6話:再会と報せ
季節は巡り、春が訪れた頃。俺はギルベルトのもとで一年以上の修行を積んでいた。
当初は周囲に全くついていけなかった俺だが、今では模擬戦で上位の弟子たちと互角に渡り合えるようになっていた。座学も少しずつ成果が現れ始めている。
「アベル、君は成長が早いな。この分なら目標達成も近いだろう」
ギルベルトの言葉に励まされながらも、内心では焦りも募っていた。
あと半年程で選抜試験。合格するためにはまだ足りない部分が多い。
そして何よりロゼッタのこと。
手紙でやり取りはしているものの直接会っていない。彼女はどうしているのだろうか。聖女としての修行は順調なのだろうか。
そんなことを考えている時、ギルベルトの館に訪れたのは予想もしない人物だった。
「ロゼッタ……?」
門衛の呼び声に飛び出した俺は、信じられない思いでその姿を見つめた。風に揺れる銀髪。透き通るような水色の瞳。幼い頃から見慣れた彼女の顔立ちは、半年の間にどこか大人びた雰囲気を纏っていた。
「アベル……!」
彼女は駆け寄り、俺の胸に飛び込んできた。柔らかな身体。温もり。そして震える肩。全てが現実味を失っていた。
「どうして……ここに?」
「どうしても……伝えなきゃいけないことがあって……」
声を詰まらせながら言うロゼッタ。その切迫した様子に胸騒ぎがした。
「教えてくれ……何があったんだ?」
「お母様が……魔物に襲われて……」
次の瞬間、脳裏に電撃が走った。母の笑顔。最後の言葉。「アベルなら大丈夫」と俺を信じてくれた温かな手。それが……
「嘘だ……」
膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。ロゼッタがしっかりと支えてくれた。
「本当だよ……私が駆けつけた時にはもう……」
嗚咽を漏らすロゼッタ。彼女の瞳からは涙が溢れていた。俺よりも先に泣いている。
「ごめんなさい……私がもっと早く辿り着いていたら……」
ロゼッタの腕が俺の背中に回る。温かさと共に彼女の震えが伝わってきた。
「私……必死に祈ったの。聖女の力で救おうとしたけど……まだ……力が足りなくて……」
ロゼッタの悔恨の表情。俺の代わりに泣くロゼッタ。彼女がどれほど心を痛めているか。俺は彼女の頭を優しく撫でた。
「ありがとう……ロゼッタ」
言葉にしながら涙が溢れた。母の面影が走馬灯のように過ぎていく。けれど今ここにいるのはロゼッタだけだ。
ロゼッタだけが俺の傍にいる。
この悲しみを分かち合ってくれるのは彼女だけだ。
ロゼッタが顔を上げる。涙で濡れた頬。けれど彼女の瞳は決意に満ちていた。
「だから……私も決めたの。もっと強くならなきゃって。もう二度と大切な人を失わないために」
その言葉に俺の心が熱くなる。そうだ。悲しむだけでなく前に進むべきだ。母のためにも……そしてロゼッタのためにも。
「一緒に強くなろう」
俺の言葉にロゼッタは力強く頷いた。その時、二人の間で新たな絆が生まれた気がした。支え合い、守り合う関係。
「ずっと一緒だよ……アベル」
ロゼッタの囁きが耳元で響く。彼女の指が俺の頬を撫でる。温かさに包まれながら俺は決意を新たにした。
失ったものへの悲しみは消えない。けれど今ここにいる彼女との絆こそが俺の希望だ。
春の風が二人を包み込む。新しい旅立ちの季節。悲しみを乗り越え、共に歩む未来への一歩を踏み出した瞬間だった。