5.よく頑張った
カルロッタの住む家は街の外れにある、小さなログハウスだ。
カルロッタの夫が生きていた頃に購入した家は、子供達が出て行った後に一人で住むには少し広いほどだ。カルロッタの夫は、子供が小さい頃に魔物に襲われて亡くなってしまった。愛着も思い出もある家をカルロッタは気に入っている。
「ここで大丈夫だよ、ありがとうね」
公爵家の御者に声をかければ、小さく会釈して御者の男性は帰っていく。
カルロッタが家に帰ると、外には干したままの洗濯物がぱたぱたと音を立てて揺れていた。室内は出かけた時のままの状態で、キッチンのお鍋の中にはスープが残っているし、夜に食べようと思っていたパンは乾燥してカチカチになっていた。
食品を保管している棚には食べ物がなく、カルロッタはポンと手を叩いた。
「そうだわ、お買い物に行かなくちゃ」
買い物に行く途中で事故に巻き込まれたから、家に食材がなかった。
買い物をして、掃除や料理をして、カルロッタの日常が戻ってきた。
庭の小さな畑の手入れをするのがカルロッタの楽しみの一つで、毎日はあっという間に過ぎていく。
顔の傷がなければ、公爵邸に行ったことが夢だったと言われてもおかしくないほど、カルロッタの日常に変化はなかった。
カルロッタの頬の傷が薄くなってきた頃。
(あれから、一週間。今日はエレナのお茶会の日だわ)
カルロッタは窓辺にあるお気に入りの椅子に座りお茶を飲む。エレナが心配になり、王城がある方角につい視線を向けてしまう。
「また、いじめられていないといいのだけれど」
その日はなんとなく落ち着かなくて、畑の手入れをしながら何度も王城の方角を見てはエレナのことを考えていた。
(まあ、でも心配したって、なるようにしかならないわね)
その翌日のこと。
カルロッタの家のドアがノックされた。
(誰かしら?)
暖炉の前のソファに腰かけていたカルロッタは立ち上がる。
「カルロッタさん、いらっしゃいますか?」
扉の向こうから聞こえてくる声は、鈴が転がるような可愛い声で、カルロッタはすぐに誰が来たのか分かった。
扉を開けるとそこにいたのは想像通りの人物だ。
「いらっしゃい、エレナ」
エレナは両手でスカートの裾をつまみ、一礼した。
「カルロッタさん、こんにちは」
「まあまあ、どうしたんだい? わざわざ家まで来るなんて」
カルロッタの問いに、エレナは頬を上気させて花が咲くように笑った。
「どうしてもカルロッタさんにお話したくて、来てしまいました」
「あらあら、それは嬉しいわね。中にお入り」
カルロッタがエレナを部屋の中に招き入れる。エレナと一緒に来た侍女や護衛の騎士は外で待機するようだ。公爵邸で見た顔もいることに気づいたカルロッタは一声かける。
「あなたたちもせっかく来たんだ。お庭の椅子に座って休憩してちょうだいね」
玄関の扉を閉めて、中に入ると、エレナは瞳を輝かせて室内をキョロキョロと見渡していた。
「素敵なお家ですわね」
「古い家だけれどね、気に入っているんだよ」
カルロッタは笑いながら、お茶の用意を始めた。
「木の香りも落ち着きますし、このクッションカバーも可愛らしくて、わたくしカルロッタさんのお家が素敵で、大好きです」
「フフフ、ありがとうね。ほら、そこに座って」
窓辺の椅子に腰かけたエレナの前にそっとお茶を置けば、お茶を嬉しそうに両手で持って一口飲み込んだ。カルロッタはポットから自分のカップにもお茶を注ぎ、エレナの正面に腰かけた。
「それで、エレナの話って言うのは……茶会のことかい?」
「はい! カルロッタさんにどうしてもお礼が言いたくて参りました」
「お礼?」
「わたくし、カルロッタさんに言われた言葉を思い出して、過ごすことができました」
エレナは胸に手を当て、ゆっくりと思い出しながら話し出した。
エレナが招待されたお茶会は、王妃様主催と言うこともあり参加人数も多く、華やかだった。前回のお茶会でエレナをのけ者にした伯爵夫人とその取り巻きの姿を見つけて、エレナの胸は緊張で締めつけられた。でも、その時、カルロッタの言葉を思い出した。
