11話:教育
懇親会の夜が明けた翌朝。
学園の庭園を散歩しながら、私はユミール、クロエ、リネットを呼び寄せた。三人とも伯爵家以下の家柄で、カテリーナ派の中でも特に扱いやすい手駒だ。
「おはようございます、セレナ様」
三人が恭しく頭を下げる。朝靄の中でも彼女たちの完璧な作法が際立つ。しかし私はその仮面の下にある本性を知っている。
「皆さんに少し頼みたいことがあるの」
柔らかな口調で告げる。三人は互いに顔を見合わせた。
「何でしょうか、セレナ様?」
リネットが尋ねる。その目には好奇心の光が宿っている。
「昨日の懇親会に出席していた方なのだけれど……少々『礼儀』を弁えていないのよね」
意味深に微笑むと、ユミールの唇が吊り上がる。
「セレナ様。まさか新入生の一人を……」
「ええ。フィルクス男爵家の令嬢よ。お名前はロゼッタだったかしら」
その瞬間、クロエが小さく息を呑んだ。彼女も気付いていたのだろう。あの夜会の中心にいたあの娘を。
「少しだけ彼女に……学園生活の『常識』を教えてあげてくれないかしら?」
優雅に頷く三人。この要求の裏にある真意を、彼女たちは正確に読み取ってくれる。
「承知しました。セレナ様」
ユミールが代表して答える。その声には不穏な響きがあった。
「学園生活の厳しさを……しっかりとご理解いただけるように」
「ええ。お願いするわ」
私は静かに微笑んだ。これで準備は整った。
この日から彼女たちの活動が始まった。
最初のターゲットは授業中の嫌がらせだ。ユミールは教科書を落とすように仕掛け、リネットは囁き声で「田舎者」と罵倒する。クロエはわざと肩をぶつけ転ばせたりもした。どれも巧妙に悟られない程度の行動だが、積み重なることで確実に精神を蝕むはずだ。
一方で私も観察を怠らなかった。ロゼッタがどう反応するか。
彼女は毎回怯えたように俯くが、決して泣き崩れることはない。ただ無言で耐え忍んでいる。その健気な姿が却って彼女たちの嗜虐心を煽っているように見える。
昼食時は食堂での嘲笑が定番だった。彼女が一人で座る席に近づき、「領地の風習ではパンを床に置いて食べるのかしら?」と蔑んだり、「地方の田舎料理を知りたいわ」と意地悪く尋ねる。
それでもロゼッタは「はい……すみません」と謝罪しながら淡々と食事を続ける。その無抵抗ぶりが逆に彼女たちの暴走を加速させているようだ。
ただ一つ気になることがある。アベルとライオネルだ。彼らが常にロゼッタを庇うようにしているのだ。
特にアベルは直接的な暴力行為を防ごうとする。一度ユミールがロゼッタの背中を強く押した時も、咄嗟に庇って怪我を負ったほどだ。
(田舎者の癖に生意気な……)
内心で舌打ちしながらも表に出すことはない。今はまだ序章に過ぎない。
放課後の時間はさらに陰湿なものになる。図書館の貸出カードを破いたり、更衣室に虫を入れたり。そういった卑劣な嫌がらせが続く。
それなのにロゼッタの反応はいつも同じ。
「すみません……ご迷惑をおかけしました……」
そう言って悄然と去っていくだけだ。その姿はまるで可哀想な捨て猫のよう。周囲の同情を誘う仕草は計算されたものなのか。だとしたら相当に狡猾だ。
だがそんな演技も長くは続かないだろう。明日はいよいよお茶会が開催される日。そこで彼女の本当の姿を曝け出してみせよう。私は密かに微笑んだ。