表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/34

迫る群れ



秋の風が砦の外を吹き抜ける頃、城砦の空気は目に見えて張り詰めていた。

物資を運ぶ兵士の数が増え、訓練場では剣戟の音が一日中絶えない。

廊下を歩くだけで、鎧のぶつかり合う音や掛け声がどこからともなく響いてくる。



「……最近、慌ただしいですね」



私は両腕に抱えた帳簿の束を抱き直しながら、隣を歩くロイ様に思い切って声をかけた。

彼は足を止めず、淡々と答える。



「異形の動物を見た、という報告がありました。備えを怠るわけにはいきません」



低い声音。

それ以上は語らなかったが、彼の硬い横顔を見た瞬間、胸の奥がざわついた。



(……“異形”……魔物が……近づいている?)



王都にいた頃は、そんな危機感を肌で感じたことはなかった。

けれどここでは、空気そのものが変わっていく。

冷たい風に混じって、見えない影が押し寄せてくるようだった。



---



その夜。

広間では兵士たちが集まり、大きな地図を広げていた。

松明と焚き火の光に照らされた紙の上には、赤い印がいくつも刻まれている。



「北の山越えで魔物の群れを目撃した」

「東の村では、家畜が食い荒らされている」



低く、重い声で次々と報告が告げられる。

私は隅に控えながら、思わず耳を澄ませた。



(魔物が……ここに向かっているの……?)



足元から冷えが這い上がり、手にしていた羽ペンを落としそうになる。

けれど、目は自然とダリウス様に向いていた。


彼は地図をじっと見つめ、やがて短く鋭い声で命じる。



「警戒を強めろ。巡回を倍に増やせ。……君は、ここで報告をまとめてくれ」


「わ、私が……ですか?」



思わず声が裏返る。

彼の視線が鋭く私を射抜いた。



「王都で色々習ったのだろう。あてにしている」



その目は厳しかった。

けれど、どこかに確かな信頼の色が含まれているように思えた。



(私を……信じてくれてる……?)



胸が熱くなり、震える指で必死に記録を書き留め始めた。



---



それからの日々、私は兵の報告を記録し、物資の動きを整理する役を担うことになった。

斥候が戻れば私は報告を受け、数や位置を表にまとめる。

兵士が武具を整えに行けば、その消耗を数字に起こす。


最初は戸惑いの視線を向けられた。

「令嬢にこんな仕事ができるのか」という不安が兵士たちの表情に透けていた。


けれど次第に、彼らは私の書いた表を頼りに動くようになっていった。



「お嬢さん、貴女が書いた一覧、分かりやすかったよ。巡回の順番がすぐ分かる」

「装備の補充も、これで見落としがなくなった。助かる」



屈強な兵士たちが笑顔を向けるたびに、胸が熱くなった。



(……私の知識が、役に立っている……)



王都では無視され続けた努力が、ここでは人の助けになる。

その実感が、何よりも嬉しかった。



---



だが――。


その晩、静まり返った廊下で、私は偶然立ち止まってしまった。

ロイ様と兵士の低い会話が、角を曲がった先から聞こえてきたのだ。



「……斥候が戻りました。やはり、北の群れはただの獣ではありません」

「数は?」

「百を超える魔物が一度に集まっていると」



瞬間、血の気が引いた。


(魔物が……群れを成して……百……?)


頭の中に、牙と爪を持つ異形の姿がよぎる。

炎に包まれる村や、逃げ惑う人々の影が瞼に焼き付く。

指先が冷え、震えが止まらない。


けれど、不思議と「逃げたい」とは思わなかった。

胸の奥に灯った火が、かすかにでも揺るがなかったから。



(私も……役に立ちたい。ここで生きると決めたのだから)



震える手をぎゅっと握りしめ、深く息を吐いた。



---



翌朝。

私は意を決して、ダリウス様のもとへ歩み出た。

広間の長卓に地図を広げる彼に、声を震わせながら言葉を投げる。



「もし……もしも私にできることがあれば、どうか……」



視線は自然と落ちた。

足が震えそうで、けれど引くことはしたくなかった。


沈黙が落ちる。

やがて、低く重い声が返ってきた。



「……君の覚悟は、分かった」



一瞬、息が止まった。

承諾なのか、それとも試されているのか。

答えは分からない。


それでも――その言葉は確かに胸に刻まれた。

熱い火が心の奥に燃え上がり、消えることなく脈打ち続けていた。



(私は逃げない。ここで……みんなと共に立つ)



外の空は曇り、秋の風が砦を冷たく撫でていた。

けれど、私の胸の中には確かな炎が息づいていた。



---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