1話:あの日の陽だまりの中で
柔らかな日差しが木々の間からこぼれ落ちる午後、俺──アベルは、いつも通りライオネルとの剣の打ち合いで汗を流していた。
「はあっ!」
鋭い掛け声とともに繰り出した一撃を、ライオネルは難なく受け止めた。
「甘いぞアベル! もっと踏み込め!」
ライオネルはフィルクス男爵家の跡取り息子でありながら、俺のような領内の平民とも対等に付き合ってくれる、俺にとって唯一無二の親友だった。その育ちの良さを感じさせない気さくな性格は、誰からも好かれた。
「二人ともー! 休憩しない? アベルのお母さんが作ったパンとお茶を持ってきたよ!」
少し離れた木陰から、鈴のような澄んだ声が聞こえた。ロゼッタだ。
彼女は俺たちの幼馴染で、村の中でもひときわ可憐な少女だった。太陽の光を受けてキラキラと輝く亜麻色の髪、宝石のように輝く明るい青緑色の瞳。華奢な体つきだが、誰よりも明るく元気いっぱいだ。そして何より、人懐っこくて優しい。俺とライオネルのケンカの仲裁に入るのはいつも彼女だった。
「おいアベル、休憩だってさ」
ライオネルが剣を下ろして微笑んだ。悔しいけど、今日も勝てなかった。
「分かったよ……まったく、次こそは絶対に倒してやるからな!」
そう言い返しながらも、内心ではほっとしていた。体力が限界に近かったのは事実だ。
木陰に駆け寄ると、ロゼッタが大きなバスケットを持って待っていた。いつもの野草パンとぬるいミントティーだけれど、彼女が笑顔で差し出してくれれば、なぜか美味しく感じる。
「二人とも頑張ったね!すごい汗だよ」
ロゼッタがハンカチを取り出して俺の額を拭こうとする。ライオネルは苦笑いしながら自分で拭っていた。
こういう時、俺は少しドキドキしてしまう。ロゼッタの笑顔を見ているだけで胸が温かくなる。ライオネルも同じ気持ちなんだろうな、と思う。いつもふざけ合っているけれど、ロゼッタのことに関してだけは二人とも妙に意識してしまう。
「なあロゼッタ、将来はどんな大人になりたいんだ?」
ふと思いついて聞いた。彼女は少し考え込む仕草を見せた。
「うーん……まだよくわからないけど……みんなの役に立てる人になりたいな。困ってる人がいたら助けられるような……そんな人に」
そう言って照れくさそうに笑う彼女の顔は、まるで天使みたいに綺麗だった。
「じゃあ俺は騎士になって、ロゼッタを守る!」
思わず口走ってしまった。ライオネルが横でニヤリと笑う。
「それはいいな。僕は父さんみたいな領主になるんだ。もしアベルが騎士になれたなら、ぜひウチで働いてくれよ。もちろんロゼッタも一緒に住んで──」
「ちょっとライオネル!気が早いってば!」
ロゼッタが頬を膨らませて抗議する。その姿を見て俺たちは笑った。この瞬間が永遠に続けばいいのに、なんて馬鹿げたことを本気で思った。
夕暮れが迫ってきていた。別れ際、「また明日」と約束してそれぞれの家路につく。いつもの風景。穏やかで優しい日常。
今はただ、目の前に広がる黄金色の麦畑と沈みゆく太陽を見つめながら、明日への期待を胸に抱いていた。