13.お願い
翌日、畑仕事に精を出すカルロッタは、作業するためにしゃがんでいた体勢から立ち上がる。
「うーーーん、夢中になりすぎたわ。腰が痛いわね」
両手を大きく伸ばした後、腰をトントンと叩いて顔を上にあげた。太陽の眩しさに目を細める。
(今日もいい天気。気分も晴れやかだわ)
カルロッタが水やりをした野菜たちが、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。濡れた葉をそっと指でつついた時、ふっと聞こえてきた音に振り向いた。
音の正体はカルロッタの家に近づいてくる馬車の音だった。
(あら? あれは公爵家の馬車じゃないかしら?)
前後にいる護衛の騎士達も御者の男性も公爵家で見た顔だ。馬車は徐々にスピードを落とし、カルロッタの家のまで停止した。
馬車の扉が開いて、まず出てきたのは公爵家の小柄なメイドだった。
メイドはカルロッタに会釈をすると、外に出て扉を押さえた。
メイドの手を取り、姿を現したのはエレナだ。
「カルロッタさん、お久しぶりです」
満面の笑みのエレナはカルロッタとハグを交わす。
「いらっしゃい、エレナ」
「突然、すみません。今日はカルロッタさんにお願いがありまして」
「お願いって、どうしたんだい?」
(エレナの表情を見る限りでは、悪い話ではなそうだね)
「良かったら、中で話さないかい?」
「はい。おじゃまします」
カルロッタはエレナを家へと招き入れる。
最初に来た日と同様、メイドや護衛の騎士は外で待機するようだ。
「そういえば今日はレベッカが一緒じゃないんだね?」
「はい。レベッカはオーラの訓練がありますから、そちらを優先するように言っているんです」
「そうなのかい」
エレナは最初に来た日と変わらず、瞳を輝かせて室内を見渡していた。
「わたくし、やっぱり、カルロッタさんのお家が大好きです。ウフフ」
「嬉しいこと言ってくれるね。ほら、そこに座って。お茶淹れるわね」
窓辺の椅子に腰かけたエレナは、カルロッタがお湯を沸かす間、テーブルの上の手作りのコースターを手にとり口元を緩ませていた。
「それで、お願いってのはなんだい?」
「実は、カルロッタさんのかぼちゃケーキの味が忘れられなくて」
「かぼちゃケーキ……この間のかい?」
「はい! 私、あんなに美味しいかぼちゃケーキは初めて食べました。しっとりして、甘すぎず、最高に美味しくて」
エレナはかぼちゃケーキを思い出したのか、顔の前で手を組んでうっとりとした表情を浮かべていた。
「ただのかぼちゃケーキだよ?」
カルロッタが照れ隠しのように笑いながらそう言うと、エレナはぶんぶんと首を横に振った。
「ただの、なんて!……あんなに美味しいかぼちゃケーキはありません!」
(こんなに力説して、余程気に入ってくれたんだね)
「そうかい?」
「はい! 食欲がない時でもカルロッタさんのかぼちゃケーキなら食べたいと思う程です」
手のひらを頬に当てて、嬉しそうに笑うエレナに、カルロッタは湯気の立つポットを持ちながら頬を緩ませる。
「かぼちゃケーキでよければ作るわよ」
「本当ですか!」
エレナはパッと明るい笑顔になり、嬉しさが弾けている。
カルロッタはその素直な反応に、思わず笑ってしまう。
「ただね、この間のかぼちゃが、畑にある最後の一つだったんだよ。もう市場にもあまり出回っていないし、かぼちゃを手に入れるのが難しいのよ」
カルロッタは、窓の外の畑に視線を向けた。いろんな野菜を作っているけれど、かぼちゃはちょうど取り終わってしまったのだ。
「ちょっと待っていてくださいね」
エレナは、そう言い残して扉を開けて出て行った。
お茶をすすりながら、窓の外をみれば、エレナがメイドと話をしている姿が見える。
(急にどうしたのかしら?)
