桜の鉄十字 ― 三島計画秘史** 昭和末期、国会図書館の封印資料が解除されたことをきっかけに、若き歴史研究者・蒼井は、三島由紀夫が率いた「盾の会」にまつわる極秘文書《桜機関記録》を発見する
あらすじ
桜の鉄十字 ― 三島計画秘史**
昭和末期、国会図書館の封印資料が解除されたことをきっかけに、若き歴史研究者・蒼井は、三島由紀夫が率いた「盾の会」にまつわる極秘文書《桜機関記録》を発見する。そこには、公には「自衛隊への民間協力組織」とされていた盾の会が、実際には“日本的ファシズム国家”の再構築をめざす思想的集団として運用されていたことが記されていた。
三島は、戦後民主主義によって「日本精神が死につつある」と確信し、それを恢復させるために、ナチスの組織原理を日本の歴史・神話・武士道と接続させた新型の統制国家を構想していた。
その国家像は、ヒトラーの如き独裁者を頂点とするものではなく、“天皇を精神的象徴とする美と武の国家”――すなわち武士道を近代的組織に翻案した“日本型指導者原理”であった。
三島は密かに《桜機関》と呼ばれる思想局を盾の会内部に設置し、青年たちに徹底した精神修養・身体鍛錬・古典学習を施していく。彼らは「美しい国家」を再構成する未来の官僚・軍人・文化指導者と想定され、長期的には行政官庁に“武士道派”を浸透させる《白百合作戦》が企図されていた。
さらに三島は、メディアと文化界を再掌握する《大和プロパガンダ網》を構想し、大衆に“理想の日本人像”を浸透させようとする。テレビ局・出版社に送り込まれた支援者たちは、文化運動を装った宣伝を展開し、戦後的価値観に揺らぎを与え始める。
だが、盾の会内部では理想主義的な三島と、即時の革命を求める過激派青年たちの溝が広がっていく。三島は暴力革命を否定し、“象徴的行動による国家覚醒”こそ唯一の道だと考えていた。一方、一部の青年は「国家再生には力が必要だ」と主張し、計画の統制は揺らぎはじめる。
最終局面で三島が選んだのは、国家の精神へ衝撃を与えるための“自己犠牲”だった。
1970年11月25日、市ヶ谷の自衛隊駐屯地での演説は失敗し、計画は未完のまま終わる。だが三島とともに書かれた《楯の書》――国家改造の青写真は残され、青年たちはその理念を胸に散り散りとなる。
時は流れ平成・令和へ。蒼井は《桜機関記録》と生存メンバーの証言を辿り、三島の本質に近づいていく。
それは「権力への野望」ではなく、「失われゆく美しい日本」への狂おしいまでの執念であり、同時に、理想が暴走しうる危険そのものでもあった。
最終的に蒼井は、三島の国家改造計画が
“実現してはいけないほど魅力的で、否定しきれないほど危険な理想”
であったことを理解する。
桜は散った。しかしその散り際の閃光は、日本の歴史の片隅でひそかに燃え続けている――。
第一章 盾の会結成と“思想実験”
一九六八年の夏、東京の空には異様な湿気と熱がまとわりついていた。街はオリンピックの残り香を微かに背負いながらも、政治の混乱と学生運動の高まりによってざわついていた―その空気のざらつきは、戦後日本が抱え込んだ“精神の空洞”を象徴しているかのようだった。
三島由紀夫は、その空洞を誰よりも鋭く感じ取っていた。彼は単なる作家ではなく、“国家”という巨大な生命体の呼吸音に耳をすませる思想家でもあった。彼の目には、日本は繁栄の仮面を被りながら、内側でゆっくりと腐り始めているように映っていた。豊かさの代償に失われたもの――羞恥、誇り、自己犠牲、美意識。かつて日本人を支えていた武士道精神は、戦後の民主主義と消費文明の奔流の中に溶け、薄まり、ついには見えなくなってしまった。
三島が“文化の死”と呼んだのは、まさにこの精神の鈍磨であった。
その頃、彼はすでに「英霊の声を聞く」ような強烈な感覚に取りつかれていた。靖国神社に足を運ぶたび、黒々とした静寂の裏側から、戦後日本への怒号がこだましていると感じた。国家とは単なる政治体制ではない。“美の体系”であり、“精神の構造”である。だが日本は、その両方を捨てようとしていた。
そんな危機感の中、三島が次に選んだのは文学ではなかった。
青年を育てること――そして国家の精神を改造することだった。
盾の会の発足は、世間には「自衛隊協力の民間団体」程度に見せかけられた。しかし実態は違う。三島の心にはすでにある構想が生まれつつあった。
――ナチスの組織原理、あれを日本的に作り変えることはできないか。
――ヒトラーのような独裁ではなく、天皇を精神の中心とする“美の国家”は実現できないか。
戦後日本社会にその発想は危険すぎた。しかし三島にとっては、危険であるがゆえに魅力的だった。西洋近代の組織力と、東洋的精神の統一。彼はそこに、現代日本が見失った“純粋なる国家”の姿を見るようになった。
ヒトラー・ユーゲントの規律性、親衛隊の美学的軍事精神、そして国民共同体の原理。それらをそのまま模倣するのではない。三島はそれらを“日本語に訳す”という思想実験に取りかかったのである。
それは単なる軍事ゴッコではない。
国家改造のための“精神設計図の研究”だった。
選抜された青年たちは、最初から普通ではなかった。
大学生、高校生、自衛官の志望者…、彼らは皆、戦後社会の空虚さに直感的な嫌悪を抱いていた。彼らは三島の文学作品に、あるいは講演の端々に、現代では忘れられた“生命の密度”を感じ取り、次第にその魅力に吸い寄せられていった。
三島は彼らを「私の青年」と呼んだが、それは文学的な情緒ではない。
彼にとって彼らは、
戦後国家の虚無を超えるための“実験材料”であり、
未来に芽吹く“国家の器”だった。
訓練は厳格だったが、暴力的ではなかった。
精神修養は禅の呼吸法から始まり、古典の音読、腹式発声、夜明け前の体操、隊列行進、剣道と柔術の組み合わせ訓練、そして三島自身が行う講義――そこでは武士道、天皇観、国家の美学、さらには西洋思想までが縦横に語られた。
「君たちは、戦後社会に殺された“日本の魂”を取り戻すための器だ」と三島は言った。
青年たちは陶酔した。
戦後社会が与えてくれなかった、“生きる意味”を与えられたように思えたのだ。
