9.オーラ
あれから数日後。
運動不足解消のために散歩に出ていたカルロッタが家に帰ると、玄関前にレベッカの姿があった。
「レベッカ?」
くるりと振り返ったレベッカは、あの日泣いたのが嘘のような明るい笑顔だった。
「カルロッタさん、こんにちは」
(失恋の傷が癒えるには時間がかかるだろうけれど、思ったよりも元気そうで安心したわ)
「今日はどうしたんだい?」
「カルロッタさんの傷が心配で。肩の調子はいかがですか?」
「心配しなくても大丈夫だよ」
あの日怪我をした肩はアザになっているけれど、日に日によくなってきている。カルロッタが大丈夫だと言っても心配そうなレベッカは、眉を下げてカルロッタが動く様子を目で追っている。
「今、休暇中なので、お手伝いさせてください」
レベッカは両手を胸の前でギュッと握りしめて、カルロッタをじっと見つめた。
「そんなに気を遣わなくてもいいんだよ」
「やらせてください。……じっとしていると、いろいろ考えてしまうし。休暇の予定もなくなってしまいました」
最後の言葉は小さく、寂しさが滲んでいる。カルロッタはそんなレベッカを元気づけるように明るい声で言った。
「それじゃあ、手伝ってもらっていいかい?」
「はい! 力仕事でもなんでもお申し付けください」
カルロッタの指示の元、野菜の収穫を手伝うレベッカ。
「レベッカ、あのかぼちゃを収穫するのはさすがに無理よね?」
カルロッタが指差す先にあるのはカルロッタが渾身の力を込めても持ち上げることができずにいた巨大かぼちゃだ。
「お安い御用です」
レベッカはその巨大かぼちゃをいとも簡単に持ち上げた。
(嘘でしょう? 私が押しても引いても全く動かせなかったのに)
目を丸くして驚くカルロッタに、レベッカは照れたように目を細めて笑った。
「昔から力だけは強いのです」
「本当に助かるわ」
「なんでも言ってください」
「それじゃあ頼むよ」
カルロッタが薪割を頼むと、レベッカはヒョイと軽々斧を持ち上げた。
(あの斧……そんなに軽かったかしら?)
カルロッタが両手でやっと持ち上げることのできる重さのはずなのに、レベッカは木の枝を振るように、ひゅんひゅんと風を切り、斧を振って見せた。
「ここにある分は切ってもいいですか?」
「ええ、お願いするよ」
斧が振り下ろされるたびに、木がパキンと音を立てて、軽やかに割れていく。その様子にカルロッタは釘付けになった。
(あれを片手で? 本当に同じ斧かい?)
「いつも薪割が大変だったから、助かったよ。ありがとう」
「お役に立てて何よりです。良ければ、あちらに置いてある分も切ります」
「いいのかい?」
「もちろんです」
カルロッタの役に立てて嬉しそうな様子のレベッカは黙々と木を切っていく。
うっすらと額に汗をかいたレベッカにカルロッタは手拭いを差し出した。
「少し休もうかね。お茶を淹れたから一緒に飲みましょう」
「ありがとうございます」
カルロッタはレベッカを庭の一角へと案内した。そこには小さな丸テーブルと、椅子替わりの丸太が置かれている。テーブルの上の小さな籠の中にはカルロッタお手製の焼き菓子がこんもりと盛られていて、お茶が用意されていた。
「うわあ、美味しそう」
「たんとお食べ」
焼き菓子を一口食べたレベッカは目を丸くして、お菓子を見つめる。
「こんなに美味しいお菓子は初めて食べました」
「そりゃあ褒めすぎだよ。でも気に入ってくれたならよかったよ」
美味しいお菓子と、温かいお茶、ニコニコと笑うカルロッタ。その場所には温かい日差しが降り注いで、気持ちまでがほぐれていく。肩の力が抜けたレベッカの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「カルロッタさん、私、これから頑張れそうな気がします」
「そうかい、それはいいことだよ」
「実は、今回辛いこともあったけど、思わぬ収穫がありました」
不敵に笑うレベッカに、カルロッタはぱちりと瞬きをして、首を傾げた。
「収穫?」
「はい、あの日からオーラが使えるようになったのです」
カルロッタの脳裏には、光る剣を構えていたレベッカの姿が浮かんだ。豆腐を切るように分厚い木製の扉を一振りで切り落とした姿は記憶の新しい。
「オーラってのは、剣が光って見えたあれかい?」
「はい。一流の騎士が熟練して、やっと使いこなせると言われています。そのオーラは今までどんなに鍛錬しても、ほんの一瞬だけしか使うことができなかったのです。それなのに、あの時は、その、怒りで我を忘れていて……」
少し恥ずかしそうに俯いたまま笑うレベッカは、でもと言葉を続けた。
「オーラを使いこなせるようになると、最上位のランクであるSランクと認められ、希望すれば近衛騎士団に入ることもできるのです」
「近衛騎士団と言ったら、騎士団の花形じゃないかい」
最強クラスの騎士が集まる王族の護衛をする近衛騎士団は、子供達の憧れの職業であり、絶大な人気を誇っている。
庶民のカルロッタの感覚では、パレードの時に馬上から手を振るキラキラとした騎士の集団というだけだが、かなりの出世コースだということは認識している。
「よかったじゃないか、レベッカ」
「はい、でもまだ完璧にオーラを使いこなせるわけではないのでSランクには程遠いのです。それでも、道が開けた気がしています」
失恋の傷はまだ完全には癒えていないだろうけれど、前向きに笑うレベッカをカルロッタは口元に柔らかな笑みをたたえて見つめていた。
「カルロッタさん、明日も遊びに来ていいですか?」
「もちろんだよ」
「実は、エレナ様もカルロッタさんにお会いしたいと申しておりまして」
「まあ、それは嬉しいね。いつでも遊びにおいで」
その夜。
巨大かぼちゃを目の前に愛用の包丁を握り仁王立ちするカルロッタ。
(かぼちゃサラダ、かぼちゃスープ、天ぷら、煮物、干しかぼちゃなんていいわね。まずは、明日のためにかぼちゃケーキを作りましょう。それでも食べきれない分はおすそ分けね)
「切れるかしら?」
大きく硬いかぼちゃに包丁が食い込んだら取れなくなりそうで、どう切ろうか悩むカルロッタ。室内で斧を振るわけにも行かず、悩んだ末にやはり包丁を使うことにした。
(レベッカみたいオーラが使えたら、あのドアのようにスパっとかぼちゃも切れるかしら?)
そんなことを考えながら、ギュッと愛用の包丁を握った瞬間。
包丁が光って見えた。
「え?」
パチパチと瞬きをして、包丁を凝視するカルロッタ。
(まさかね。包丁が光って見えたなんて、そんなことあるわけないわ。目が疲れているのかしら)
目元を指で揉み解すカルロッタは、もう一度包丁を握った。
じっと包丁を見つめていると、今度はブワンと包丁が振動して、光った。
「え、えええ」
思わず手を開いて、包丁を手から離す。
「い、今ピカッと……いやいや、そんな馬鹿なこと……」
震える指先で包丁を拾い上げて、目が乾きそうになるほど包丁の刃先をじっと見つめる。
(落ち着くのよ、私。これはただの包丁よ)
自分に言い聞かせるように息を整えて、ギュッと包丁を握る。
すると、包丁は淡い光を纏っていた。
目をギュッと瞑ってみたり、目を細めて見たりしても、光っている事実は変わらない。
「……やっぱり光って見えるわ」




