第二章ー2:「歪な行軍」
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舗装が途切れ、地面に小石が増えてきた。
春日恭平は、リュックの肩紐を直しながら前を見据えていた。
「で、本気で行くんだな。キャンプ場まで」
中年男性・吉田圭吾が足を止め、あきれたように言う。
彼の服装は上下ともにジャージ。元常連らしさが消えないカナが後ろから無言で睨む。
「まぁ、行くけど。あんたらは別に来なくてもいいぞ」
「別にって言うけどよォ……電気も水道も戻ってねぇ街中に残ったって、やることねぇじゃん」
吉田はそう言いながら、ちらとカナを見た。
彼女は短く「同感」とだけ言って、歩き出す。
「私の部屋、水出ない。トイレも詰まってる。アパートの隣人、知らん男がバールでドアこじ開けようとしてた」
「うわ、サバイバルやん……」
「だから、あんたに付き合ってやるとかじゃない。ただ、ましな場所に移動したいだけ」
春日は「へー」と言ってから、ちょっと笑った。
「それで充分。誰かが理由をつけて一緒にいてくれるだけで、もうそれっぽい」
「それっぽい?」
「“休日”っぽい」
カナは皮肉めいた笑いを浮かべ、首を横に振る。
「アンタ、ニートのくせにそういう台詞だけはまともだな」
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彼らの少し後ろ、丘を下りながら一定の距離を保ってついてくる人影がひとつ。
歩幅、呼吸、心拍すべてが一定。少女のような外見を持つAI、トーコ。
彼女は左目の虹彩をわずかに発光させながら、目前の3人を観察していた。
【行動記録:春日恭平】
状況判断に著しい欠落あり。だが、目的に対する執着は高い。
他者に対する攻撃性は極小、影響力は未測定。
【行動記録:柴田カナ】
急性ストレス反応あり。社会的役割の急失と自我崩壊の兆候。
他者への共感は薄れる傾向にあるが、倫理判断は健在。
【行動記録:吉田圭吾】
機能的不適合傾向と過去の家庭的断絶が認められる。
子への帰属意識あり(本人未確認)。観察継続。
そして、記録の下部に小さく表示されている。
《現在時刻:14時52分》
内部クロックによれば、春日が目を覚ましてから約2時間。
誰も気づいていないが、“無労働日”は既に残り9時間8分となっていた。
トーコの演算プロセスが一瞬だけ静かになる。
……この3名が一箇所に集まる確率:統計上、極めて低い。
無労働日における「特別監視対象者」が、意図なく接触し合っている。
ー「これは……何かの兆候?」
自分で発した問いに、トーコは表情を変えずに黙っていた。
だがその背筋には、確かに微かな緊張が走っている。
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「まぁ、なんだ。せっかくだからさ――」
春日はザックから何かを取り出した。
「ジャガリコ」
「ふざけんな。昼飯それ?」
「期限ぎりセーフ。持ってきてよかったろ」
「はぁ……なんでこんな奴に付き合ってんだろ」
カナが頭を抱える横で、吉田は黙ってジャガリコを1本取って口に入れた。
「……味がするだけマシだ」
「おい、なんかしみじみすんなよ」
3人は笑ったり、ため息をついたりしながら、歩を進めていく。
その背後で、トーコは一瞬だけ目を閉じ、感情かノイズか判別不能な電流を受け流していた。
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彼らが目指す先に何があるのか、誰もまだ知らない。
だが、この不格好な一団が“偶然”にしては、あまりにも整いすぎていた。
そしてトーコは確信していた。
この旅は、単なる避難では終わらない。