三島は訓練の場を、慎重に、しかし大胆に組織化していった。
そこにはナチスが実践した“身体教育と精神教育の統合”が反映されていた。青年たちは体力を鍛えながら、同時に思想の骨格を埋め込まれていった。体を極限に追い込み、精神の芯を固めることで、戦後民主主義の個人主義では育たない“国家的人間”へと変貌させる。
ある夜、三島は最も信頼する側近・結城に言った。
「私は国家を外側から批判する段階は終えた。
これからは、国家の“内側を造り替える”段階に入る。」
結城はその言葉の重みに震えた。
三島が単なる思想家ではなく、行動する改革者へ変わる決意を示した瞬間だった。
だが、盾の会の核心は、世間に見せる訓練や活動ではなかった。
三島はその裏側に、もう一つの組織を組み込んでいた。
――思想局《桜機関》の胎動である。
選抜された少数の青年だけが教えられた特殊講義では、三島はナチスの組織構造を解剖し、日本に移植するための条件を議論した。
・富国強兵ではなく「富国美兵」
・独裁ではなく「神聖象徴の下に整合する指導者原理」
・国民共同体ではなく「武士道共同体」
・人種主義ではなく「文化美学の基準による選抜」
大胆で、危険で、しかし極めて論理的でもあった。
青年たちは、自分たちが何か“巨大な計画”の基礎石に選ばれたことを悟り始めた。
それは恐怖ではなく誇りとして受け止められた。
その頃の三島の手記には、こう記されている。
「精神の退廃した国家は滅びる。
美と武の調和を失った民族は、魂を失った人体のように朽ちる。
青年とは、国家再生の可能性そのものだ。」
盾の会は、外側から見ればただの青年団。
だが内実は――
戦後日本を“精神的に改造する”ための実験場だった。
そして三島は密かに確信し始めていた。
「この青年たちこそ、日本の未来を変える力を秘めている」と。
訓練が始まって半年が経った頃、青年たちの身体は露骨に変わっていた。
筋肉の量ではなく、佇まいそのものが変わったのだ。
姿勢の重心が整い、歩けば静かで、話すときは相手の目を見る。呼吸は深く腹に落ち、声は不思議と柔らかい。
外面的な強さよりも、“精神の透明度”とも呼ぶべき気配が高まっていた。
三島はそれを密かに満足げに見ていた。
青年たちの変化は、単なる鍛錬の成果ではない。
思想という“見えない筋肉”が育っていった結果である。
訓練の合間、青年たちは三島邸の一室――書庫兼講義室として解放された部屋で、哲学・政治学・古典・歴史を学んだ。
壁には漢籍、国学の原典、ギリシャ悲劇、ロマン主義文学、ナチス政権の構造分析書までが並び、三島の思想的欲望がそのまま棚の形をとったような空間だった。
「君たちが読むべき本は、この部屋の本棚の中にすべてある。
国家を変えたいのなら、まず自分の精神を変えねばならない。」
青年たちの目に、三島は次第に“教師”ではなく、“思想の鍛冶師”として映りはじめていた。
しかし、盾の会の活動が順風満帆であったわけではない。
訓練は過酷だったが、それ以上に青年たちの心を揺さぶったのは、三島の“思想の重たさ”だった。
彼の講義は常に、現代日本への怒りと痛烈な批判を伴っていた。
「民主主義は罪ではない。
だが、民主主義の名の下に“美”を捨て、“国家”を捨て、
ただ食べて眠って消費して生きるだけの人間を量産している。」
「日本は繁栄の中で魂を失った。
君たちはその魂を取り戻すための実験である。」
三島の言葉は青年たちの胸を貫き、同時に迷いも生んだ。
なぜ自分たちが国家の“魂の再生”を担わねばならないのか?
そもそも国家とは何か?
その疑問と熱狂の狭間で、青年たちの精神は揺れ続けた。
だが、その揺れこそ“三島の思想実験”の核心でもあった。
ある日、特別訓練が行われた。
夜明け前、三島は数名の青年を車に乗せ、千葉県の海岸沿いへ向かった。
冬の海風は鋭く、湿った砂は足を沈ませた。
海の向こうから昇り始める太陽を見つめながら、三島は語った。
「君たちは何を捨てられる?」
青年たちは沈黙した。
「家族か? 学業か?
友人か? 恋人か?
自分の将来か?
それとも――命か?」
風の音が凍りついた砂浜を走り抜けた。
青年たちの表情は強張り、息を呑んだ。
「国家に殉じるという言葉を君たちは軽く考えている。
だがそれは、生き方そのものを国家のために差し出すことだ。」
三島は海を指差した。
「海は日本の境界であり、日本の始まりだ。
君たちの魂もまた、ここで洗い直さるべきだ。」
その言葉に、青年たちの胸には言葉にならぬ震えが走った。
理屈ではない、より根源的な“日本的感情”が揺さぶられた。
この瞬間、盾の会は“訓練団体”ではなく、
思想共同体へと変貌し始めた。
一方、三島の構想はさらに深まっていった。
ナチスの組織原理のどこに“日本化の可能性”があるのか。
彼が最も着目したのは、教育と美学だった。
ナチスは軍事組織である以前に、“美の幻想”を国家に付与する機構だった。
プロパガンダ、美術、舞台、儀式、祝典。
それらは国民の視覚に“統一された美”を植えつけ、
やがてそれが思想や忠誠心に変換されていった。
「国家が育つのは、まず美の統一からだ。」
「政治は後からついてくる。」
こうした三島の考えに、青年たちは半ば陶酔し、半ば恐怖した。
盾の会の訓練は、次第に“儀式性”を帯び始める。
夜間行軍の前後には短い黙想が挟まれ、
剣道の稽古は古武術の所作を取り入れ、
部隊行進には独自のリズムと掛け声が与えられた。
その全てが、青年たちの身体に“観念化された日本”を刻み込むための装置だった。
最も大きな変化は、三島が導入した“宣誓の儀”である。
月に一度、青年たちは白い鉢巻を締め、
天皇の御真影が掲げられた部屋で、手拭いを胸に当てて宣誓を行った。
「我々は、国家の美のために生きる。」
「我々は、己の弱さを捨て、武士の気概を取り戻す。」
その声が揃うたび、三島は静かに目を閉じた。
彼の中では、国家改造の設計図が次の段階へ進み始めていた。
そんなある夜、三島邸の書斎で極秘会議が開かれた。
集められたのは、信頼する数名の青年と、思想的に成熟した側近たち。
三島は机に広げられた資料を指し示した。
「この国には革命は似合わない。
