16話:リフレイン
舞踏会の一夜から数日後、学園内はすっかり様変わりしていた。
ロゼッタを巡る視線は大きく二分化している。敬虔な信仰を持つ生徒たちは彼女をまるで神の使者のように崇めている。一方で政治的な観察眼を持つ者は警戒と好奇の目を向けている。当然だ。彼女は聖女の力を公にしてしまったのだから。
「すごいね……一気に神格化だ」
廊下を歩きながらライオネルが呟く。彼の視線の先には群がる生徒たちの中、中央に立つロゼッタの姿があった。
「神格化って言うか……畏怖の方が大きいんじゃないか?」
俺は苦笑する。ロゼッタを取り巻く雰囲気は単なる尊敬を超えていた。彼女の一挙手一投足に注目が集まり、少しでも不快そうな表情を見せれば周囲が騒めく始末だ。
「神の遣い」という称号は彼女に相応しい。銀髪が揺れるたびに周囲からため息が漏れる。あの透明感のある青い瞳が何を見るのか—誰もが興味津々だ。
「アベル。ライオネル」
突然ロゼッタがこちらに気づいた。群衆が左右に分かれ、まるで海を割ったモーセのような光景だ。
「やあ」
ライオネルが軽く手を挙げる。俺は緊張で固まったままだった。彼女の姿を見ると胸の奥が疼く。あの晩以来、ロゼッタに対する感情は複雑さを増していた。
「あなた達の出番ね」
ロゼッタが微笑む。その言葉の意味が掴めない。
「出番……?」
ライオネルが怪訝な表情で問い返す。
「そう。これからどうなると思う?」
彼女の瞳が細められる。何かを企んでいるときの癖だ。
「……まさか」
ライオネルがハッとした顔をする。
「聖女の力を手に入れたい連中が現れる?」
俺もようやく理解した。今まで聖女の存在は隠されていた。それが公になった今、様々な勢力が動き出すだろう。
ロゼッタが嬉しそうに頷く。その笑顔には以前のような純粋さは見えない。むしろ底知れぬ野心が垣間見える。
「王家も貴族も教会も……みんな欲しがるでしょうね」
彼女の声は静かだが確信に満ちている。
「それで……僕たちに何ができるって言うんだ?」
ライオネルが眉をひそめる。俺も同じ気持ちだった。
「簡単よ」
ロゼッタが俺たちを見つめる。その青い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「私を守ってね」
その言葉に息を呑んだ。幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。病弱だった彼女を守ると約束した日。あの時は純粋な思いだった。でも今は……
「昔と同じだ」
ライオネルが呟く。彼の顔にも戸惑いが浮かんでいる。
「だけど、もう俺たちだけでどうにかなる状況じゃないぞ」
「ふふ、それは大丈夫よ」
ロゼッタがゆっくりと頷く。彼女の姿勢には奇妙な余裕がある。まるで全てを計算済みかのようだ。
「どうして大丈夫なんだ?」
俺が聞き返すとロゼッタは指を唇に当てた。秘密を示すポーズ。その仕草があまりにも魅惑的で動けなくなる。
「今は内緒。でもそのうち分かるわ」