蒼真は五回であっさりとってしまい、智也に大きなダメージを与えた。
「なんで俺だけこんなに多いの!?、秋、手加減してくれ」と僕に泣きついてきた。
「でも僕、金ないし……」と僕が言うと智也はやっちゃったみたいな顔になった。
「詰んだ……」
その後、僕は八回でとり智也はみんなにアイスを奢った。
僕は病院に行くのを忘れていて後日病院に行き適切な診断を受けたところ折れていた骨の数は、どうやら四本らしい。
僕の心までも折られたような気がする。
だけど、折られた心には優しい包帯が巻かれているような気がした。