日本には“急激な変化”を受け入れる文化がない。
ゆえに、我々の道はナチスとは異なる。
暴力ではなく、“浸透”で国家を改造する。」
三島は資料をめくった。
そこには官庁の組織図、メディア各社の派閥、大学教授の思想系譜などが緻密に分類されていた。
「知識人、官僚、軍事関係者、そして文化人。
この四層への“思想浸透”こそが計画の中核だ。」
青年の一人が震える声で問いかけた。
「まさか…盾の会は、そのための――」
「そうだ。」
三島は静かに言った。
「君たちはその第一陣であり、未来の“日本型ファシズム”の核となる。」
部屋の空気が震えた。
誰もが理解した。
自分たちは偶然集められたのではない。
国家の未来を背負う“器”として選ばれたのだ。
その後の訓練は、次第に“思想の濃度”を増していく。
青年たちは古武道の鍛錬とともに、古典読解、国学講義、欧州ファシズム研究を重ね、夜遅くまで議論を続けた。
議題はいつも危険で、魅力的だった。
・国家は美を持てるのか
・個人の自由はどこまで許容されるべきか
・戦後民主主義は国家の魂を殺したのか
・日本人の“精神の型”とは何か
・暴力なき国家改革は可能か
・天皇とは国家にとって何を意味するのか
青年たちは議論の中で、自分たちが“思想の武士道”のような道を歩かされていることに気づきはじめた。
そして、誰もがひそかに思った。
これは訓練ではない。
国家の未来を変えるための準備なのだ、と。
盾の会が結成されて一年が経とうとする頃、
青年たちの心には、もはや元の生活へ戻る道は消えていた。
彼らの中には、戦後社会の“柔らかい空気”に戻ることを恐れる者もいた。
ここでは生きる意味が明確で、
自分という存在の輪郭が濃く感じられたからだ。
一方で三島は、すでに次の段階を思案していた。
訓練は整った。
思想の骨格もほぼ固まった。
青年たちの精神も成熟してきた。
ならば、次に必要なのは――**
“国家へ向けての第一の行動”である。
その行動が何であるか、三島はまだ語らなかった。
しかし青年たちは、何か大きな“予兆”を感じ取っていた。
盾の会は、単なる組織ではなく、
日本国家を精神的に再構築するための胎動を始めていた。
第二章 “桜機関”の胎動と青年統制術
夕暮れの慶應義塾大学の構内には、秋特有の湿った冷気が張りつめていた。
キャンパスの一角、古びた研究棟の奥にある小さな部屋――そこが三島由紀夫が密かに利用する“思想実験室”となっていた。部屋には窓がなく、白熱灯が照らすのは、床に無造作に広げられた大量の古文書、軍事論、国家論、そしてナチスの組織研究資料であった。
その中心に立つ三島は、静かに、しかし確固たる激情を胸に抱えていた。
机上には《盾の会綱領草案》と題された厚い紙束がある。そこには、国家を「美」と「武」によって再構成する計画が記されていた。だが綱領の奥にはさらに隠された書類があった。
《桜機関・構想案》。三島自身が書いたものではなく、信頼する数名の学者・作家・自衛官が助言し、ともにまとめ上げた“秘密の中枢構想”である。
桜機関――
それは盾の会における思想局であり、青年たちを「戦後的価値観の殻」から引き剥がし、国家の器として練り上げるための中枢部門だった。
桜機関には三つの階層があった。
第一は〈思想班〉。古典、神話、軍記物語、国体論を徹底的に学び、「日本とは何か」を定義し直す。
第二は〈組織班〉。ナチスのSS・ヒトラーユーゲントの組織原理、戒律、情報統制、文化侵透政策を研究し、それを日本的に“翻訳”する作業を行う。
第三は〈行動班〉。武士道を近代化した精神鍛錬と軍事基礎訓練を担当し、三島が最も重視した部分だった。
三島によれば、
「思想がなければ武は獰猛な野獣となり、武がなければ思想は絵空事となる」。
桜機関とは、この二つを同時に育て、国家を支える柱に育てるための“培養装置”であった。
三島が選んだ青年の多くは、決して暴力的でも過激思想者でもなかった。
むしろ大半は、優秀で誠実で、戦後の空虚さに静かな怒りと虚無を抱えた青年たちだった。
彼らは社会の表層を軽やかに泳ぐことを拒み、どこかに絶対的な価値、揺るぎない拠り所を求めていた。
ある夜、桜機関への選抜試験が行われた。
十畳ほどの部屋に青年たちが座り、三島は一人ひとりの眼を確かめた。
その眼に「脆さ」を求めたのではない。
「渇望」を求めたのでもない。
ただ、自分が抱いている“美への執念”と呼応する何かがそこにあるかどうか――三島はそれを見極めたかったのだ。
試験内容は極めて奇妙なものだった。
三島の朗読する『葉隠』の一節を聞き、その意味の解釈を述べる。
次に、国家と個人の関係を論じる。
最後に、未来の日本像を一枚の紙に描く。
三島が求めたのは、合理的説明でも、近代政治学的な整合性でもなかった。
青年一人ひとりの「死生観」だった。
日本が生きるために、自分は何を捧げられるか――その問いに嘘偽りなく向き合えるかどうか。
桜機関に選ばれた青年たちは、まず徹底して“剥離”を受けた。
剥離――
それは戦後民主主義によって植えつけられた価値観を一度解体し、空白となった精神に“新たな秩序”を流し込む過程だった。
訓練は苛烈でも、暴力的ではなかった。
むしろ逆で、静かで、密やかで、青年たちの精神にじわじわと染み込んでいく。
早朝の読経。
正座したまま数時間に及ぶ古典音読。
長刀の素振り。
黙想による感情統制。
そして夜には三島による講話。
「美とはなにか」「死とはなにか」「国家とはなにか」。
青年たちは次第に、日常の世界が“薄く”見えはじめる。
大学のキャンパスの喧騒、流行歌、テレビの笑い声――それらはどこか茫洋とした、幻のように感じられた。
そして桜機関で過ごす時間だけが、濃く、重く、息苦しいほどの現実を帯びていく。
彼らの精神は、三島が望んだ方向へとゆっくりと再編されていった。
三島の脳裏には、自らの死の予感が常にあった。
楯の会創設時から、死は計画の一部だった。
だが、それは衝動でも、絶望でもない。
死を象徴的な装置として使い、国家に“目覚めの衝撃”を与えるための演出だった。
そのためにこそ、桜機関は必要だった。
