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プロローグーその日はやってきた。

午後三時、繁華街の大通り。

ビルの谷間に差し込む初夏の陽光が、街頭ビジョンの巨大なスクリーンを反射して、歩行者たちの目を一斉に細めさせた。


ー「政府より緊急発表。明日午前0時より、**“全国一斉無労働日”**が施行されます」


一瞬、誰も言葉を発しなかった。

商業ビルのアナウンス音声が、ハトの羽音にかき消された。


ー「これにより、24時間にわたりすべての労働行為が法的に禁止されます。対象には、金銭の授受・サービス提供・インフラ運用・公的機関の稼働を含みます。例外はありません。以上です」


誰かの落としたコンビニの袋が、風に舞った。

歩道脇のカフェから、スプーンを持ったまま店外に出てきたバリスタの女性が、ぽかんと立ち尽くしている。


「ちょっと待って、マジで言ってるの?」


「うちの店、明日予約パンパンなんだけど?」


「っていうか、“働いちゃいけない日”?」


信号が青に変わっても、誰も横断歩道を渡らなかった。

周囲のモニターが一斉に政府の広報映像に切り替わる。

満面の笑みを浮かべる首相が、親指を立てていた。


ー「働かない日が、あなたを救う!」


笑い声も、罵声も出なかった。

誰もまだ、「本気だ」と信じていなかったからだ。



翌日──午前0時。


世界は、音を立てて“止まった”。


駅の改札はすべて閉鎖。ATMは使用不可。電気と水道は徐々に止まり、コンビニの自動ドアはただのガラスと化した。

ニュースもラジオも、ネットニュースも更新をやめ、各所のコールセンターには無数の自動応答音が流れるだけ。


ー「本日は“無労働日”のため、全ての業務を休止しております。明日以降の対応をお待ちください」


スーパーの前に並んでいた老人たちは、ドアが開かないことに困惑し、

オンライン配達を頼ろうとした若者たちは、スマホのネット回線が沈黙したことに気づいて、つぶやいた。


「詰んだ」



朝日が昇る。


渋谷駅前には、無人の交差点を見下ろす広告塔だけが静かに光っていた。

かろうじて稼働していた太陽電池式のビジョンが、かすれた声で繰り返す。


ー「“働かないこと”は、あなたの権利です。労働行為の発生には法的罰則が課されます」


人々は戸惑いながら街を彷徨い、

何も起きない街に、じわじわと「本当に何も起きない」ことの恐怖が広がっていく。



そんな日が、始まった。

史上初めて「誰も働かない休日」。

そしてそれは、かつて誰よりも働かなかったある男が、人生で初めて“何か”をすることになる日でもあった。


……彼はまだ、寝ていたが。

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