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15話:舞踏会

お茶会事件から数週間が過ぎた。学園の空気は微妙に変わりつつあった。平民への差別は相変わらずだが、過激なイジメはほとんどなくなった。あれほど陰湿だったユミール、クロエ、リネットも大人しくなり、今はロゼッタの取り巻きとして従順に振る舞っている。


「なんだか拍子抜けだな」


廊下でライオネルが首を傾げた。赤茶色の髪が日に照らされて艶めく。


「あれだけ酷かった嫌がらせがピタッと止まるなんて」


「まあいいじゃないか。俺たちも平和に暮らせるんだ」


俺は肩をすくめた。確かに疑問は残るが、穏やかな日々は何よりの宝だ。


噂によれば、今回の事件はセレナ・グレイア伯爵令嬢とカテリーナ・ド・オルレアン公爵令嬢の仕業だという。しかも懲罰委員会はそれを認定し、二人は謹慎処分を受けたらしい。


「ふん……あの高慢な女も年貢の納め時か」


ライオネルが鼻で笑う。その目には珍しく優越感が浮かんでいる。


「でもあんな大掛かりな仕掛けを企てた割には、妙にあっさりと処分されたな」


俺は腕を組んで考え込んだ。セレナ嬢が個人的に恨みを持つロゼッタを狙ったのならまだ理解できる。だがお茶会全体を巻き込み、多数の生徒に被害を出したというのはあまりに大袈裟すぎる。


「ロゼッタ……彼女は何を考えているんだ?」


「さあな。でもお前も彼女のことが気になってるんじゃないのか?」


ライオネルの冗談めいた問いかけに肩を竦める。

確かにロゼッタの動向は気にかかる。ここ最近特にそうだ。彼女はいつも微笑んでいて感情が読めない。


「考えてみれば……あの事件以来、ロゼッタは毎日楽しそうだな」


ライオネルが目を細める。俺も同意せざるを得ない。


ロゼッタは事件後も変わらず登校している。どころか以前よりも堂々と振る舞い、取り巻きを従えている。


そんなある日、学園内で舞踏会の開催が発表された。年に一度の盛大な行事で、生徒全員が参加する社交イベントだ。


「俺たち平民でも参加できるのか?」


「ああ。服装は自由だし、主に貴族のための交流会だけどな」


ライオネルが苦笑する。彼の家柄なら正装もあり得るが、俺たちのような平民は普段着で雰囲気だけ楽しむのが慣例らしい。


舞踏会当日。ホール内は華やかな装飾で彩られていた。貴族の子弟たちが豪華な衣装に身を包み、音楽に合わせて踊る光景はまさに異世界のようだ。


俺とライオネルは壁際で他の平民生徒たちと固まっていた。舞踏会と言っても実質は貴族の社交場。平民には縁がない。


「つまらんな」


ライオネルが溜め息をつく。確かに退屈ではあるが、騒ぎを起こすわけにもいかない。


そんな時だった。突如として会場の雰囲気が一変した。


「皆様、お聞きください」


凛とした声が響き渡る。壇上に立っていたのはセレナ・グレイア伯爵令嬢だった。しかし彼女の姿は以前の威厳ある令嬢とは違っていた。髪は乱れ、顔は青白く痩せこけていた。


「これは……」


周囲の生徒たちが騒めき始める。貴族も平民も関係なく注目が集まった。


「私は……罪を告白します」


セレナが震える声で宣言する。その視線は真っ直ぐに聴衆を見据えていた。


「オルレアン公爵令嬢から命じられ、ロゼッタ様を狙う計画を立案しました。そしてお茶会に毒物を仕込んだのです」


会場が騒然となる。まさか本人が告白するとは誰も予想していなかった。


「使用した毒物はオルレアン領で生産されている品です。オルレアン領と我がグレイア領の政略のために度々利用されてきました。」


その言葉にカテリーナ・ド・オルレアンの顔が蒼白になる。彼女は必死に否定の言葉を探しているようだ。


「セレナ様!これはどういう……」


「カテリーナ様は無関係だという噂もありますが、真実は違います」


セレナが毅然と言い放つ。その姿にはかつての傲慢さはない。まるで別人のようだ。


「私は……罪を償います」


そう言うと彼女は懐から小瓶を取り出し、中の液体を一気に飲み干した。


「セレナ様!!」


周囲の悲鳴が上がる。彼女の顔色が見る見るうちに青ざめ、手足が痙攣し始める。


「何をしている!早く医者を呼べ!」


教師たちが慌てふためく。しかし既に遅かった。セレナの体から力が抜け、壇上で崩れ落ちた。


「セレナ様!」


誰かが悲痛な叫びを上げる。会場は完全にパニック状態に陥った。


そんな中、一人だけ動揺していない人物がいた。ロゼッタだ。彼女は優雅に壇上に上がり、セレナの側に跪いた。


「可哀想に……」


その声には偽りの同情が滲んでいる。


「まだ間に合うわ」


彼女が両手をセレナの胸元に当てると、眩い光が放たれた。その瞬間、会場内の時間が止まったかのような錯覚を覚える。


光が収まると、セレナの肌に生気が戻っていた。彼女がゆっくりと目を開ける。


「セレナ様!」


周囲から歓声が上がる。死者が蘇ったのだ。


「これは……聖女の力……」


誰かが呟く声が聞こえる。ロゼッタは静かに立ち上がり、微笑んだ。


「聖女……!?」


「馬鹿な!王家が秘匿していた筈だぞ!」


教師たちが狼狽する中、王子クラヴィスの姿が見える。彼の表情は困惑に満ちていた。


「ロゼッタ……何を……」


クラヴィスが弱々しく呟く。聖女の力が公になれば、王家の隠蔽工作が明らかになり、政治的な危機に陥るのは明白だ。


「事実を隠し続けることに意味はありませんわ」

ロゼッタが静かに言う。その瞳には計算高い光が宿っている。


「彼女は罪を認め、自ら命を絶とうとしました。それでも助けるべきだと判断しましたの」


会場は水を打ったように静まり返る。聖女の力が公にされた衝撃に加え、カテリーナの陰謀が暴露されたことで、学園全体の権力構造が根底から揺らいだ瞬間だった。


「これは……重大な問題だ……」

クラヴィス王子が額に汗を浮かべる。王家が聖女の力を隠していたことが露見すれば、国内外からの信頼を失いかねない。


舞踏会は無惨な形で終焉を迎えた。貴族も平民も関係なく混乱している。その中でロゼッタだけが悠然と笑みを浮かべていた。


「ロゼッタ……」


思わず呟く。彼女の微笑みには邪悪さが滲んでいるように見えた。


学園の秩序が崩れ始める予感に、背筋が寒くなる。聖女の力が公になり、カテリーナの陰謀も暴露された今、この学園は新たな局面を迎えようとしていた。

そしてロゼッタはその中心に立っていた。まるで全てを操っているかのように。


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