カルロッタが首を傾げていると、玄関の扉が開いた。
メイドが大きな包みを持って室内に入ってきた。
「実は、かぼちゃを持ってまいりました」
エレナの言葉を受けてメイドが包みを開ける。大きな包みの中には、立派なかぼちゃが用意されていた。そしてもう一つの包みの中には卵や牛乳、砂糖などの材料も入っていた。
「まあ、これは、いいかぼちゃだね」
「公爵家の料理長に聞いたら、貯蔵庫で保管しているかぼちゃがたくさんあると言っていたので、一つ持ってきました。ついでに材料も」
カルロッタは包みの中のかぼちゃを手に取り、重さを確かめるように軽く持ち上げた。
「ずっしりとしていて、皮の色もいいわね。これならケーキが作れそうだよ」
「本当ですか! よかった。実は家の料理人にも作ってもらったのですが、カルロッタさんのかぼちゃケーキが私は好きです」
エレナはパッと顔を明るくして、嬉しそうに微笑んだ。
「そんなに嬉しいかい?」
「嬉しいに決まっています! カルロッタさんのかぼちゃケーキがまた食べられるんですもの」
「わかったよ。……そうだね、明日の午後には焼きあげるよ」
「いいのですか?」
「出来上がったら届ければいいかい?」
カルロッタの言葉にエレナは首を振る。
「そんな、作っていただくだけでも大変なのに、届けるなんて……こちらから取りに行きます」
エレナがそう言った後、その場にいた小柄なメイドがそっと手を上げた。
「私で良ければ取りに伺います」
「サラ、お願いしていい?」
サラと呼ばれた公爵家のメイドは、大きく頷いた。
カルロッタは、サラが公爵家に泊った日にお茶を淹れてくれて、自分の世話をしてくれたことを思い出した。サラは、大きな瞳が特徴的なよく働く娘で印象に残っていた。
「サラちゃん、それじゃあ、明日午後に頼んでいいかい?」
「はい!」
話がまとまり、カルロッタはほっと息をついた。
「それじゃあ、明日午後には焼き上げておくよ」
サラは背筋を伸ばして、丁寧に頭を下げる。そしてエレナは胸の前で手を重ねて、嬉しさを隠しきれず口元をふわりと緩ませた。
「わたくし、明日が楽しみで仕方ありません」
「そんなに喜んでもらえるなら作り甲斐があるよ」
翌朝。
カルロッタは、包丁を握りしめてかぼちゃの前に立っていた。
(オーラで切ったらすぐなのよね)
カルロッタが包丁を握りしめると、包丁が淡い光を帯びていく。
そっとかぼちゃに刃先を乗せると、吸い込まれるように刃が入っていく。
「やっぱり綺麗な断面だわ」
切ったかぼちゃを大きな鍋に入れて、蒸していく。
しばらくすると、鍋がぐつぐつと音を立てた。
カルロッタが鍋の蓋を少しだけ持ち上げると、湯気が立ちのぼる。かぼちゃの甘い香りが部屋いっぱいに広がった。
「うん、いい匂いだわ」
しばらく蒸した後、木べらでそっと押すと、柔らかなかぼちゃの形が崩れた。カルロッタは袖をまくり、手際よく卵や砂糖を並べていく。
蒸しあがったほくほくのかぼちゃに、ふぅと息を吹きかけてから、一口味見をした。
「……あちっ、でも……これは、いい味だわ」
長年作り続けたこのケーキは、その時にかぼちゃの甘さや水分量を見て、目分量で調味料を入れる。長年の勘で、ちょうどいい甘さ、硬さになるように調整していく。木べらで生地を混ぜながら、脳裏には喜ぶエレナの顔が浮かんでいた。
「うん、こんなもんね。さあ、焼いていくわよ」
誰かを想って作る料理は楽しいのだ。
生地を型に流し込みながら、カルロッタはふっと微笑んだ。