三島は自分の死の先に、構想した国家改造の“後継者”が必要だと考えたのだ。
机に向かい、三島は一枚の紙に線を引いた。
「日本的ファシズム国家 ― 組織構造案」
そこには、
・精神象徴としての天皇
・国家教育省(青年団組織掌握)
・文化美学局(文学・芸術統制と創出)
・国防再編軍(武士道教育を内包した新型自衛組織)
・地方自治体への浸透計画
などが書かれていた。
中央には、ひときわ太い文字でひとつの言葉があった。
「美しい国家」
その国は、暴力で支配するのではない。
精神と美によって統合される国家だった。
三島はその紙を静かに折り畳み、桜機関の青年に手渡す。
「これは、私一人の夢ではない。
君たちの生命が、これを現実に変えるのだ。」
青年は震えながらそれを受け取った。
その震えが、恐怖か、歓喜か、本人にもわからなかった。
秋深まる夜、桜機関は初めて全員を集めた秘密会議を開いた。
場所は市ヶ谷の貸会議室。薄暗い空間に十数名の青年が座っている。
三島は前に立ち、静かに語りはじめた。
「我々は国を憎んでいるのではない。
愛しているがゆえに、いまの国を許せないのだ。」
沈黙。
青年たちの視線が一点に集まる。
「いま日本に必要なのは、暴力革命ではない。
ましてや退嬰的な諦念でもない。
必要なのは、美と死と誇りによる“国家の再点火”だ。」
三島の声は、微塵も震えていなかった。
「君たちは、私の思想を継ぐ者となる。
いずれ私は、この国に最後の衝撃を与えるだろう。
その後を託せるのは、君たちしかいない。」
青年たちは黙って頷いた。
この瞬間、桜機関は“計画”から“運動”へと変貌した。
桜機関は表面からは決して見えない形で動き始めた。
国会議員、大学教授、自衛官、出版社関係者――
三島の思想に共鳴した者たちが緩やかな連絡網を形成し、
青年たちを少しずつ各界へ送り込む準備を始めた。
表向きは「文化防衛のための若手育成」。
裏では「国家改造のための長期浸透計画」。
青年たちはその両義性の中で揺れつつも、
三島が提示する“絶対的な日本像”の魅力に囚われていった。
彼らはもう、戻れない地点まで来ていた。
その年の冬、三島は執筆室でひとり《檄文》の草稿を書き始めた。
まだ誰にも見せるつもりはなかった。
だがその筆致には、明らかにある「終わり」と「始まり」が孕まれていた。
三島は窓の外を見た。
雪が降りそうな曇天。
静かに呟く。
「私は死ぬ。
だが国家は、ここから生まれる。」
桜機関。
盾の会。
そのすべてが静かに、しかし確実に、日本国家の内部へと染み込んでいく。
三島は、国家の未来を賭けた“実験”を、着実に進めていた。
第三章 影の浸透 ― “白百合作戦”始動
夜の東京は、戦後二十余年を経てもなお、どこか傷の匂いを抱えていた。
ネオンは眩く輝き、大通りには若者たちの笑い声が溢れている。
しかしその下層に沈むように、灰色の気配が漂っている。
高度経済成長によって膨れ上がった都市の喧騒は、日本人の精神の輪郭を曖昧にし、
人々は意味を見失ったまま疾走していた。
三島由紀夫は、その光景を帝国ホテルのラウンジの窓越しに見つめていた。
大理石のテーブルに指を軽く置き、小さく嘆息する。
「繁栄とは、かくも人の魂を軽くするものか。」
対面には、スーツに身を包んだ青年が一人座っている。
桜機関所属、思想班のエリートであり、法学部を上位で卒業した切れ者――
名を、久我優斗という。
久我の前に置かれた封筒は、盾の会の表向きの書類ではない。
それは日本国家の構造を静かに、しかし深く変質させるための極秘計画――
《白百合作戦》
その実行部隊の第一陣への辞令だった。
《白百合作戦》――
これは三島が桜機関の中枢で練り上げた、国家内部への“静かな浸透計画”であった。
白百合の花言葉は「純潔」。
しかし三島にとってそれは「国家の器の純化」を象徴した。
計画の目的は、教育行政、文化政策、地方自治、マスコミ、官庁組織に
“価値観の種”として桜機関の青年を送り込み、
十年、二十年のスパンで日本社会の思想基盤を塗り替えることにあった。
その方法は、革命でも暴力でもない。
ただ、静かに、静かに入り込み、
既存の制度の中に新しい概念を忍び込ませるだけでよかった。
たとえば――
・教育行政の委員会で「伝統文化教育」の名目で武士道関連授業を導入する。
・地方自治体で「自治防衛隊」の研究部会を立ち上げる。
・出版社に入ったメンバーが、国体論的書籍を特集として通す。
・テレビ局で“日本的美学”を掲げた番組を制作する。
それらはすべて合法的で、目立たず、だが確実に日本人の精神を方向づけていく。
三島が口にした言葉は、久我の耳に深く突き刺さった。
「革命とは、銃声ではない。
革命とは、価値観の流れを静かに変えることだ。」
久我は封筒を開ける手を止めたまま、三島を見つめた。
「……本当に、これで国家は変わるのでしょうか。」
「変わるとも。」
三島は即答した。
「国家とは人間の精神の集合体だ。
精神を育て替えれば、国家は自然に形を変える。
それは時間はかかるが、最も確実で、美しい変革だ。」
久我は唇を噛んだ。
彼は三島の思想に感銘を受けつつも、心のどこかで恐れも抱いていた。
この国の未来を、自分が変えてしまうかもしれない。
自分の手が、日本の針路を決めてしまうかもしれない。
その重みが、鋭い刃物のように胸に突き刺さる。
三島はその揺らぎを見抜いた。
「怖れるな。
君が怖れているのは、国家ではなく、自分の心の底にある“渇望”だ。」
久我は息を呑む。
「君は気づいてしまった。
日本の未来が現在の延長線にあることに、深い倦怠を。
そして――新しい国家を創る側に立ちたいという本能に。」
久我の瞳が揺れた。
その揺らぎを見て、三島は微笑む。
「その揺らぎは、成長の兆しだ。
国家を背負う者は、皆そうして成熟する。」
白百合作戦は、実はすでに動き始めていた。
きっかけは、ある大手出版社の編集長が密かに三島と接触し、
「文化の空虚さに危機を覚える」と告白したことだった。
そこから次々に、
・保守系議員
・自衛隊幹部
・大学教授
・財界の一部
・文化人
が三島の思想に共感し、
「若者を送り込んでほしい」と声をかけてくるようになった。
