7.恋の修羅場は突然
レベッカに連れられてやってきたのは、王城の敷地の中に配置されている騎士団の寮の前だった。石造りの寮は立派な建物で、訓練場からはかすかに剣の音が聞こえていた。
「ジョナスは、本日非番のはずですので、何もなければ昼まで部屋で寝ています」
「関係者じゃなくても、中に入って大丈夫なのかい?」
「問題ありません。兄の忘れ物を届けに何度も出入りしておりますし、部屋に友人を招くのも自由なのです」
「そうかい」
レベッカは腰の剣を確認するかのように指先で撫でて、深く息を吸った。
「それでは参ります」
決戦に向かう戦士のような真剣な表情で、レベッカは勢いよく寮の扉を開けた。
(いやいや、そんな物騒な雰囲気を醸し出す必要はないよ……)
背中で赤い髪を揺らしながら、迷いなく進むレベッカ。
その背中を見てカルロッタは慌ててスカートを押さえながら、後を追った。
迷いなく進むレベッカは、一室の扉の前で停止した。
そしてじっと扉を見つめ、ノックをするために拳を握るレベッカ。
妙な緊張感が漂い、カルロッタが、額の汗を拭った瞬間だ。
中から女性の声が聞こえてきたのは。
扉から離れたところにいるカルロッタにも聞こえているのだから、扉の近くにいるレベッカには当然声が聞こえているはずだ。
レベッカのノックをしようと伸ばした手が空中で止まった。
半歩後ろに下がったレベッカを見て、言葉をかけようとカルロッタがレベッカの背に手を伸ばした時、偶然にも扉が開いた。
「あら? ジョナスにご用事ですか?」
女性は全く悪気もなく、無邪気な笑みを浮かべている。
「誰か来たのか?」
女性の背後から男性の声が聞こえてくる。
(この声の主が、きっとレベッカの彼氏であるジョナスの声だわ)
カルロッタがハラハラしながら状況を見守っていると、女性はレベッカの姿をゆっくりと上から下まで見渡した。
「同僚の方がいらっしゃっているわよ。私はもう行くわね。また夜に」
呆然と目を見開いて瞬きすら忘れたように固まったレベッカ。その隣を女性が通り過ぎていく。レベッカの後ろにいたカルロッタに今気づいたと言うように、女性はカルロッタの姿を見て、瞬きをした。
疑問に思ったのか、女性は一瞬小首を傾げて去って行く。
女性の背中が角を曲がって見えなくなっても、レベッカは呆然と立ち尽くしたままだ。
(恋の修羅場は突然ね。レベッカは大丈夫かしら?)
レベッカがじっと床を見つめている様子をカルロッタはそっと見つめる。
「……レベッカ?」
ゆっくりと顔を上げたレベッカの瞳は揺れている。
「カルロッタさん、今……女性が部屋からでてきて……」
確かめるように今起こったことを呟くレベッカの様子が痛々しくて、カルロッタはそっとレベッカの肩に手を置いた。
その瞬間、扉が再び開いた。
「おい、誰が来て……」
そう言いながら出てきたのは、レベッカの彼氏であるジョナスだった。
驚きで目を見張るジョナスとレベッカの視線が交差する。
(女性が寄ってきそうな色男だわ)
「……レベッカ? なぜここに……」
レベッカは小さく息を吐いて、絞り出すように言った。
「さっきの女性は誰?」
「いや……その、彼女は……」
視線を逸らしたジョナスにレベッカは、震える声で続ける。
「この間、ジョナスが彼女と腕を組んで歩いているのを見たわ」
ジョナスが言葉を失い、沈黙が落ちた。
「言い訳はある?」
「ち、違うんだ。魔が差したというか……なんというか、その、本気じゃないんだ。俺が好きなのはレベ」
ジョナスの言葉が途中で止まる。
レベッカが、腰の剣を抜いたからだ。
(一瞬で、見えなかったわ。本当に剣を抜くなんて……止めなきゃいけないわね。でも、ただの熟女に剣士の剣をとめるなんてできるのかしら)
カルロッタが、どうやってこの場を丸く収めようとか悩んでいる間に、抜いた剣を両手で握り構えるレベッカ。
「覚悟はいい?」
目が座っているレベッカに顔が引きつるジョナス。
「か、か、覚悟って?」
その問いに、レベッカは笑った。
「もちろん。あの世で反省する覚悟よ」
グッとレベッカが剣を握りしめた瞬間だ。カルロッタがレベッカの剣の異変に気づいたのは。
(あら? レベッカの剣が光っているわ)
ジョナスも気づいたのか、剣を見て、目を丸くしている。
「レ、レベッカ、落ち着け。オーラを使うなんて、建物が吹き飛ぶぞ」
「建物ごと吹き飛ばしてやるわ」
レベッカの目は本気だ。
(これは止められないわね。素人が近づいたら危ないわ)
カルロッタが諦めたその時、ジョナスはカルロッタの存在に気づいた。
「た、助けてくれ!」
ジョナスは必死な形相でカルロッタへと手を伸ばした。
(いやいや、私に助けを求められても困るんだけど)
カルロッタはさっと一歩下がって、首を振る。
「私は、剣なんて扱えないわよ。家庭菜園が趣味の非戦闘員なんだから」
「た、助けてくれ。このままじゃ、俺は殺される」
レベッカの剣先はジョナスから離れることはない。
「殺されるようなことをした自覚があるようね。一瞬であの世に送ってあげるわ」
静かにそう呟いたレベッカの低い声が、本気を感じさせる。
(レベッカは怒り心頭ね。まあ、気持ちはわかるけれど)
剣の光が一層大きくなり、空気がピリピリと震えている。
レベッカが、剣を横に一振り。
たったそれだけの動作で、木製の扉がスパンと豆腐を切るように切れた。
(本当にジョナスをあの世に送る気だわ)
目を丸くして驚くカルロッタと扉を見て腰を抜かしているジョナス。




