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2話:聖女覚醒の夜

「ロゼッタが!?」


数日後、俺の家の戸を激しく叩く音が響いた。開けるとライオネルが蒼白な顔で立っていた。普段は冷静な彼がここまで取り乱すのを見たことがなかった。


「落ち着け!一体何があったんだ?」



「ロゼッタの両親の馬車が崖から転落したんだ……。ロゼッタだけが命からがら救出されたが……」


言葉を失った。まるで頭を殴られたような衝撃が全身を走った。それ以上聞きたくなかったが、耳を塞ぐことなどできなかった。


「駄目だ……医者は『もう長くはもたない』って……今すぐ来てくれ!」


俺たちは無我夢中で教会付属の診療所へ駆けつけた。部屋に入るなり鼻を突く血の匂い。ベッドには包帯だらけのロゼッタが横たわっていた。か細い呼吸がかろうじて生存を示しているだけだ。


「嘘だ……こんなの……絶対に嘘だ……!」


思わず叫んでいた。膝から崩れ落ちそうな感覚。必死に耐えながら彼女のそばにしゃがみ込んだ。


「ロゼッタ……頼む……目を開けてくれ……!」


俺の声が空虚に響くばかり。ライオネルも唇を噛み締め俯いている。

絶望が部屋全体を覆い尽くしていた。


その時だ。突然ロゼッタの指先がわずかに動いた。


「……アベル……?」


信じられない声。振り向くと薄目を開けたロゼッタが俺を見上げていた。


「ここにいる!俺もライオネルも一緒だ!」


必死で応えた。ロゼッタの瞳に微かに光が宿る。だがすぐに苦しそうな表情に戻った。


「ごめんね……二人とも……こんな姿見せて……」


弱々しく呟く彼女の手を強く握りしめた。


「謝らなくていい!俺が……俺たちが必ず助けるから!」


「ありがとう……でもね……私…もうダメみたい……」


「そんなこと言うな!」


思わず叫んだ。


「最後にお願い……二人に伝えたかった……私…本当は……二人のこと……」


言葉が途切れた。まるで言い残したことがあったかのように。


その瞬間、部屋の空気が変わった。ロゼッタの体から淡い金色の光が放たれ始めたのだ。


「な……なんだこれ……?」


ライオネルが呆然と呟く。光はどんどん強くなり、やがて眩い閃光となって視界を埋め尽くした。


気がつくと光は消えていた。その代わりに目の前に広がっていたのは信じられない光景だった。


ロゼッタの体から出血が止まり、傷口がゆっくりと塞がっていく。それどころか、今まで見る影もなかった肌に血色が戻り、荒かった呼吸も安定していく。


「これは……?」


震える声でライオネルが呟いた。俺も言葉を失っていた。これはただの回復魔法ではない。死の淵から蘇る奇跡そのものだ。


医師が慌てて駆け寄った。


「脈も安定している。何の異常もない……!?」



「ありえない……!これはまさか……」


俺たちは何も理解できなかった。ただ立ち尽くすことしかできない。


回復したロゼッタはそのまま10日ほど眠り続けた。何度訪ねても目覚めることはなかった。


そしてついにその日が来た。教会の鐘が鳴り響く午後、診療所からの使いが訪れた。


「ロゼッタが目を覚ましました」


それを聞いた瞬間、俺たちはもう一度全速力で走り出していた。心臓が高鳴る。ついにあの笑顔に会える。



ベッドの上のロゼッタは静かに微笑んでいた。その銀色の髪は窓から差し込む陽光を受けて煌めき、まるで星屑を纏っているかのようだ。以前の亜麻色の髪とはまるで違う。それはまるで別の人格が宿ったかのような、神秘的で畏怖すら覚える美しさだった。


「よかった……本当に……」


声を詰まらせながら近づくと、ロゼッタは小さく頷いた。その瞳には深い慈愛が宿り、どこか遠い世界を見つめているようだった。


「心配かけてごめんなさい。アベルもライオネルも来てくれてありがとう」


以前の無邪気さの中に、妙な落ち着きが混じっていた。


「ロゼッタ……本当に……ロゼッタなんだよな……?」

「もう平気なのか?体は……」


矢継ぎ早に尋ねる俺たちに、ロゼッタは優しく答えた。


「大丈夫だよ。ただ……今までとは何かが違うの」


そう言いながら彼女は自分の髪に触れた。


「これ……変でしょう?どうしてこうなったのか自分でも分からないんだけど……」


確かに違和感があった。見た目だけでなく、言葉の一つ一つに深い意味が込められているように感じられる。まるで見えない壁があるような……。


「あれからずっと寝てたけど……夢の中でたくさんの声が聞こえたの。いろんな人の声……悲しみとか喜びとか……」


そこまで言って彼女はふっと笑った。


「急にそんなこと言われても信じられないよね」


「いや……信じるよ」


思わず即答していた。だって目の前で起こった奇跡の方が余程信じがたい。ロゼッタは嬉しそうに目を細めた。

その表情は紛れもなく幼馴染のものだ。


「ところで、この髪の色が変わってしまったのって何なのでしょう?」


ベッド脇に控えていた医師が進み出て説明した。


「信じがたいことですが……これは『聖女』の証とされる銀髪です。この世界に数人いるかどうかの希少な存在です」


俺とライオネルは息を飲んだ。


「聖女?」


「そうです。古い文献によれば、銀髪は神に選ばれし者の証。奇跡の力を授かり、それは魔を封じるとされています。そして、人々の痛みや苦しみの思考を感じ取り、それを癒す回復の力を持つと言われています。」


医師の目は驚きと畏敬で揺れていた。


「彼女は恐らく……フィルクス領始まって以来の偉大な存在となるでしょう」


ロゼッタは黙って聞いていたが、やがて小さな声で言った。


「私……何ができるか分からないけれど……もし本当にそういう力があるなら……ちゃんと使わないと」


その決意に満ちた表情に、俺は何故か胸騒ぎを覚えた。


帰り道、ライオネルは感慨深げに言った。


「ロゼッタが聖女なんて……夢みたいな話だな」


俺は曖昧に頷いた。確かに夢みたいな話だ。でもその夢がいま現実としてある……。


夜空には満天の星が瞬いていた。幼馴染が遠くへ行ってしまう……そんな予感に胸が締め付けられる思いだった。でも同時に、彼女を支えたいという強い思いも湧き上がってきた。


ロゼッタが聖女の力を授かった。それが幸運なのか不幸なのかはまだ分からない。それでも俺たち三人の絆がこれからも続くことだけは確かだと信じたい。そう願いながら、俺は夜空を見上げていた。


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