その人脈は、目に見える政治団体ではない。
しかし歴史の裏側で動く“見えざる手”として確実に広がっていた。
ある教授は言った。
「私は革新を信じない。しかし現状維持にも飽き飽きしている。
あなたの青年たちの意識には、何か覚醒の匂いがある。」
ある自衛隊幹部は言った。
「戦後教育を受けた自衛官は、武士道を知らない。
あなたの青年の眼には、それが宿っている。」
ある財界人は言った。
「経済の繁栄だけでは国は持たん。魂を持つ者を育てねばならん。」
三島は、帰宅後にその記録を書く。
筆記具を置き、静かに呟く。
「日本は、まだ死んでいない。
眠りこけているだけだ。
叩き起こさねばならぬ。」
その冬、久我を含む桜機関の第一陣五名が、
それぞれ異なる領域へと派遣された。
・久我 → 文部省局付研究員として「教育政策」へ
・高坂 → 大手出版社の新人編集者として「文化政策」へ
・広瀬 → 地方自治体の企画室へ「地域文化再生」へ
・堀川 → 自衛隊広報部へ「武士道教育導入」へ
・三輪 → テレビ局ADとして「大衆文化浸透」へ
彼らは表向きは“偶然”入った人材でしかない。
だが裏では桜機関の“目と手”であり、
三島の思想を社会へ運ぶ“血流”であった。
派遣の日――
青年たちは三島の前に整列し、深く頭を下げた。
三島は一人ひとりの肩に手を置いた。
その声はどこか祈りにも似た響きがあった。
「君たちは、国家の未来そのものだ。
反逆者にも、改革者にもなる必要はない。
ただ、静かに“流れ”を変えよ。
国家とは、流れだ。
流れが変われば、世界も変わる。」
青年たちの瞳は、炎のように燃えていた。
彼らはまだ、自分たちが“戻れない道”へ足を踏み出したことを理解していなかった。
青年たちが散り散りに社会へ浸透した夜、
三島は一人、薄暗い書斎で万年筆を握っていた。
はじめは整然とした字だったが、筆が進むほど熱がこもり、文字は荒々しくなっていく。
《国家は美によって救われる。
国家は死によって覚醒する。
私は、そのための供犠となる。
だが国家の肉体は、生き続けねばならぬ。》
その一文を書き終えた瞬間、三島はふと手を止めた。
静かに、苦く笑う。
「私は、死を計画しすぎる……。」
だが同時に、自分が生きて続ける未来も想像できなかった。
この国を覚醒させるためには、
自らの死という“劇”が必要だと信じて疑わなかった。
そのとき――
机の上に置かれた白百合が、わずかに揺れたように見えた。
「白百合の香りが満ちてきたな。」
桜機関。
白百合作戦。
そして自らの終わり。
すべてが静かに、しかし確実に収束しつつあった。
久我は文部省に配属された初日、
自分より二十歳は年上の官僚たちの前で、
「日本の精神文化教育に関する提言」を求められた。
これは偶然か、必然か。
久我にはわかった。
三島の思想に共鳴した誰かが、すでに省内にいるのだと。
久我は深く息を吸い、口を開いた。
「日本の未来のために、子供たちの心を強くしなければなりません。」
会議室が静まり返る。
久我は続ける。
「歴史を暗記するのではなく、
歴史の“精神”を理解する教育を強化すべきだと考えます。」
ある官僚が頷く。
「精神、か……。それは必要だな。」
小さな、ほんの小さな一言。
しかし久我は、それが新しい潮の流れの“最初の旋回”であると理解した。
その夜、久我は桜機関へ連絡を送る。
《始まりました》
三島はその報告を受けて、深く頷いた。
「これで日本は、ゆっくりと、しかし確実に変わり始める。」
窓の外では、冬の風が木々を揺らしている。
三島は静かに目を閉じた。
「あとは……私が死ぬだけだ。」
その言葉は、決して絶望ではなく、
計画の静かな確認であった。
白百合の花弁が落ちた。
桜機関の影は、日本のあらゆる場所へと伸び始めていた。
第四章 国家の胎動 ― 精神と美の浸透
冬の名残が残る東京の朝、霜に覆われた街路樹の枝先が、かすかに光を反射していた。
三島由紀夫は静かに書斎の椅子に座り、窓の外を見つめていた。
外界の雑音は遠く、彼の内部では青年たちの動向と国家の未来がひとつの脈動として流れている。
桜機関の派遣された青年たちは、すでに社会各層に微細な影響を及ぼし始めていた。
久我優斗は文部省で、子供たちの心に「日本的精神」を植え付ける試みを始め、
高坂は出版社で「国体と美学」をテーマとした連載企画を進行し、
広瀬は地方自治体において地域文化復興計画の書類を静かに通過させた。
だが三島は、それだけでは不十分だと考えていた。
彼にとって国家改造とは、単なる制度の改編ではなく、
国民一人ひとりの精神の奥底まで届く“浸透”が不可欠だった。
桜機関に残る青年たちは、定期的に三島の下で精神訓練を受けていた。
その内容は日常生活から乖離した非日常であり、かつ極限まで個人を露出させるものであった。
訓練のひとつに「死の書写」があった。
青年たちは自らの死の場面を、可能な限り細密に書き出す。
それは単なる想像ではなく、三島が求めた「死を現実として受け入れる想像力」の訓練であった。
また、「沈黙の山行」と呼ばれる行事もあった。
東京都郊外の山林に青年を送り、二日間水と食料だけを与え、沈黙のまま歩かせる。
途中で遭遇する小動物や自然現象に、感情を揺さぶられることもあるが、青年は一切の言葉を発してはならない。
その目的は、「外界の価値に左右されない自己」を獲得させることにあった。
三島は青年の反応を記録する。
眼の奥の光、肩の震え、呼吸の乱れ。
すべてが将来の国家改造計画の“精神的駆動力”を測る指標だった。
表向きには、青年たちはそれぞれの職場で静かに働く平凡な人材である。
だが裏では、国家改造の青写真に基づき、情報の収集、文化の浸透、思想の波及を行っていた。
高坂は出版社で、当初は微妙に受け入れられなかった古典復興企画を、
巧みな編集戦術によって、次第に世間の目に触れさせることに成功する。
若い読者たちは無意識のうちに、「武士道」「国体」「美の精神」といった概念を刷り込まれ、
社会全体に微細な波紋を広げていく。
久我は文部省で、教育委員会の反発を受けながらも、
小学校から高校までの道徳教育に「歴史の精神教育」という項目を追加する。
