第一章ー4:「客でいることの、傲慢さ」
「……思い出すなぁ」
コーヒーをひと口すすった後、カナがぽつりと呟いた。
「ほんと、うちの店もいろんな客がいた。
飲み物の温度がぬるいってクレームつけてくる人。
モーニングが三分遅れただけで舌打ちする人。
“あなたの笑顔が足りない”って、真顔で言ってきた人もいたよ」
吉田は苦笑いしながら相づちを打つ。
「いるいる……“サービスってそういうもんでしょ?”って顔で言ってくる人。
文句言うと、“じゃあ別の店行きます”って、脅しみたいにね。
……自分じゃ絶対できないこと、平然と求めるんだよなあ」
カナは鼻で笑った。
「“接客業って笑顔が基本でしょ?”って、
それ、あなたの機嫌を無償で取るための職業じゃないんですけどって、何度思ったか」
一瞬、3人の間に沈黙が落ちる。
駅前のスピーカーも沈黙していた。今日だけは。
やがて、恭平がコーヒーを見つめたまま、口を開いた。
「……でも、それってたぶん、“してもらう側”にいると、気づかないんですよね」
カナと吉田が同時に顔を向ける。
「たとえばさ。
子どもって、親にごはん出してもらって、洗濯してもらって、風呂沸いてるのも当然で。
感謝なんかしない。
それが“生活”になっちゃってるから。
で、急に全部止まると、“なんで?”ってパニックになる」
カナは、目を細めた。
「……つまり?」
恭平は肩をすくめた。
「客って、“サービスを買ってる”っていうより、“日常の延長”だと思ってるんだと思う。
だから、いきなり『働きません』って宣言されたら、
何かを“奪われた”ような気になる。
本当は“借りてただけ”なのにね」
吉田が、へぇ……と感心したように息をつく。
「鋭いな、君。
君、何者? 学者の卵か? 社会学部?」
「ニートです」
即答した恭平に、吉田がむせた。
「いや、なんでそんなスッと……」
「今は“職種”とかないですから。全員“休み”です」
カナがくすっと笑い、湯気が風に揺れた。