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14話:密会

謹慎期間が終わり、ようやく学園への再登校が許された日の朝。


鏡に映る自分の顔を見て、胸が締め付けられる思いがした。これまでの自信に満ちた表情はなくなり、代わりに不安と焦りが色濃く浮かんでいる。

(こんな顔を見せたらカテリーナ様に叱責されるわ……)

そう自分に言い聞かせて身支度を整えるが、どうしても心が晴れない。あの忌まわしいお茶会から1週間が経ったというのに。


教室に入ると、想像通りの視線が突き刺さった。嘲弄と不信の入り混じった空気が漂っている。


「見て……セレナ様よ」

「例のお茶会の一件……本当なの?」

「カテリーナ様は無関係だと仰っていたけれど……」


ひそひそと交わされる会話が耳に入る。幸い誰も直接絡んでこないが、その分侮蔑はより露骨に感じられる。


ふと視線を感じて顔を上げると、ロゼッタがこちらを見ていた。その口元には微かな笑みが浮かんでいる。私の目と合うとすぐに視線を逸らし、ユミール、クロエ、リネットの集団に溶け込んでいった。


(あの三人も……まさか回復したの?) 


彼女たちが元気そうに話す姿に安堵した。

特にユミールはお茶会の夜に最も重篤だった。

にも関わらず今では完全に回復しているようだ。


(一体何が起きたの?)


授業が始まり、何とか集中しようとするが頭は混乱したままだ。頭を占めるのはあの三人のこと。ユミール達の急回復は不可解だ。


休み時間になると早速行動に出た。廊下でユミールを見つけたので話しかけようとした。しかし……


「ユミール、あなたお茶会の後……」


私の言葉が途切れる。彼女が私を見る目には明らかな嫌悪が浮かんでいる。


「失礼しますわ」

彼女は冷たく言い放つと足早に去っていく。クロエもリネットも同様だ。三人の態度は明らかに以前と違う。まるで私を拒絶しているかのようだ。


(どういうこと……?)


混乱と焦りが募るばかり。それ以上追及することもできず、私は呆然と立ち尽くした。


教室に戻るとカテリーナと目が合った。彼女の眼差しには失望が滲んでいる。


「セレナ……このままでは二人とも居場所が無くなってしまうわ」

彼女の声は低く冷たい。


「このままでは……?どういうことですか?」


「分からないのですか?」

カテリーナ様は溜め息をついた。


「学園中が私たちのせいだと思っているのですよ」

その言葉に血の気が引いた。周囲を見回すと、確かに生徒たちの視線が敵意に満ちている。


「そんな……私はただ……」

「言い訳は無用です。今後、私に近づかないでちょうだい」

カテリーナ様の声は非情だ。


その日、私は1人学園で孤立したまま1日を過ごした。



寮の自室に戻ると、机の上に見覚えのない手紙が置かれていた。侍女に聞いても「何も届いておりません」と首を傾げるばかり。封筒を手に取ると、かすかに香水の香りがした。


「真実を知りたければ今夜深夜に寮の東側の林の入口に来なさい」


震える手で文面を読み返す。誰がこんな状況の私に接触してくるのか。好奇心と恐怖が入り混じる。


行かない方が賢明かもしれない。しかし……もう他に私に出来ることはない。




深夜、月明かりだけが頼りの暗い林に足を踏み入れる。木々の間から漏れる光が不気味に揺らめく。心臓の鼓動が耳元で鳴り響く。


「誰?」

突然の声に身構える。そこに立っていたのはロゼッタではなく……


「トマス!?」

トマス・カストル。あの伯爵令嬢に嫌がらせを命令した子爵の次男。

彼は私を見つけると、明らかに驚いた表情を見せた。


「セレナ様?本当に来て頂けたのですね?やっとこの私にご褒美をいただけ…」

「あなたこそなぜ?私はロゼッタの指示で……」

「いえ、何をおっしゃいますか?私はセレナ様からの手紙でここに来たのです。『婚約者と別れたい。力を貸してほしい』と」


私の言葉を遮るように彼が言う。その声には期待と興奮が滲んでいる。

(この男……何を勘違いしているのか?)


