10話:懇親会
豪華なシャンデリアが照らす広間に、優雅な音楽が流れている。アルカディア学園の懇親会は毎年恒例の行事だ。新入生と上級生が交流し、学園の雰囲気に馴染むための場。だが私にとってこれは単なる社交の場ではなく、カテリーナ·ド·オルレアン公爵令嬢の権威を知らしめるための舞台に過ぎなかった。
「皆さん、ようこそアルカディア学園へ。今宵は交流を深め、新たな友情を築く良い機会です」
カテリーナの澄んだ声が会場に響く。彼女の背後には扇形に集まる上級生たち。その中で私は彼女の右後方に立ち、完璧な笑みを浮かべている。
懇親会は和やかに進んでいた。新入生たちが恐る恐る上級生に話しかけ、グラスを傾けながら談笑する。カテリーナの周りには常に人の輪ができており、その中央で彼女は輝いていた。
そんな穏やかな空気が一変したのは、クラヴィス殿下が会場に現れた瞬間だった。金色の髪に白い肌。切れ長の目に整った顔立ち。第二王子の登場に会場中が息を呑む。カテリーナの目が輝きを増したのが分かった。
「クラヴィス殿下がいらっしゃったわね」
カテリーナの声には期待が滲んでいた。彼女がクラヴィス殿下の妻の座を狙っているのは公然の秘密だ。今日こそ彼の印象に残ろうと必死なのだろう。
だが王子の行動は私の予想を大きく裏切った。彼はカテリーナの方には目もくれず、一直線に会場の隅へと歩いていく。その先には一人の新入生の姿があった。
(あれは……誰?)
初日に目立った新入生はいないと思っていたが、その少女は別格だった。銀色の髪。透き通るような水色の瞳。細い指先に無垢な微笑み。どこか神秘的な雰囲気を纏った少女だ。
クラヴィス殿下は彼女に近づくと親しげに話し始めた。殿下が新入生とあれほど親密に話す姿は見たことがない。
しかも少女の方も恐縮する様子もなく、柔らかな笑みを浮かべている。二人の間に流れる空気は明らかに特別なものだった。
カテリーナの表情が硬くなるのが横目で分かった。彼女の笑顔は表面だけのものとなり、目に剣呑な光が宿る。唇を噛み締める姿に私の背筋が凍った。
「セレナ」
低い声で呼ばれた。思わず身を正す。
「はい」
「あの方は……どちらのご令嬢かしら?初めて見る顔ね」
表向きは興味を示すような言い方だが、その声音には隠しようのない怒りが込められていた。
「申し訳ありません。私も存じ上げません」
正直に答えるしかない。本当に知らなかった。あんな目立つ令嬢がいたら情報はすぐに入るはずだ。だが全く記憶にない。
「そう……クラヴィス様があのように興味を示されるなんて珍しいわ」
その言葉には明らかに嫉妬の色が滲んでいた。王子が自分以外の女性に興味を示すことが許せないのだろう。
「あの娘は、残念ながらこの学園が求める『品位』と『秩序』を理解できていないようね。クラヴィス殿下の貴重な研究にまで不躾な振る舞いでご迷惑がかかるのは、王国全体の損失よ。」
カテリーナの言葉は表面上は丁寧だが、その裏には明確な敵意が潜んでいた。「排除せよ」という暗黙の命令だ。
「仰せのとおりですね」
私は穏やかに同意し、カテリーナの期待に応えるように微笑んだ。
◆
懇親会が終わって数日後、私はカテリーナから呼び出された。彼女の私室は豪華な装飾品で彩られ、優雅な香りが漂っている。窓辺に立つカテリーナの背中は硬く張り詰めていた。
「セレナ、調べはついた?」
振り返ったカテリーナの瞳は冷たい炎を宿していた。その視線に背筋が凍る思いをしながら、私は小さく頷いた。
「はい。あの新入生について調べました」
書類を差し出すとカテリーナは即座に手を伸ばした。ページを繰る手つきには焦りが見える。
「フィルクス男爵家の令嬢……ただの地方の男爵家じゃないの」
失望と同時に怒りが滲む声。期待外れの結果だったに違いない。
「それと……同じ領地からもう二人。フィルクス男爵家嫡男ライオネルと平民のアベルという少年が入学しています」
そう付け加えるとカテリーナの目が微かに細められた。
「平民?」
「はい。アベルという者は平民ながら剣術の才能を見込まれたそうです」
カテリーナの表情が複雑に揺れる。彼女にとって平民出身者が学園にいること自体が屈辱なのだ。ましてやそれがクラヴィス殿下の興味を引いた少女の関係者なら尚更だろう。
「フィルクス領は南の辺境ね。何の益もない男爵家……」
書類を投げ捨てるように置くと、カテリーナは窓辺に寄りかかった。
「まったく、どうして殿下があのような田舎者に関心を示すのかしら」
吐き捨てるような言葉。そこに嫉妬の色が濃厚に滲んでいる。
「まぁいいわ…セレナ、新入生の『教育』については宜しく頼みますわよ。」
「承知いたしました。カテリーナ様」
『教育』とは言っているが、これは明らかにロゼッタの排除を意図している。昨年も何人かが標的にされ、心身を病んで退学している。
「それと…来週のお茶会には、そのフィルクス男爵家の令嬢も招待するわ。もちろん、彼女の立場を弁えてもらうためにね」
カテリーナの言葉には冷たい決意が滲んでいた。私は一礼し、静かに部屋を後にした。来週のお茶会はきっと愉快なイベントになるだろう。