14.優しさは巡って
オーブンの中のかぼちゃケーキを覗き込み、焼き加減を調整していると、外から馬車の止まる音が聞こえてきた。
(来たようだね)
玄関の扉を開けると、そこにはサラが立っていた。背筋を伸ばして、きちんとした姿勢で頭を下げる。
「カルロッタ様、お約束の時間に伺いました」
「いらっしゃい。もう少しで焼きあがるところなの。あがってちょうだい」
「はい。それでは失礼します」
室内に入ったサラは、自分の手をギュッと握りしめて玄関の前に立っている。
「さあさあ、そこに座ってちょうだい」
「え? でも……メイドが椅子に座るなんて」
驚いた様子のサラはとんでもないと言わんばかりに小さく首を振っていた。
「待っている間に一緒にお茶でも飲みましょう」
「いえ、ご主人様と一緒にお茶なんて」
「なーに言っているんだい。私はご主人様でもなんでもない、ただのおばさんだよ」
ぽかんとしたサラの背をカルロッタが優しく押して、椅子まで誘導する。
「さあ、座っておくれよ」
「え、あ……本当に座ってよろしいのですか?」
「もちろんだよ」
「失礼します」
椅子の端にちょこんとお尻を乗せたサラが落ち着かない様子で、カルロッタは内心で首を傾げた。
(居心地が悪いのかしら? なんだかリラックスしてないわね。こういう時はお茶でも飲んでリラックスよ)
カルロッタがお茶の用意をしている間も、サラは居心地が悪そうに身じろぎしていた。
「サラちゃん、お茶をどうぞ」
サラは目の前に置かれたカップをじっと見つめて、恐る恐る手に取った。両手でそっとカップを手に持ち、唇を近づける。
「……あ、温かい」
少し肩の力が抜けたサラの前に、カルロッタは微笑みながら小皿を置いた。
「お茶菓子だよ、よかったらどうぞ」
お皿の上に乗っているのはかぼちゃの余りで作った、ちょこんと可愛いかぼちゃの茶巾だ。サラは目を丸くして、慌てて姿勢を正した。
「い、いえ、そんな、いただけません」
「遠慮せずに、食べたかったら食べてね。しっとりと甘くて美味しいわよ」
そう言って軽く笑うと、サラは迷うように視線を揺らしていた。
(サラちゃんは遠慮深い子だね。なんだかこちらの顔色を伺っているようだし、戸惑いが強いのかしら?)
カルロッタがサラのことを気にかけているのがわかったのか、サラは戸惑いながらもお茶菓子に手を伸ばした。
「あ……美味しいです」
「それは良かったよ」
サラは小さな口をモグモグと動かして、黙々と食べ進めていく。
(気に入ってくれたみたいね。それにしても小さな口を一生懸命動かしてリスみたいで可愛いわ)
サラが食べる様子をニコニコと嬉しそうに見守るカルロッタ。
かぼちゃの甘い匂いと、美味しいお茶。暖かな部屋は心地よく、ホッとする空気にサラの表情は柔らかなくなっていった。
一口ずつ嚙みしめるように食べたサラは最後の一口を食べ終わるとフォークを皿の上に置いて、カルロッタと視線を合わせた。
「……聞いてもいいですか?」
「うん? なんだい?」
大きな瞳でじっとカルロッタを見つめるサラに、カルロッタは首を傾げる。
「……カルロッタ様は……、……その……」
「うん?」
(何かしら? こんなにためらって、余程言いにくいことなのかしら?)
「なぜ……」
「なぜ?」
思わず前のめりになって続きが気になるカルロッタに、サラは小さい声で呟いた。
「そんなに優しいのですか?」
驚くほど真剣な表情のサラを前に、カルロッタは人差し指で頬をかいた。
「……私が優しい?」
「はい。カルロッタ様はとても優しいです」
「そうかしら?」
(おせっかいのおばさんであると自覚はしているけれど、優しさてんこ盛りかと言われたらそうでもないわ。サラちゃん私のどこを見て優しいなんて言っているのかしら?)
「はい! 今日もお部屋に入れてくれて、椅子に座って、お茶やお菓子まで下さいました」
「それは、特別に優しいわけじゃないわ」
「いいえ、私こんなに優しくされたのは人生で初めてです。なぜ私なんかに優しくしてくれるのですか?」
驚いたカルロッタの持っていたカップがかすかにゆれた。
(こんなに優しくって……大した事していないのにこの子は今までどんな風に生きてきたのかしら?)