「それは間違いよ」

「いいえ!私には分かります。セレナ様はきっと本心では私のことを……」

彼の目には狂気が宿っている。


「違うと言っているでしょう!」

私が叫んだ瞬間、背後から別の足音が聞こえた。


「ほう……これはこれは……」

現れたのはライオネル。そして隣には……


「ヒューゴ!?なぜここに?」

ヒューゴの氷のような視線が私を貫く。


「説明してもらいましょうか?私の婚約者が夜中に男性と密会する理由を」

ヒューゴの声は氷のように冷たい。彼の手には既に婚約破棄の書類が握られている。


「待って!これは誤解よ!」

「誤解?深夜に男子生徒と二人きりでいる事実に誤解などあるのですか?」

ヒューゴの追求は容赦ない。


「私の意思ではないわ!誰かが……」

「言い訳は無用です」

彼は書類に署名を済ませた。


「セレナ・グレイア。あなたとの婚約は即刻破棄します。お茶会の事件然り、あなたの品性がよく分かりましたよ。」


ヒューゴの言葉が夜空に響く。私の足元が崩れていく。


「お願い……誤解なの……」

涙が頬を伝う。しかし彼の表情は一片の温情も見せない。


「証人はここに」

ヒューゴがライオネルを見やる。


「ええ。確かに目撃しました」

ライオネルが淡々と答える。


「そんな……」


私は膝から崩れ落ちた。この瞬間、私の未来は完全に閉ざされたのだ。


「フィルクス家の令嬢。よくやってくれたな」

ヒューゴがライオネルに告げる。その言葉に違和感を覚えたが、もう何も考えられない。


「ではこれで失礼します」

ヒューゴは去っていく。ライオネルもその後に続いた。


残されたトマスが私に近づいてくる。

「セレナ様……今なら私と……」

「近寄らないで!」


最後の力を振り絞って叫ぶ。彼は悲しげに肩を落とし、やがて姿を消した。


私は一人夜の林に取り残された。木々のざわめきが嘲笑うように聞こえる。

(私はどうすればいいの……)


寮に戻り鏡を見る。そこにはかつての栄光を失った女の姿があった。

カテリーナにも見捨てられ、婚約も破棄され……私は完全に孤独となった。

窓から夜空を見上げる。




翌朝、学園はヒューゴ・ラヴェル子爵とセレナ・グレイア伯爵令嬢の婚約破棄をめぐる噂で持ちきりだった。しかし、当事者の姿はどこにも見当たらない。



「……これで全て終わる」


窓辺に立つ私の手には白いハンカチが握られていた。昨晩の出来事が脳裏を駆け巡る。カテリーナに見捨てられ、婚約者からは婚約破棄を言い渡され、学園中から嘲笑と蔑視の視線を浴びている。生き恥を晒すよりも……。


夜明け前の静寂の中、ハンカチを窓枠に固定する。足を宙に浮かせた瞬間、不思議な安堵感が胸を満たした。


(これで解放される……)


視界が暗くなり、意識が遠のいていく。まるで長い悪夢から覚めるように、心が軽くなっていくのを感じた。





「セレナ様」


柔らかな声が耳に届く。目を開けると、目の前にロゼッタの優しい笑顔があった。


「お目覚めですか?」


私は身体を起こそうとして愕然とした。私……生きている?


「な……ぜ?」


混乱する頭で必死に考える。私は確かに命を絶ったはずなのに。


「私が蘇生しましたの」


ロゼッタが微笑む。その顔に浮かぶのは天使のような慈愛の表情。


「セレナ様。これで全て終わりだなんて勿体無いですわ」


彼女の瞳が妖しく輝く。


「せっかく楽しいゲームの途中なのに」


その言葉に背筋が凍る。この子は……本物の悪魔だ。


「私は……全てを失ったわ……もう私の負けよ……」


涙が溢れる。もう何もかも終わりだと思っていたのに。


「いいえ、セレナ様。むしろこれからが始まりなのよ」


ロゼッタが私の手を取る。その手は驚くほど温かい。


「私はね、このゲームをもっと楽しみたいの。あなたの人生の続きを見せて欲しいわ」


その言葉に込められた残酷な意図が伝わってくる。この子は私の絶望を娯楽として楽しんでいるのだ。


「私の……生死は……ロゼッタの掌の上にあるのね」


諦めの境地で呟く。もう抵抗する力も残っていない。


「ええ。だから安心してください」


ロゼッタが優しく微笑む。その笑顔の裏にある冷酷さを思うと恐ろしくなるが……同時に不思議な安堵感も覚える。


「これからは私のために生きてくれればいいのですよ」


ロゼッタの言葉に頷くしかない。私は彼女の操り人形となって生きるしかないのだ。


窓の外には朝日が昇り始めた。新しい一日の始まり。しかし私にとっては新たな苦難の幕開けなのかもしれない。


ロゼッタの瞳に映る私の姿を見て思った。もう逃げ場はないのだと。

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