表向きは穏当な文言であるが、教育現場の教師たちは、知らず知らずのうちに
「国家への責任」「自己犠牲」「精神統一」といった価値を子供たちに伝え始める。
広瀬は地方自治体で、地域文化復興プロジェクトの立案書を通す。
表向きは観光振興、芸術振興だが、実際には日本古来の価値観を地域社会に根付かせ、
後世に国家意識を育むための“土壌作り”を行っていた。
一方、三島は日々の執筆と思想指導に疲弊しつつも、孤独の中で陶酔を覚えていた。
夜の書斎で、窓の外に見える都市の光を眺めながら、彼は呟く。
「美しい国家とは、誰もが気づかぬうちに形成されるもの。
そして、その美しさを支えるのは、死を受け入れた精神の強度に他ならぬ。」
彼の思想は、青年たちを通じて静かに社会に浸透しつつあったが、
同時に彼自身もまた、思想の化身として“国家の未来”を背負う重圧に押し潰されそうになっていた。
桜機関の活動は、決して順風満帆ではなかった。
自衛隊に派遣された堀川は、上官との思想的衝突に直面する。
「武士道教育を導入する」という提案は、戦後体制の安定を重んじる上官には到底受け入れられず、
堀川は処遇の危機を迎える。
しかしその矛盾こそ、三島が計画した“国家浸透の試練”でもあった。
衝突によって青年は精神を鍛えられ、抵抗勢力の中で如何に価値観を浸透させるかを学ぶ。
これもまた、“死を伴わぬ戦い”の一種であり、静かに国家の形を変えるための戦術だった。
高坂の編集作業は、次第に文化という戦場の先端を示すものとなる。
出版物の中で、武士道や国体論をテーマとした小説や評論が増え、
読者たちは無意識のうちに、古き精神の価値を再認識し始める。
文化という舞台は、政治や行政よりも強力であった。
人々の心に直接働きかけ、思想を静かに書き換えることができる。
三島はこの戦場を、最も重要視していた。
青年たちが各領域に分散して活動する中、桜機関の通信網は精密に運用された。
月に一度、全員が秘密の場に集合し、進捗報告を行う。
その場で三島は、各青年に対し、思想の方向性を微調整し、国家改造計画の整合性を確認する。
会議は言葉少なに進むが、視線、呼吸、沈黙の間に、すべての意思が伝わる。
三島は、言葉よりも深い領域で青年たちを操作し、精神を統合していた。
冬の終わり、東京の街はうっすらと春の兆しを見せる。
桜機関の青年たちは、それぞれの任務で小さな成功を収めつつあった。
しかし、三島は知っていた。
この浸透が国家の胎動を引き起こす一方で、彼自身の行動が、やがて国民に衝撃を与える“事件”に繋がることを。
机の上の白百合が、静かに香る。
その香りは、青年たちの未来、そして国家の覚醒を象徴していた。
三島は窓の外の光を見つめ、静かに呟く。
「国家は、生きる――我らの手で。」
そして、青年たちはそれぞれの任務に戻る。
東京の街は、知らぬ間に、静かに、確実に変わり始めていた。
第五章 衝撃と決断 ― 静寂の劇場
春の光が東京の街を淡く包む中、三島由紀夫は書斎に座り、窓越しに都市を見下ろしていた。
高層ビルの谷間を縫うように走る車列の灯り、交差点で行き交う人々の影、
公園の桜の花びらが風に舞う。すべてが彼にとって、未来の国家の胎動のように見えた。
しかしその心中は、平穏どころか、静かに煮えたぎる緊張で満ちていた。
桜機関の青年たちは、各自の任務を着実に遂行していた。
久我は文部省での教育改革の小規模な成功を報告し、
高坂は出版社で「日本的精神美学」の連載を世に送り出し、
広瀬は地方自治の文化プロジェクトで地域社会の反応を確認していた。
堀川は自衛隊の一部に武士道教育を導入することに成功し、
三輪はテレビ局で歴史・文化をテーマにした特別番組の制作を進めていた。
しかし三島にとって、それは序章に過ぎなかった。
これらの小さな波紋が、次第に国家の大河に飲み込まれ、やがて決定的な形を帯びる日が来る――
その日が、まさに目前に迫っていた。
三島は青年たちを集め、淡々と告げる。
「皆、準備は整った。
今日、私は国家に対する最終的な“劇”を実行する。
これは我らの理念を世に示す象徴であり、浸透計画の頂点である。」
青年たちは顔を見合わせる。
それぞれが理解していた。三島の言う「劇」とは、単なるパフォーマンスではなく、
国家の意識に衝撃を与える行為であり、不可逆の出来事であることを。
三島は続ける。
「恐れるな。
我らが目指すのは死や破壊ではない。
しかし、国家の精神に強烈な印象を刻み込む必要がある。
それにより、次の世代が自ら目覚める。」
久我は胸の奥で葛藤した。
自分たちが仕掛けるのは、思想の浸透に留まらず、
社会に大きな衝撃を与える行為――
もしかすると人々の心を揺さぶり、混乱を招くかもしれない。
だが、三島の眼差しには揺るぎない信念があった。
その光に、久我は思わず身を委ねるしかなかった。
五名の青年は、それぞれ内部で激しい葛藤を抱えていた。
•久我優斗
教育政策の現場で、子供たちの未来を真剣に考えるあまり、国家改造のための衝撃的行動に踏み切ることに恐怖を覚える。
しかし、三島の理念が正しいと信じる自分も存在していた。
「私は教師であり、革命家でもあるのか――」
•高坂
出版社での文化浸透において、上司や読者の無理解と抵抗に直面する。
同時に、社会に対して自分たちの思想を押し付けることへの倫理的躊躇もある。
「文化は人の心を変える。だが、その力を私たちは使ってよいのか?」
•広瀬
地方自治のプロジェクトで、地域住民の抵抗に直面する。
古い伝統と新しい理念の間で揺れる民意に、彼は自らの使命を疑う。
「本当にこれが、国家のためになるのか?」
•堀川
自衛隊内部での武士道教育導入に際し、軍の現実的利害との対立に苦しむ。
自身の行動が現場の秩序を乱すことに迷いを抱く。
「忠義とは何か。命令とは何か。」
•三輪
テレビ局での番組制作において、娯楽と思想の境界線に悩む。
視聴者に思想を押し付けることへの抵抗感が心を締め付ける。
「大衆は、私たちの理念を受け入れるだろうか?」
五名は互いに、そして自らの内面に問いかけ続ける。
だが、三島の存在が、すべての葛藤を静かに沈める圧力となっていた。