カルロッタからすれば、特に優しくした覚えはないのだけれど、サラは優しさを感じたようだ。気になることが多々あるけれど、じっと見つめる瞳を受けて今は疑問に答えることにした。
「そうね、強いて言えば……人に優しくするのは自分を大切にするのと同じことだと思うわ」
「……自分を大切に」
「そう。優しさは巡って必ず自分に返ってくるの」
カルロッタにっこりと笑ってそう言うと、サラは大きな瞳を丸くしてきょとんとしている。驚きと戸惑いが入り混じったその表情をカルロッタは静かに見守った。
「……優しさが……巡って……返ってくる?」
カルロッタはそっとカップを置いて、小さく頷いた。
「誰かを大切にする気持ちは、巡り巡って自分を救ってくれるのよ」
「本当にそうなるのでしょうか?」
「……そう言われると証明できるものじゃないけれど……、でも、少なくとも、誰かに優しくできた自分を好きになれると思うの。だから人のためにやっていることでも、自分のためになっているのよ」
明るくそう言ったカルロッタの言葉に、サラはしばらく黙ったまま下を向いていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「私は……、優しくされたことがほとんどなくて……そんなふうに考えたこと、ありませんでした」
カルロッタは、サラの言葉に胸がきゅっと締めつけられるのを感じて瞳が潤んだ。
「サラちゃん」
名前を呼ぶと、サラはびくりと肩を揺らす。そしてカルロッタの瞳に光るものがあることに気づいてサラは驚きに目を見張った。
「フフフ、ごめんなさいね。歳をとると涙もろくなっちゃって」
「……私が泣かせてしまったのなら、すみません」
「違うわよ。サラちゃんの言葉が胸に染みただけよ。うちの子たちもサラちゃんと同じぐらいの歳の子だからね」
「お子さん?」
「そう。もう、みんなそれぞれ自立してこの家にはいないけどね」
カルロッタは今世では男の子三人を育て上げたのだ。今はもうそれぞれ仕事を見つけて、自立している。自分の子供と同じぐらいの歳の子が優しさを知らずに育ったと考えただけで涙が出たのだった。
「私は……親の顔を知りません」
「……そうなのかい」
それからサラは物心ついた時には孤児院にいたことを打ち明けてくれた。孤児院では仕事が多く、食べ物は少なく、誰かに甘えられる環境ではなかったそうだ。
「たくさん頑張ったんだね」
「……わかりません。ただ、生きるのに必死で」
「よく頑張ったわね」
ふわりと笑うカルロッタに、サラはびくりと肩を揺らして大きな瞳でカルロッタを見つめた。
「……カルロッタ様とお話をすると、不思議です」
「不思議って何がだい?」
「気づいたら、自分のことを話して……聞いてもらいたくなって……自分でもびっくりしました。私……変です」
サラは首を傾げながら俯いてしまった。
カルロッタは声に立てずに静かに笑みをこぼす。
「サラちゃんは変じゃないよ。人はね、本来誰もが自分のことを認めてほしいし、自分のことをわかってほしいと思っているから、自分の話を聞いてほしいと思うことは普通のことだよ」
サラの小さな不安は、カルロッタの言葉で打ち消されていく。
「さあ、そろそろケーキが焼けたわ」
立ち上がりキッチンに歩いていったカルロッタは、オーブンからケーキを取り出した。そして、キッチンの戸棚を開ける。
「あらやだ、何を取ろうと思って戸棚を開けたのかしら?」
脳内を探るように数秒悩んだカルロッタだが、ど忘れしてしまった。
「まあ、いいわ。いい運動になったってことで」
パタンと再び戸棚を閉めたカルロッタは朗らかに笑った。
物忘れさえもポジティブにとらえて、明るいカルロッタにサラの顔にもほんのりと笑みが浮かんだ。
「カルロッタさんといると元気になるの……なんでか、わかった気がします」
「そうかい? 少しでも元気になったのなら嬉しいよ」
焼きあがったかぼちゃケーキが入った籠を大事に抱えたサラを、玄関で見送る。
「カルロッタ様……ありがとうございました」
「またいつでも遊びにおいでね」
「はい、また伺いたいです」
サラのその声は、今までで一番柔らかかった。
カルロッタに背を向けたサラの笑みは、嬉しさを隠し切れない子供のようだった。




