追放
大広間から追い出されるように去った私は、馬車に揺られてエヴァンス公爵邸への帰途についた。
窓の外に見える街並みは、色褪せて見えて、どこか遠く霞んでいた。
(家に帰れば……きっと、分かってくださる。お父様もお母様も……)
それだけが私の支えだった。
愛情をかけられた記憶はほとんどない。
けれど私は、いつか認められると信じて努力してきた。
どれだけ時間が経ったのかは覚えていない。
気がつけば、いつもよりゆっくり進んでいた馬車は、屋敷へ辿りついていた。
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家令から両親が応接室で待っていると告げられた。
一度身なりを整えに自室へ戻る。
…あまりのんびりしてはいられない
直ぐ様応接室へ向かい扉をノックする。
「入れ」
短い返答を受けて扉を開けると、お父様とお母様、そしていつ戻ってきたのか…セシリアが並んで座っていた。
妹は目を赤く腫らし、両親の隣で小さく身をすくめている。
「遅かったな」
冷たいお父様の視線に胸がぎゅっとなる。
「……ただいま戻りました、お父様、お母様」
必死に声を整えて頭を下げる。
けれど、お父様の冷たい言葉が更に降ってきた。
「……お前は、何をしでかしたのだ」
「……殿下に……婚約破棄を……。ですが、私はセシリアをいじめたりなどしておりません。誤解です、どうか信じてくださいませ」
母が深く息を吐き、吐き捨てるように言った。
「言い訳なんかしないでちょうだい? セシリアから全て話は聞いているのよ。長年お前に虐げられて、どれほど辛い思いをしてきたか」
セシリアがお父様の腕に縋り、震える声を上げた。
「ごめんなさい……。わたしの出来が悪いから、姉さま怒らせてしまっていたの……。でも、本当に苦しかったのです……」
「セシリア……なんと健気な……」
お母様がセシリアを抱き寄せ、その背を撫でる。
お父様の厳しい視線は私に向けられ、鋭さを増した。
「エレナ。お前の冷酷な振る舞いは、もはや明らかだ。殿下に人前でお前が断罪されたのも当然だろう」
「違います……! 私は、家のために……皆のために……ずっと努力を……」
「努力?」
お父様の声が鋭く遮る。
「努力の果てが陰で妹と虐けた挙句の婚約破棄か。ならばそれこそ無駄な時間だったな」
胸が締め付けられ、息が詰まる。
必死に言葉を探す私を見て、妹セシリアはまた涙を零した。
「姉さま……わたし、姉さまに嫌われているのだとずっと思っていました。笑いかけても、いつも冷たい顔で……」
「それは……違う! 私は、ただ毎日が必死で……」
「もうよい!」
お父様の怒声が響き渡る。
「殿下に見捨てられ、妹を虐げた娘など、我が家には不要だ!
幸いセシリアが新たに殿下の婚約者となった以上、もはやお前の居場所はない」
母も冷たい声で告げる。
「エレナ。お前は今日限り、エヴァンス家を名乗ることを許しません。すぐにでも荷をまとめて出て行きなさい」
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両親が席を外し、使用人を呼びに行ったその一瞬。
部屋に残ったのは、私とセシリアだけ。
セシリアは涙を拭い、私にだけ聞こえる声で小さく笑った。
「ふふ……本当に信じてくださらないのね、お父さまもお母さまも」
「……セシリア……?」
「姉さまって、努力ばかりで面白くない方だもの。殿下だって退屈だったはずよ。だから、わたしが代わりを務めてあげただけ」
その瞳は冷たく、勝ち誇っていた。
だが、廊下からお母様の足音が聞こえた瞬間、彼女は再び泣き顔に戻り、震える声で囁いた。
「……そんなに姉さまは私のことを……」
次に扉が開いたとき、両親の前にいたのは再び「健気で可哀そうな妹」だった。
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やがて使用人に腕を掴まれ自室に戻らされ、ほとんど身支度などさせて貰えないまま、私は屋敷の外へと追い出された。
門が閉まる音が、冷たい夜に響き渡る。
頬を打つ夜風は刺すように痛く、肩を震わせながら私は空を見上げた。
雲に覆われた空には、星ひとつなかった。
(私は……誰からも愛されていなかった……)
胸の奥で、何かがぽっきりと折れる音がした。
私はただ、闇の中に立ち尽くした。
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あと1話投稿します
最後まで書き終えているので、そこだけはご安心を!




