真実の愛
「エレナ・エヴァンス。お前との婚約を破棄する」
ーー王家主催のとある夜会の場。
煌びやかな大広間にエドワード殿下の声が響いた瞬間、その場の空気が凍りついた。
音楽は止み、視線が一斉に私に突き刺さる。
私は胸の奥に冷たい刃を突き立てられたような衝撃を受け、立ち尽くした。
「……殿下……なぜ、そのような……」
殿下は氷のような眼差しを向け、吐き捨てるように言った。
「理由を問うのか? お前には愛がない。冷たく、傲慢で、しかも妹を虐げるような悪女を、私は妻にするつもりはない」
「……虐げ……?」
頭が真っ白になる。
そんなこと、今まで一度だってしたことはない。
「私は真実の愛を見つけたのだ」
殿下は誇らしげに言い放ち、隣に立つ少女へ手を差し伸べた。
その手を嬉々として取ったのは――私の妹、セシリアだった。
エドワード殿下の髪色である薄紅色のドレスに包まれ、涙を浮かべながらも微笑むその姿。
けれど私を見つめるその瞳には、明らかな勝ち誇った意思が宿っている。
「殿下は私を救ってくださいましたの。冷たく義務感だけで殿下に接する姉さまに、ずっといじめられてきた私を……」
「……っ!」
大広間中にざわめきが走る。
「なんと、公爵家の妹君は姉に虐げられていたのか」
「優しい殿下が助けてくださったのだな」
人々の視線が一斉に私を責め立てる。
(いじめ……? 私が、セシリアを?)
信じられない。
両親は妹には甘く、私は厳しく躾をされてきた
むしろ私は、そんな妹に恥をかかせまいと庇ってきたはずだった。
王妃教育では、未来の国王となるエドワード殿下を支える為に、ありとあらゆる知識を叩き込まれた。
妹と顔を合わせる時間を取る余裕なんかないくらい、多忙の日々を過ごしてきた。
だが思い返すと、確かに不可解なことは多かった。
私の大切な教材が消えたとき、セシリアが妙に嬉しそうにしていたこと。
王宮の中で陰口が広がったとき、彼女の侍女が不自然に出歩いていたこと。
(……まさか、あれは……)
胸に疑惑が芽生える。けれど、私は首を振った。
妹がそんなことをするはずがない――そう信じたかった。
殿下は続ける。
「エレナ。お前の努力など、ただの自己満足で要領が悪いだけだ。教育が忙しい、と婚約者である私との時間を蔑ろにし、形式だけは取り繕った影で、妹を虐げるような冷酷な女。私はそんな妻を望まぬ」
「誤解です……私は、ただ殿下のお役に立ちたくて……!」
「言い訳は無用だ。セシリアを泣かせてきたのはお前だろう!」
殿下の断罪の声が、大広間に響き渡る。
妹が小さくすすり泣き、殿下の肩に顔を埋める。
そのか弱い姿に、人々の同情は一層セシリアへと傾いていく。
「以上だ。エレナ。お前との関係はこれで終わりだ――
そして、このセシリアを新たに我が婚約者とする!」
殿下の冷酷な宣言。
妹のどこか勝ち誇った涙。
私は息を呑み、涙を必死に堪えた。
けれど声はかすれ、わずかに言葉を搾り出す。
「……畏まりました」
その瞬間、今まで胸の奥で積み上げてきたものが、音を立てて崩れ落ちた。
大広間を去る足取りは覚束なく、背後には笑いと囁きが渦巻いていた。
「やはりセシリア嬢の方が華やかで殿下にはふさわしい」
「エレナ様は噂通り冷たい方だったのね」
耳を塞ぎたかった。
けれど、すべてを否定する声は喉の奥で固まり、どうしても出てこなかった。
(大丈夫……家に帰れば、お父様もお母様も分かってくれる。私は家の為にもずっと努力してきたのだから。きっと……)
その最後の希望だけを胸に抱きながら、私は大広間を後にした。
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初投稿です
処女作でもあるのでなま温かく見守ってやって下さい