”笑顔は最強の武器”
背筋を伸ばして、前を向いて、口角を上げる。
エレナに気づいた人々の視線が集まり、ひそひそと話す声が聞こえてくる。その声は良い物ばかりではなかったけれど、エレナは柔らかく微笑んだ。
エレナの視界の端で伯爵夫人が驚きで目を見張り、それから冷たい視線を向ける様子を確認したが、笑みは崩さなかった。
そんなエレナの元へ伯爵夫人が近づいてくる。取り巻きの令嬢たちも、伯爵夫人の後ろを陣取っているのがわかり、エレナの喉が無意識に上下する。
「ごきげんよう」
「……あなた、なぜここにきたの?」
腕を組み、エレナに軽蔑の眼差しを向ける伯爵夫人に、エレナは背筋を伸ばしたまま、ゆったりと落ち着いた声で答える。
「招待状をいただきましたので」
「フン。まだご自分のいる場所が場違いだとわからないのかしら? 本日もあなたのお席はないのではなくて?」
扇子で顔を隠しながらも悪意のある笑い声がその場に響いている。周囲には遠巻きにこちらを気にしている令嬢はいてもエレナの味方になってくれる人はおらず、エレナは視線を落としそうになった。
けれど、不意にカルロッタの『私はいつだってエレナの味方だよ』という言葉が頭を過った。
味方がいるという事実とロイドに愛されているという自信が、エレナの心を強くして、俯きそうになった顔を上げた。
”笑顔は自分自身を強くする最強の武器”
カルロッタがいい笑顔だと褒めてくれた、
大輪の花が咲いたような明るい笑顔でエレナは微笑んだ。
「……つ」
エレナの笑顔に圧倒されて息を吞んだ伯爵夫人を前に、エレナは言った。
「場違いがどうかは、わたくしではなく、王妃様がお決めになることです」
カッとなった伯爵夫人が、言い返すより早くその場に澄んだ声が響いた。
「その通りよ」
人々が一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、優雅なドレスを着た王妃だった。場の空気を一瞬で支配する王妃の登場に、人々が深く礼をする。
エレナも、スカートの裾をつまみ頭を下げた。
王妃がエレナの前に歩み寄る。
「ようこそ、いらしたわね。公爵夫人とお会いできるのを楽しみにしていたのよ」
「わたくしに、でございますか?」
エレナは驚いて目を丸くした。
「ええ、公爵があなたを大事にしすぎてなかなか会わせてくれないのよ。だからこうしてお茶会を開いたのよ。ウフフ。ようやく会えたわ」
王妃とエレナの会話を聞いている周囲の令嬢たちは息を呑んだ。そして、伯爵夫人の表情はみるみるうちに引きつっていった。
「さあ、わたくしのお隣に座ってくださる?」
「は、はい。喜んで」
「エレナと呼んでもいいかしら?」
「もちろんでございます」
エレナは王妃に連れられて歩き出したが、前を歩いていた王妃が立ち止まり、エレナも足を止めた。
振り返った王妃の視線は伯爵夫人へと向かっていた。
「この場にふさわしくないのは伯爵夫人、あなたですわよ」
「お、王妃様、誤解でございます」
大きく首を振り、懸命に訴える伯爵夫人に王妃は、目を細めた。
「わたくしは、あなたがエレナにしたことを把握しています。本日、席がないのはあなたです。お帰りなさい」
きっぱりとそう言った王妃の言葉に、伯爵夫人は崩れ落ち、扇子を握る手が震えていた。
お茶会の日を思い出しながら、エレナはカルロッタに詳細を話していく。
絶妙なタイミングで相槌をうちながら、笑顔で話を聞くカルロッタにエレナはいつの間にか身を乗り出して話をしていた。
「うんうん、よく頑張ったじゃないか。エレナは強い子だよ」
「はい、わたくし頑張りました」
カルロッタのふわふわの手で頭を撫でられたエレナは、本当に嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「うん、いい笑顔だね」
「ウフフ、わたくしカルロッタさんに出会えてよかったです」
家の中には、二人の幸せそうな笑い声が響いていた。