三島は書斎で万年筆を握り、静かに文書を書きつける。
《白百合作戦――国家の精神改造計画。
最後の演出をもって、青年たちの活動を象徴化する。
私はその中心に立つ。死すらも、理念の一部となるだろう。》
彼は、青年たちの葛藤を理解していた。
しかし同時に、自分自身もまた葛藤の渦中にあった。
この“劇”が国家に与える衝撃の大きさ、社会の反発、そして自らの死の重み。
そのすべてを引き受ける覚悟が、彼の内面で静かに燃えていた。
決行の日、三島は青年たちと共に防衛省前に立った。
桜機関の活動はすでに社会に小さな波紋を広げていたが、
今ここで三島自身が公然と国家に向けて意思を示すことにより、
その波紋は巨大な衝撃波となることを彼は知っていた。
三島は壇上で静かに話し始める。
「日本の精神は、死の恐怖から逃げることによって退廃した。
しかし我々は、死を通じて生を理解する者たちである。
今日、私はその証を示す。」
観衆は息を飲む。
青年たちは、三島の背後で緊張の中、任務の達成を見守る。
三島は、象徴的な行為として、彼の身体と言葉を国家へのメッセージに変換する。
この行為が、国家改造計画の“頂点”であり、青年たちの活動を加速させる触媒となる。
三島の決断を目の当たりにした青年たちは、それぞれの内面で変化を遂げる。
•久我は、自らの使命が単なる浸透活動ではなく、国家に対する責任の重大さを理解する。
•高坂は、文化の力が思想の波及に直結することを実感し、躊躇を振り切る。
•広瀬は、地域社会の小さな変化が大きな波を生むことを認識する。
•堀川は、忠義と理念の境界を超え、精神教育の意義を自らの血肉に刻む。
•三輪は、大衆文化の中に潜む思想的可能性を確信する。
五名の青年は、葛藤を超え、覚悟を胸に刻む。
そして三島の理念が、社会に微細な波紋を生む瞬間を目撃する。
三島の行為が終わると、東京の街には静寂が戻った。
しかし、その静寂は単なる平穏ではない。
青年たちの活動によって徐々に変化しつつある社会の“胎動”を孕む静寂であった。
桜機関の青年たちは、それぞれの任務に戻る。
彼らの背中には、新たな責任と、国家を形作る覚悟が宿っていた。
三島は書斎の窓から街を見下ろし、静かに微笑む。
「国家は、目覚めた。
あとは、我らの手で導くのみ。」
白百合がひとひら、机に落ちる。
その香りは、青年たちの未来、そして国家の精神の覚醒を象徴していた。
この日を境に、白百合作戦は表面化せず、
しかし確実に日本社会の奥深くで浸透し続ける。
青年たちの葛藤は次なる試練へと向かい、
三島の理念は時間の流れの中で形を変えつつ生き続ける。
そして、誰も知らない静かな劇場の中で、国家の精神は新しい胎動を始めていた。
第六章 青年たちの内面 ― 桜機関の五人
1. 久我優斗 ― 教師としての使命と革命家の葛藤
久我は、文部省のデスクに座り、手元の資料に目を落とす。
彼の心は激しく揺れていた。
「私は教師だ――子供たちの未来を守る者だ。
しかし、三島先生の計画に従う私は、革命家でもあるのか――」
朝の学校で、子供たちの顔を思い浮かべる。
無邪気な笑顔、宿題に取り組む真剣な姿、遊びに興じる歓声。
それらが、自分の行動によって変わってしまう可能性がある。
だが同時に、三島の理念に従わなければ、国家は精神的に退廃し続ける――
この二律背反に、久我の胸は締め付けられる。
ある日、教育委員会で新しい道徳教育カリキュラムの提案を行う。
「国家への責任感」「自己犠牲」「精神統一」といった項目を含むその文言は、表向きは平穏だが、内実は革命的であった。
上司の一人が眉をひそめる。
「これでは、子供たちが窮屈になるのではないか」
久我は心の中で答える。
「窮屈ではない。目覚めるのだ。生きるとは、目覚めることなのだ」
その瞬間、教師としての自分と革命家としての自分が交錯し、深い覚悟が芽生える。
夜、独りで校庭を歩く。桜の花びらが舞い散る中、彼は思う。
「私は子供たちの命と国家の未来の間で揺れる。しかし、選ばれた者として、私は覚悟を持たねばならぬ」
久我の心には、恐怖と責任、そして静かな確信が同居していた。
2. 高坂明彦 ― 文化の戦場と倫理の葛藤
高坂は出版社の編集室で、校正紙を前にペンを走らせる。
「国体と美学」「武士道の現代的意義」と題された連載原稿。
読者に思想を浸透させるための文章だが、同時に文化の中で倫理的責任を負うことでもあった。
編集室の隅では、若手編集者たちが談笑している。
高坂は思う。
「この無邪気さの中に、我らの理念をどう浸透させるか…
文化の力は強大だ。だが、押し付けにならぬよう細心の注意が必要だ」
ある日、上司から反発の声が上がる。
「読者に思想を押し付けるのか?」
高坂は瞬間、言葉を失う。
しかし心の奥底で、三島の理念が静かに彼を支配していた。
「押し付けではない。気づかぬうちに心を揺さぶるのだ」
その理解が彼の手を再び動かす。
夜、編集室の窓越しに夜景を眺める。
光の連なりの中に、文化が浸透する未来を想像する。
「私の筆が、思想の触媒になる。恐れるな、高坂」
高坂は静かに覚悟を固め、文化の戦場での戦いに身を委ねる。
3. 広瀬徹 ― 地域社会の微細な変化と責任
広瀬は地方自治体の会議室で、地域文化復興の資料に目を通す。
住民は、古い伝統に誇りを持ちながらも、変化に対して懐疑的だった。
「国家改造計画は、この土地の人々に受け入れられるのか」
広瀬は心の奥で問い続ける。
住民説明会での質問攻め、反発する老人たち、無関心な若者たち。
広瀬は内心で動揺する。
「我々の理念を押し付けてはいけない。しかし、浸透させなければ意味がない」
その葛藤の中で、彼は学ぶ。
小さな変化が連鎖し、大きな波を生むことを。
微細な成功が未来の胎動につながることを。
夜、川沿いを歩きながら、彼は思う。
「目に見える変化だけが全てではない。国家は静かに、しかし確実に変わる」
広瀬は小さな覚悟を胸に刻み、地域社会という戦場で静かに戦う決意を固める。
4. 堀川真一 ― 忠義と理念の狭間
堀川は自衛隊の一室で、上官との議論に耐えた後、独りで廊下を歩く。
