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3話:残された時間

ロゼッタの聖女の力について、村全体に厳重な箝口令が敷かれた。あの奇跡を目撃した医師や看護師たちは誓約書を書かされ、ライオネルや俺たち幼馴染以外は一切知らされていない。教会からは「時期が来るまでは慎重に」という指示が出たらしい。


退院したロゼッタは、以前と変わらない様子で村人たちと接していた。明るい笑顔。誰にでも親切な態度。「聖女」と呼ばれるほどの存在になったとは到底思えない。ただひとつ違うのは、彼女の髪の色だ。陽光を受けてキラキラと輝く銀髪は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「ねえアベル、ライオネル。今日は森の入り口まで散歩しよう?」


以前と同じように誘ってくるロゼッタ。森の入り口までの小道を三人並んで歩くのも、いつもと変わらない日常だ。けれど俺は時折、彼女の横顔に深い陰りを感じることがあった。それは聖女の力がもたらす重圧なのだろうか。


「そういえば……」


森に入ってすぐのところで、ライオネルがふと思い出したように切り出した。


「父さんから聞いたんだけど、ロゼッタはフィルクス男爵家の養子として迎え入れるらしい。それから近々、ロゼッタの件で王国から正式な使者が来るそうだ。それで……三年後には王都の学園に特別枠で入学することが決まったらしい」


俺は息を呑んだ。三年後。ロゼッタがこの村からいなくなる日が来るのか……。


「三年……そんなに早く?」

「ああ。『聖女の教育を最優先するため』とかなんとか。国としては一刻も早く確保したいんだろうな」


ライオネルの言葉には少なからず嫉妬が滲んでいるように聞こえた。親友として理解できる。ロゼッタが特別扱いされ、自分とは遠い世界に行ってしまう気がするのだろう。


「そう……なんだ」


ロゼッタは俯いた。その横顔には複雑な感情が浮かんでいるように見えた。嬉しいのか寂しいのか。聖女としての自覚と幼馴染との別れ。どちらも本物だろう。


「でも……三年は長いね。それまでにたくさん思い出を作りたいな」


ロゼッタの言葉に俺たちは頷いた。そうだ。今はまだ一緒にいられるのだから。



その日の夕方。俺とロゼッタは、夕焼けに染まる空の下、木の根元に腰を下ろしていた。


「ねえアベル」


少し不安げな声。振り向くと、彼女はどこか儚げな笑みを浮かべていた。


「私が聖女になったって本当なのかな?正直なところ……まだ実感がないんだ」


「きっとそうだよ。あの時の光景は忘れられない。あれは普通の回復魔法じゃなかった」


「ありがとう……でもね、私……みんなが思うほどすごい人じゃないの」


夕焼けに照らされたロゼッタの瞳が潤んでいるように見えた。


「むしろ……怖いんだ。これからどうなるんだろうって。本当は誰にも言えない不安とか……全部押し殺してるの」


その言葉に胸が締め付けられた。そうだ、彼女だって12歳の少女なのだ。聖女という重責に押し潰されそうになっているのかもしれない。


「だから……アベル」


ロゼッタがそっと俺の手を握った。温かい感触が伝わってくる。


「両親も亡くなって、本当はすごく寂しい。でも……アベルがいれば大丈夫だって思える。アベルだけが私の……本当の支えなんだ」


その言葉はストレートに心に響いた。彼女が俺だけを見ている……そんな錯覚に陥りそうになる。


「いや…ライオネルだっているだろ…」


「もちろんライオネルも大切。だけど……違うんだよ」


ロゼッタは俺の目をじっと見つめた。


「アベルとはずっと一緒にいられる気がするの。ライオネルは……」


そこで言葉を切った彼女の表情は、一瞬だけ曇った気がした。けれどすぐに優しい笑顔に戻る。


「とにかく……私にはアベルが必要なの」


その言葉が頭の中で反芻される。ロゼッタが必要としてくれている……。


心臓の鼓動が早まるのを感じた。彼女が抱える孤独。俺だけが必要だという告白。


気づけばロゼッタがこちらを向き、俺の首に腕を回してきた。柔らかな髪が頬に触れる。甘い香りが鼻腔をくすぐる。



「私を守ってね」


その囁きとともに、彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。夕陽の逆光で表情はよく見えない。ただ、潤んだ瞳と紅潮した頬だけがはっきりと見えた。


そして俺の唇に、柔らかな感触が……


「ま……待って!」


咄嗟に身を引いてしまった。ロゼッタが驚いた顔で固まる。拒絶したわけではない。むしろその逆だ。あまりにも突然のことに頭が真っ白になり、感情が追いつかなかったのだ。


「ご……ごめん……びっくりして……」


慌てて弁解するが、ロゼッタはもう距離を取っていた。どこか寂しそうな、それでいて諦めたような表情をしている。


「ううん……私の方こそごめんね。急に変なことして……忘れて」


そう言って立ち上がり、足早に去っていった。その後ろ姿を見送りながら、俺の心臓はまだ早鐘を打っていた。


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