「武士道教育を導入する」
その提案は、上官には到底受け入れられず、堀川は激しい葛藤に襲われる。
忠義と理念の狭間で、心は揺れる。
「上官に従うのが忠義か、国家の精神を託すのが忠義か」
彼は自らの行為を再評価する。
矛盾の中で、堀川は悟る。
「本物の忠義とは、理念を信じ、命の重みを背負うことかもしれぬ」
訓練で得た精神力、三島の教え、青年たちとの連帯感――
それらすべてが、堀川を支える。
廊下の灯に照らされた自らの影を見つめ、彼は覚悟を決める。
「私は理念に従う。たとえ孤独であろうとも」
5. 三輪翔 ― 大衆文化と思想の境界
三輪はテレビ局の編集室で、特別番組の最終チェックを行う。
テーマは「歴史と文化の再認識」。
娯楽番組の中に思想を織り込む試みである。
画面の一コマ一コマに、自らの理念を重ねる。
「大衆は、楽しみながら思想を受け入れる。だが、その境界を誤れば、操作になる」
倫理の重さに、三輪の手は一瞬止まる。
ディレクターやスタッフの無意識の抵抗も感じる。
それでも、三輪は自らを信じる。
「思想は押し付けではない。気づかぬうちに心を揺さぶるのだ」
画面越しに微細な波紋を描き、未来の国家に種を蒔く――
それが三輪の使命であり、葛藤の解決でもあった。
夜、モニター越しに東京の街を見下ろし、彼は静かに呟く。
「大衆は知らず、しかし心は変わる。これが我らの戦いだ」
第六章続編 ― 青年たちの覚醒と国家改造の次段階
● 三島の象徴的行動を受けて
三島由紀夫の最後の行動が、社会に微細な衝撃を与えた翌日。
桜機関の青年たちは、それぞれの任務に戻ったが、もはや以前の彼らではなかった。
胸の奥に、師の意志と理念が刻み込まれ、内面の葛藤は覚悟へと変わっていた。
久我優斗は、文部省の教育方針会議に向かう電車の中で、静かにノートを開く。
「子供たちはまだ知らぬ。だが国家の精神は、今から植え込むのだ」
紙面には「精神教育拡張プラン」と題した細密な指針が描かれていた。
道徳の授業に留まらず、体育、読書、行事すべてに理念を浸透させる細工が書き込まれている。
久我の手は震えることなく、確信に満ちていた。
「教師として、革命家として。二つの顔は、もはや一つに統合された」
● 高坂の文化浸透戦略
高坂明彦は出版社に戻り、机上に広げられた原稿の山を見つめる。
三島の行動の余波により、連載は話題となり、編集部内外に潜在的な関心が芽生えていた。
高坂は、この流れを最大限に活用する計画を立てる。
「次は、物語を通じて理念を潜在化させる。政治論ではなく、日常に潜む精神を描く」
彼は歴史小説、評論、短編小説、漫画、映画化企画を組み合わせ、
無意識に読者の心を動かす“文化のネットワーク”を構築し始める。
編集部の若手にも、静かに理念を浸透させる教育を施す。
高坂の戦場は、紙面と映像、そして大衆の心であった。
● 広瀬の地域社会改革
広瀬徹は地方都市の会議室で、住民たちの前に立つ。
「古き伝統と現代の精神を結ぶ」プロジェクトの拡張計画を説明する。
前回の説明会では反発があったが、三島の行動を経て、住民の心の奥に潜む尊厳への共感が生まれていた。
広瀬は微細な文化行事を次々に仕掛ける。
茶会、祭礼、文学講座、武道演習――
表向きは観光・教育・地域振興だが、その背後には「国家精神の浸透」がある。
住民の反応を見極めつつ、彼は地域社会という土壌に理念の種を撒き続ける。
● 堀川の軍内部浸透
堀川真一は自衛隊の教育訓練施設に戻り、武士道教育の次段階を準備する。
前回の導入では一部の上官から反発があったが、三島の象徴的行動の影響で、
隊内の士気と忠誠心に微妙な変化が生まれていることを感じ取る。
堀川は訓練プログラムを拡張し、思想教育を日常的な訓練に組み込む。
剣道、体力訓練、規律訓練に「精神統一」「国家意識」の理念を潜ませる。
軍人としての忠義と思想教育を融合させ、静かに国家の精神を浸透させる手法を模索する。
● 三輪の大衆文化戦線
三輪翔はテレビ局で、三島の行動後に世間の関心が高まったことを実感する。
報道番組、バラエティ、歴史・文化特番の構成を見直し、
全局的に微細な思想浸透のネットワークを形成することを決意する。
「大衆は知らず、しかし心は変わる」
彼は番組の中で、歴史の名場面、武士道精神、国体思想を、エンターテインメントとして自然に組み込む。
視聴者の無意識に理念を埋め込み、国家改造計画の土台を日常に浸透させる。
三輪の戦場は、画面の向こうの無数の目であった。
● 統合された次段階
五人の青年たちは、それぞれの分野で独立して動いているが、
三島の象徴的行動により、内面では一つの使命感に統合されていた。
彼らは既に単なる個々の任務者ではなく、国家改造計画の実行者として自己を再定義している。
通信網や密会を通じ、五名は互いの進捗を確認する。
「久我の教育プランは順調か?」
「高坂の文化戦略は、社会に波紋を与えている」
「広瀬の地域プロジェクトは次の段階へ?」
各々が応答し、計画全体の整合性を静かに保つ。
● 静かなる覚悟
夜の東京、五人の青年はそれぞれ独りの時間を持つ。
電車の窓から流れる街灯、出版社の窓越しの夜景、地方都市の静かな街並み、軍施設の灯り、テレビスタジオの光――
すべてが国家改造計画の舞台となる。
久我は心の中で呟く。
「教師として、革命家として、国家の未来を守る」
高坂はペンを置き、静かに微笑む。
「文化は思想を運ぶ。恐れることはない」
広瀬は川沿いを歩き、夜風に目を閉じる。
「地域の微細な変化が、大きな波を生む」
堀川は訓練場で剣を握り、呼吸を整える。
「忠義とは理念に従うこと。孤独でも揺るがぬ」
三輪はモニター越しに東京を見下ろし、静かに言う。
「大衆は知らず、しかし心は変わる」
● 国家改造計画の胎動
こうして、五人の青年は三島の象徴的行動を契機に、次段階の国家改造計画へと動き出した。
各分野で微細な変化を起こし、社会全体の意識を徐々に書き換えていく。
計画は表面化せず、しかし確実に、国家の奥深くで胎動を始めた。
白百合が机にひとひら落ちる。
その香りは、青年たちの未来、そして日本国家の精神の覚醒を象徴していた。
完




